第175話

「殿下、予定はどうしますか?」


 現実的な話に論点を戻す倉橋に立花は瞑目した。

 予定では明日エンデと倉橋が教会に出張するのだが、太陽の神の対処をどの段階でするのかという事だ。


〝教会の人間の引き抜きをするのだから、その前に事を荒立てるのはまずいだろう〟


 エンデの指摘に、そうなんだよなぁと思う立花。

 なるべく早く対処したいところだが、こちらの都合としてはその後の方が楽なのだ。


「ツィークさん。太陽の神についてですが、あと二十日弱お待ちいただけますか?」

「我らがとやかく口を出せる問題ではないと承知している。貴殿らが可能と思う時に為していただきたい」


 静かに頷くツィーク。


「ありがとうございます。それではどうにかした後に子供を連れてきたいと思います」

「承知した」


〝殿下、この人に私達がやってる事を話しませんか? ほら、協力体制とれるかもしれないですよ?〟

〝そうかもしれないが、それは太陽の神をどうにかした後でもいいかなと。今話したところで今の段階では何とも言えないだろうし〟

〝むー…まぁその方があちらも現実的に考えてくれますか〟


「それでは我々はこれで失礼します」

「泊まっていかぬのか? これから出立するとなるとすぐに夜になってしまうが」

「お気遣いありがとうございます。転移が使えますので大丈夫です」


 礼を言う立花に、立花のステータスを思い出したツィークは愚問であったなと苦笑した。


「転移するならここでされるがよろしかろう。外でやれば驚く者が大半だ」


 空間魔法の使い手は数が少ないので目にした者がいないのだろうと予測がつき、立花はお言葉に甘えて左右に座る倉橋、エンデ、フレイミーに視線を向け、最後にツィークに頭を下げて転移した。


「だから、これは食材を保存してる箱。解体しようとするな。そっちは煮炊きの竈みたいなもんだ。だから分解しようとするな。あーもう触るなって。それはこーひーめーかーっていって飲み物を作るやつで、ってそれを開けたままボタンを押すな! 起動しないけど危ないって言われてるんだよ! だーかーらー! 触るなって!!」


 北の大陸の拠点に転移すると、テルミナがゴットフリートをキッチンから遠ざけようと四苦八苦しているところだった。


「ただいま戻りました。何やってるんです?」


 ゴットフリートの姿にちょっと引き気味のフレイミーを置いといて、さくさく近づく倉橋にテルミナはパッと顔を明るくした。


「ほら! こっちより勇者の方が気になるんだろ!?」

「それはそうだが……いや、今は勇者よりもこちらの聖女の方が気になるな」


 近づいた倉橋をするりとすり抜け立花に近づくゴットフリート。


「勇者が魔法を禁止されていると聞いたが、それは貴方が禁じているらしいな」

「ええまぁそうですね」


 別に自分が禁止しなくとも、誰でも倉橋のやらかし具合を見れば禁止したくなるだろうがと思う立花。思いつつ、そっとフレイミーとエンデに視線をやって離脱させる。


「テルミナに新たな魔法を授けたのは貴方か?」

「……重力魔法の事でしょうか」

「それと雷魔法だ」

「あ、雷は私です」

「? 禁止されているのではないのか?」


 会話の間に入った倉橋に疑問を向けるゴットフリート。

 倉橋は禁止されてますよと言って、ゴットフリートはさらに疑問顔に拍車がかかった。


「あー、師匠。そっちの嬢ちゃんは禁止されてるってのは別に魔法を使えなくしてるってわけじゃなくて、使うなよって言われてるだけ。使ったら最後被害甚大で、そこのユウじゃないとリカバリー出来ないから自重してるんだよ」

「なんだ、そうなのか。ならもっと聞けば良かったな」


 倉橋の方に向き直ろうとするゴットフリートを無理やり立花に向いたままに留めるテルミナ。


「いいから、師匠はこっちに聞いとけ。理論的な話はこいつの方がわかるから」


 テルミナの言葉に、それならいいかとゴットフリートは意識を立花に戻した。


「あの重力魔法というのはどうやって辿り着いたのだ? 目に見えない力は空間魔法が最たるものだがあの魔法はそれとは全く違う考え方をしているように思うのだ」


 ノンブレス気味に質問するゴットフリートに、これは長くなるなぁと思う立花。


〝倉橋、テルミナ、夕食よろしく。ちょっと相手してるわ〟

〝はーい〟

〝助かった……もうキッチン回りの道具に興味津々で止めるのに疲れた……〟

〝何作ります? テルミナさん〟

〝そうだなぁ……今日は胃に優しいものがいいな〟


 キッチンの方へと向かう二人から視線をゴットフリートに戻し、立花は椅子を勧めた。


「とりあえず座りましょうか」


 促されたゴットフリートはすぐにソファに座ると、それでと問いに対する答えをせっついた。


「私からすると重力を飛び越えて空間魔法に行ってしまう方が凄いと思いますよ。

 重力魔法はあくまでも自然現象として身近ですからね。物を持って手を離せば落ちるでしょう?」

「それはそうだが、当たり前すぎて操るという発想が出ないのだよ」

「そこはまぁ個人差ではないでしょうか。それより一つお願いがあるのですが」

「ん? なんだ?」

「私達の運営する組織に加入、または接触する場合は次の事を守っていただきたいのです」


 立花は指を三本立てた。


「一つは、疑問がある場合は全て紙面上に纏めていただきたいという事。

 こちらもいろいろと立て込んでいる場合があるので、長時間拘束される事が難しい場合が往々にしてあります。書面であれば堪えられる範囲で手すきの時に回答を用意する事が出来ますから」


 ゴットフリートは腕を組み、片手をあごに当てた。


「……なるほど。確かにその方が両者にとって無駄はないな」

「もう一つは、こちらが用意した備品を調べないでいただきたいという事。

 ものによっては下手に解体、分解すると危険です」


 ゴットフリートはちらっとキッチンの方を見た。先ほどテルミナが解体を止めた冷蔵庫やコンロ、電子レンジなどなどがある。

 若干惜しそうな顔をしたもののゴットフリートは重々しく頷いた。


「仕方あるまい」


 何が仕方あるまいなのか、他人の所有物を躊躇なく解体する気持ちが立花には理解し難かったが、納得いただけたならいいかと次にいく。


「最後に、相手が困るような事をしないでいただきたい」

「それは……具体的にどういう?」


 心底わかっていない顔で尋ねるゴットフリートに、立花は申し訳ありませんがと前置きして答えた。


「個人によって困る事は違うと思いますので、具体的に列挙する事は難しいです。ゴットフリートさんが、相手が困っているかどうかわからないという事であればハッキリとこちらも困ると口にしますので、その場合は引いてください」

「……わかった」


 難しい顔でゴットフリートは小さく頷いた。


〝ユウさん……〟


 フレイミーから感謝の念話が届いた。


「ちなみに、弟子といえどテルミナに対しても同様の対応でお願いします」

「………わかった」


 今度はちょっと釈然としない顔をしていたが、一応了承の言葉は得られた。


〝ユウ……!〟


 テルミナから感動の念話が届き、立花は内心苦笑した。


「ゴットフリートさんも何か困った事があれば言ってください。全てに対処する事は確約出来ませんが、出来るだけ対応したいと思いますので」


 そう言う立花に、ゴットフリートは幾分不思議そうな顔を向けた。

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