第174話

 一言発してから月神は何の反応も示さなかった。


「……タチバナと言ったか」


 膝をつき、頭を下げたまま潜めた声で女性が囁いた。


「これ以上月神様を煩わす訳にいかぬ。戻して欲しい」

「わかりました。

 月の神、度々失礼しました」


 立花は頭を下げて、膝をついたままの女性の足元と自分の足元に道を繋げて戻った。

 一瞬地面が無くなった浮遊感に立花は姿勢をぐらつかせたが、待ち構えていた倉橋に支えられた。

 女性の方はぐらつく事もなく元の場所へと戻った事を確認すると立ち上がり、立花に向き直って深々と頭を下げた。


「大変失礼した。貴殿の言葉は真であった」


 謝罪した女性の姿に瞠目する周囲の男達。

 女性は手を叩くとそれぞれ戻るように言って解散させ、立花達を自分の家へと招いた。

 男達や女性は小さな木の小舟に分かれて対岸の里へと戻ったが、さすがに定員オーバーしそうなそれにお邪魔するわけにもいかず立花達は普通に絨毯で小舟の後をついていった。

 一目で部外者と思われる立花達に、里の者は警戒するように作業の手を止めて窺うように観察していた。それを微妙な顔で横目にしている倉橋。


「申し訳ない。ここに他種族が入ってくる事はないのだ」


 他とそう大きさの変わらない小屋の一つに入ると、女性は雑な造りの椅子を勧めてテーブルを挟んだ向かいに座った。


「いえ。いきなりお邪魔したのはこちらですから」


 気にしていませんよと返す立花に、どこかほっとした様子を見せる女性。


「私はツィークと言う。この里の取り纏めをしている」

「改めて立花悠です。こっちは倉橋楓、カエデが名です。こっちはフレイミーとエンデです」


 自己紹介をするツィークに、立花も他のメンバーを紹介しそれぞれ軽く頭を下げた。


「それで、こちらに招いていただいた理由はなんでしょうか?」


 銀狼獣人達の反応からして太陽の神の事でだろうと当たりはついていたが、一応確認する立花。


「太陽神の事についてだ」


 案の定の回答に、なるほどそれでと続きを促した。


「太陽神は月神様を取り込もうとしている。その証拠に外界では月神様の存在を知らぬ者が大半だ。神々は祈りが多ければ多い程その力を増すため、我らしか信奉する者がいなくなってしまった月神様は太陽神に直に呑まれてしまうであろう。

 先ほどそちらのお連れが話した太陽神を破壊するという話。それが可能ならばぜひともそれを頼みたく」


 頭を下げる女性に、うーんと頬を掻き立花は認識の訂正をした。


「それは少し違います。

 太陽の神は月の神を消そうとしているわけではなく、その存在を独占したいだけです。出来れば人間達にもその存在を知らせたくないと思っていますが、完全に信奉する者が消えては存在自体が消えてしまうのであなた方を残しています」

「……独占?」

「今まで見てきた神の中でもかなり人間の感性に近い神ですね、太陽の神は。

 要するに月の神が恋しくて仕方がないから囲ってしまおうというわけです。取り込もうとしているわけではないんですよ」


 ツィークはポカンと口を開けた。


「囲う……神が神を?」

「とても人間的発想に思えますよね。私も同様の意見です。

 この世界の神はそもそも人の思念から生まれた存在なので、人が想像する神という部分と、こうだったら面白いだろうなという人間臭さがどこかしらあるのかもしれません」


 ギリシャ神話あたりの神々はかなりはっちゃけてるしな、と思う立花。


「……そうなのか」


 いまいち飲み込めてない顔で呟くツィークに苦笑し立花は話を進めた。


「それはともかく、太陽の神の事についてはどうにかします。主神とも話しますが光の神も月の神がこの世界の為にあなた方に使命を与えているのは知っていますから、援護してくれるでしょう」

「光神様が……そうか。光神様が知っていてくださったのか」


 何やら感じ入った様子で目を閉じるツィーク。


「代わりというわけではないのですが、太陽の神の事がどうにか出来れば外にいる子供をこの里で受け入れる事は可能でしょうか?」

「それはむろんの事だ。外の者を制限しているのは太陽神に目をつけられぬようにという意味合いが大きい。他の種族は普通に太陽神を信奉している者も多いからな」

「それを聞いて安心しました」


 良かったと微笑む立花に、ツィークは少し不思議そうに首を傾げた。


「疑問なのだが、何故他種族の子の事をそこまで?」


 問われて立花は首を傾げた。


「困っている子供がいれば種族関係なく助けるのが大人では?」


 最近の日本では泣いている子供に声を掛けたら犯罪者呼ばわりされる事もざらにあるが、それでも迷子になった子を放っておくほど立花は薄情ではないつもりだった。

 ごくあたり前のように返されツィークはなるほどと呟いた。


「神に近しい者というのは普通ではないのであろう」


 一人納得した風のツィークに、思わず立花は念話で聞いた。


〝普通だよな?〟

〝普通だと思いますよ〟


 同意したのは倉橋。


〝そこは人によると思いますよ〟

〝人間と獣人とでは価値観違う。気の毒に思っても他種族の子を助ける事に二の足踏む者は多いと思うぞ〟


 どちらかというと否定的なのがフレイミーとエンデ。

 この世界ならではの価値観かなと立花も倉橋も思ったが、別にそれをとやかく言う気はなかった。

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