魔女のチョコレート
食べてしまうのがもったいない!
黄色い声で喚く女子高生の集団を尻目に、私は商品棚につり下がっている子袋を手に取った。食べるために買うのだから、私の場合そこに「もったいない」という感情が挟まることはない。数百円で得られる幸せに感謝だ。
しかしその数百円とアイスコーヒーを手に
そうだな、一度だけ。私にもそんな経験があった。
高校生活、二度目のバレンタインだった。
放課後のまったりとした空気に包まれて、私と友人は部室へと向かっていた。
「私、ベリー入りのブラウニーとスノーボールクッキー作るけど」
出し抜けにそう言い放った友人。その意図するモノを酌んで私は暫し考える。
「スノーボールって白いヤツ?」
「そ、名の通り」
「………うん、じゃあどっちも好き」
私がそう答えると、友人は「じゃ、決まりだ」と満足気に呟いた。
「そっちは?」
「私は、ブラウニーと生チョコ」
「今年は二種類?」
そう言われて私の脳内に、去年のバレンタインがフラッシュバックした。何を作ったかパッと出ないが、言われてみれば確かに三種類は作った気がする。よく覚えていたなと感心しつつも、私は抱えていたファイルを漁る。
「うん、今年は…………」
そこから一枚のメモをかざして見せた。
「これ、作るから」
「え、何………………」
なんでメモなんか、と言いたげだった彼女は、材料を一目見て言葉を詰まらせた。私もそこに書かれた材料に目を通し、買い忘れが無かったか記憶を探った。特別な材料は殆どないが、だからこそ頭から抜け落ちることもあるだろう。
ただ一つを除いては。
「それ、あの有名な………中々借りられないやつって」
未だ衝撃から戻ってきていない友人に私は得意げな表情を作ってみせた。
「管理人がね、作ったことあるんだって。その時のメモ写させてもらった」
「それってあの大人しそうな子?意外…………」
「私も吃驚した」
それから妙な沈黙が私たちに絡みついた。
月下美人の涙。
それが、このレシピの肝。月下美人という花の
恋を、忘れるためのチョコレート。
「ホントに胃液で溶けちゃうんだ。恋心って」
驚きとは違う色を声に滲ませて、友人は口元で笑った。何か言いたげに思えたが、私は敢えて話題に便乗した。
「時間が経つと、身体に戻ってくるみたい」
「ふぅん………………」
案の定と言うべきか、再びの沈黙が私たちを取り巻く。奇しくもそのタイミングで私たちは部室に到着し、以降その話題に触れることはなかった。
あの日、月下美人が涙と共にあふれ出した時。待ち望んでいた安堵感と共に言い表し難い虚脱感に襲われたこと。その状態で完成したチョコレートを見て、何故か「もったいない」と感じたこと。
それは今も、私の胸の中にしまわれている。
包装を破り、ダイス状のチョコを一粒口へと運ぶ。柔らかく広がった甘ったるさを、私はコーヒーで流し込んだ。
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