第15話 出陣
アグノティタは採血器をにらんでいた。
にらんだ所で、何も変わらない。毎朝の採血は、必ず行わなければならない王家の掟だ。
採血をし、ルヅラを採取することは、王家の財政を支える大切な仕事だ。
しかし、貧血は目眩や倦怠感、顔面蒼白や浮腫、狭心症にまで繋がる病気だ。
財政の主軸を採血に頼っている限り、王家の未来は明るくない。
何か他に方法はないものか。アグノティタは考えを巡らせた。すると、ノックの音が響いた。
「やぁ、おはよう」
イーオンが部屋に入って来る。
朝だというのに、いつものように爽やかな笑顔を浮かべていた。
(この人は、いつも元気ね)
イーオンはアグノティタに近付き、テーブルの上の採血器を見た。
「おや? まだ済んでいなかったのかい」
「すぐに済ますわ。少し待って」
採血器は、血圧計のような形をしている。輪になっている部分に腕に通すと、締め付けられ、針の刺さる感触がする。
横に付いている小瓶が血液でいっぱいになると、腕の締め付けが解除される。
小瓶を交換し、2本目の小瓶がいっぱいになると、アグノティタは腕を引き抜いた。
「はい」
2本の小瓶をイーオンに手渡す。
「確かに」
イーオンは小瓶を受け取ると、ポケットにしまった。
「毎朝悪いわね」
「なに、たいした手間ではないよ。自分の分を運ぶついでさ」
王族の血がルヅラに変わることは、絶対の秘密だ。その為、採血した血を従者に運ばせることはできない。
ルヅラを管理する部屋まで直接運ぶ必要がある。
体調が悪く起き上がれない日もあるアグノティタに代わって、昔からイーオンは毎朝血液を運んでくれる。
「それより、ついに決まったよ。明日には出る」
イーオンが言った。
「明日ですか」
「ああ。急な事だが仕方ない」
カルディア王国は昔から、西の国境を巡り、隣国との小競り合いが絶えない。
イーオンは軍の総司令官として、西の国境へ出陣することになった。
「西の国境が広がれば、それだけ税収が増える。採取出来る資源も増える。あの地には、多くの鉱物資源があるはずだ。王家の為に、あの地は必ず必要なのだ」
イーオンは拳を握りしめた。
「ええ。わかっています」
「無事を祈っていてくれ」
「待っています。この子と」
アグノティタは自分のお腹をなでた。
「アグノティタ?」
「夏には産まれるそうです」
イーオンの顔がほころぶ。
「そうか! でかしたアグノティタ!」
イーオンがアグノティタを抱きしめる。アグノティタは幸せそうに笑った。
突然イーオンはアグノティタから身体を離すと、アグノティタをにらみつけた。
「ならば何故採血などした!」
「え?」
「赤子の成長には、血が必要なのだろう。お前が言っていたことだぞ。明日から採血はなしだ」
怖い顔をしたイーオンを見て、アグノティタは自分がとても幸せだと思った。
翌日イーオンはばたばたと準備を整え、盛大な出陣式の後、旅立った。
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