第14話 アグノティタの憂い
アグノティタは度々サフィラスの部屋を訪れるようになった。
アグノティタと過ごす時間が増え、サフィラスは嬉しかった。
美味しいアフタヌーンティーの後に食べる夕食は辛かったが、アグノティタとの約束を守り、夕食を残すことはなかった。
そうするとサフィラスの身長はぐんぐん伸びた。
お腹をへらす為に運動すると、細く華奢な身体に、しなやかな筋肉がついた。
貧血が改善され、頭の働きがクリアになった。
集中力が上がると勉学にも力が入り、家庭教師から褒められることが多くなった。ドュールスとの稽古でも褒められた。
「王族の食事には、問題があるのです……」
サフィラスの部屋で、アフタヌーンティーをとりながら、アグノティタは言った。
深くソファに座り、頬杖をついている。
いつものように顔色は悪く、細い身体はドレスでさえ重そうだ。
「問題ですか?」
サフィラスは、大きな口を開けて、揚げ鶏に噛り付いているところだった。
「あなたを見て、つくづく思いました。あなたのこのところの成長は素晴らしい。人は、色々な物を食べた方が良いのです」
旺盛な食欲をみせるサフィラスを見て、アグノティタは微笑んだ。サフィラスは少し照れくさそうに笑った。
アグノティタはサフィラスの顔に手を伸ばし、口の周りについた油をぬぐった。
「王族が、何故あのような食事にこだわるのか、わたくしにはわかりません。確かに血を造るのに必要な成分を多く含んでいます。しかし、他にも食物は色々あります。あのメニューにこだわる必要はないと思うのです」
「あのメニューを決めたのは、誰なのですか?」
「わかりません。調べてみたのですが、かなり昔からということしかわかりませんでした」
「調べたのですか?」
アグノティタは自分の口を塞いだ。
「失言でした。忘れてください」
「気になります。誰にも言いませんよ?」
アグノティタはサフィラスを見つめた。サフィラスはにっこり笑った。
「あなたの笑顔は卑怯ですね」
「卑怯?」
「反則だという意味です」
サフィラスは自分の頬をつまんだ。卑怯なことをしたつもりはなかった。
「口を滑らせたのはわたくしです。仕方ありませんね」
アグノティタはため息をついた。
「王族たちは、病弱過ぎると思いませんか?」
病弱の筆頭のようなアグノティタが言ったので、サフィラスは返答に困った。
「他の国民に比べ、背は低く体重も軽い。いつも気怠い顔をして、昼過ぎまで寝ている者も多い。酷い者は、夕刻になりようやく起きてきます」
サフィラスも朝起きるのは苦手だった。
「原因は貧血にあるのです。毎朝行う採血のせいで、血が足りぬのです」
王族には義務がある。それは『王家の義務』と呼ばれ、王族以外の者には絶対に秘密だ。
朝起きると、毎朝決まって採血するのだ。ルヅラを生産するために。
「わたくしも、朝起きるのは苦手です。しかしそれは、貧血のせいなのです。たかが貧血と思うかもしれませんが、貧血は侮れぬ病気です」
アグノティタは、ティーカップを持ち上げた。
「血液が不足すると、体中に酸素を送ることができなくなります。すると心臓は、大量の血液を流すことで、酸素不足を解消しようとします。呼吸は荒くなり、倦怠感や動悸、息切れ、食欲不振を引き起こし、肺や心臓に負担がかかり、心臓肥大につながることもあります」
カップのお茶をゆっくりと飲む。
「王族の数は、年々減少しています。子は産まれにくく、育ちにくい。成人を迎えることの出来る子どもは、何人いるでしょうか」
憂いた顔をして、アグノティタはサフィラスを見た。
「わたくしは、あなたの心配をしています」
サフィラスはどきりとした。鼓動が高鳴り頬が熱くなる。
「王族の、全ての子どもの心配をしています。このままでは、王家の血は絶えてしまう……」
肩透かしを食らったような気分になった。しかし、アグノティタの真剣な表情に何も言えなかった。
「姉様も、いつも体調が悪そうですよ」
サフィラスの言葉に、アグノティタは苦笑した。
「自分の体の心配から始まったことですからね」
アグノティタは今日も、ケーキをひとつ食べただけだ。
「それなら、姉様も色々と食べた方がよろしいのではないですか?」
アグノティタはきょとんとした。
「そうね。確かにそうだわ。わたくしも戴きましょう」
アグノティタは揚げ鶏に手を伸ばした。
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