第七話 いつもと少し違う昼休み
『もし、校内で悪魔と契約していると思わしき人を見つけたら、この栞をその人の肌に接触させてみてください。本当に悪魔憑きなら魔力が暴発し、軽い火傷にすることが出来ます』
『それ……見分けられたとしても、相手が逆上して襲ってきたりしない?』
『その時は私を呼んでください。すぐに助けに駆けつけますので』
『それさ、俺をエサにしてるだけだよね……』
◇
協力とは言っても、捜査は捜査でもおとり捜査もいいところ。
こんな危険な話に和道や灯里を巻き込むなど深夜は死んでもしたくなかった。
――そういう意味じゃ、雪代との関係を色恋ネタだと思ってくれる方が二人にとっても安全、なのかな――
特に灯里は深夜が何者かに襲われたと知れば、昨日の帰りが遅くなったことに無用な責任を感じるだろう。
「二人に怪しまれる前に悪魔憑きを見つけないとなぁ」
などと考えを巡らせているうちに午前中の授業は終わり、気づけば昼休みを迎えていた。
――次は宮下の確認をしたいところなんだけど――
深夜としては灯里や和道が自分を襲ったなどという疑いは、万に一つもないのだが、出来ることなら二人が悪魔と無関係である確証は欲しかった。
それがわかれば、深夜としても自分の身を守ることに意識を集中できる。
そういうわけで早速彼女に声をかけようと見回すのだが、既に灯里の姿は教室内のどこにもなかった。
「あれ、いつもならあの辺りで……」
深夜の記憶が確かなら、普段は女子グループが机を繋ぎ合わせて昼食を取っている中に溶け込んでいるはずなのだが、彼女達は灯里抜きで机を繋げ、昼食の準備をしている。
深夜はとりあえず、目についたその女子グループの一人に声をかけてみることにした。
「ねえ、ちょっといい? 宮下がどこにいるか知ってたら教えて欲しいんだけど」
「え……っと、神崎くん、だっけ? なんか用事があるとは聞いてるけど」
その女子生徒は驚き、思考、警戒の順番で表情を変えつつも質問に答え、周囲の友人達にも「何か知ってる?」と確認する。
だがその場にいる皆は一様に首を横に振るだけだった。
「そっか、ありがと。お昼の邪魔してごめん」
短いやり取りを終え、次はどうするかと考えながら深夜はその場を離れる。
「……あー、びっくりした。なんか怒られるのかと思った」
「あんたなんかやらかしたの?」
「いや、話すのもはじめてだけどさ、彼、雰囲気怖いじゃん?」
「わかる。無表情っていうか感情薄い感じするよね」
「ってか、神崎くんと灯里ちゃんってどういう関係? もしや彼氏彼女?」
「キャラ違い過ぎるし流石にないっしょ。それに神崎くん、学校外に彼女いるとか……」
――雪代の話に妙な尾ひれが付いてる……――
背後で繰り広げられる、あまり声の抑えられていないひそひそ話。それを聞いた深夜は大きな溜息が自然と漏れ出てしまった。
「おーい神崎! 昼飯食おうぜ」
そんな深夜の悩みを知ってか知らずか、和道が元気よく深夜を呼び止める。
「あ、和道。宮下がどこ行ったか知らない?」
「宮下? ホントだ、いねぇな」
和道が深夜の頭越しに先ほどの女子グループを見やる。
その動作だけで、彼も灯里の所在は知らないのだと理解した深夜は、仕方なく彼女のことは一旦後回しにすることに決めた。
「お昼一緒に食べるのはいいけど、今から購買に買いに行くから待たせるよ?」
「じゃあ俺もついて行くわ。神崎が道中でフラフラ昼寝しないか心配だしな」
「そんな人を猫みたいに……寝るなら昼飯食べてからだよ」
「やっぱり寝るんじゃねぇかよ」
そんな軽口も交え、昼食を求めて一階にある購買部に向かう。
その道中、深夜はすれ違う生徒達を適当に眺めてみるが、当然のようにそれだけで悪魔憑きに関する情報が得られるわけがない。
「……あれ?」
しかし、その代わりに見覚えのある小柄な人影が深夜の目に入った。
――宮下と……誰だ?――
よくよく観察してみれば、どうもそこにいるのは灯里一人だけではなかった。
彼女は廊下の途中で立ち止まり誰かと話している様子だ。それも、元から小動物然とした小さな両肩をより一層小さくして。
気になった深夜はいったんその場で足を止め、灯里達の会話に聞き耳を立てる。
「一人で食べるなんて寂しいだろう? いい場所を知ってるんだよ。宮下さんも気にいってくれると思うなぁ」
「あ、でも……その……」
「なに? もしかして先約でもあるわけ? そんなの断っちゃえばいいじゃん」
「そういうわけじゃ……」
「そういうわけじゃないなら何も問題ないでしょ。さぁ、行こ行こ」
どうやら、男子生徒が灯里を食事に誘っているらしい。だが、その誘い方はどうも強引だ。
見かねた深夜は和道に一声かけるより先に、ずかずかと二人に向かって歩き出していた。
「宮下、ちょっといい?」
「あァ?」
両者の間に物理的にも会話的にも割り込んだ深夜の姿を見るや否や、灯里に馴れ馴れしく話しかけていた男子生徒の眉間に露骨に皺が寄った。
――校章の色は……同学年か――
襟足の伸びたパーマヘア、着崩された制服の首元に見える派手な柄のインナーシャツ。そのいで立ちから、深夜は偏見交じりながらもこの男子生徒に対し、軽薄な雰囲気を感じ取る。
「神崎……君か。そう怖い顔をしないでくれよ、別に僕は宮下さんをイジメてたわけじゃない。ただ、一緒に昼食でもと誘っていただけさ」
だがその男子生徒は、割入ってきた人間が深夜だと気づくとすぐに表情を軟化させた。
対して、考え無しに飛び込んだはいいが、どうやって言いくるめようかと思案していた深夜はその友好的な対応に面食らい、逆に返事に困ってしまう。
「でも、本命のカレが来ちゃったら仕方ない、今日のところは引き下がるとするよ。できれば、次はいい返事を貰えると嬉しいけどね」
「え? あ、はぁ……」
灯里も灯里で、先ほどのしつこさが嘘のようなその態度の切り替えに、戸惑いを隠せていない。
結局、その男子生徒はあっさりと身を翻しその場を去った。
その結果、深夜達は廊下の人込みに紛れていくその後ろ姿を、そろってポカンとした顔で見送ることとなった。
「……結局、誰だったんだアイツ」
向こうはどうも深夜のことを知っている様子だったが、逆に深夜には彼と会話を交わしたような記憶はない。
頭に疑問符を浮かべて小首を傾けていると、灯里がその問いに答えを返してくれた。
「確か、隣のクラスの
「有名な奴なんだ」
「アイドル風な顔付きなのと、一年生なのに剣道部の地区大会で優勝してる、ってことで女子の間だと優良物件と評判って感じ」
「もしかして、本当に邪魔しちゃった?」
実は灯里も誘われてまんざらでもなかったのではないか。そんな不安と複雑な感情が深夜の胸に去来する。
しかし、灯里はないない、と軽い態度で首を横に振る。
「むしろ助かりました」
「ならよかった」
人当たりはよさそうだったが、深夜が割り込んだ際の一瞬の表情といい、灯里の事情を気にしない強引な態度といい。あの相模という男子生徒は、大切な友人を任せる相手としてはあまり信頼できそうにない。
――胡散臭さで言えば、雪代といい勝負だな――
さきほどの短いやり取りの結果、深夜は相模明久に対してそう結論付けていた。
「おいおい、いきなり飛び出したかと思えば冷や冷やさせんなよな」
そして、その一部始終を見届けたらしい和道が二人の元に合流する。
「あ、和道くんもいたんだ。二人は……これからお昼?」
「そういうところ。宮下は一人なんて珍しいけど何か用事でもあるの?」
深夜の質問に対し、灯里の口角がピクリとひくつき、そっと目線が逸らされる。
それはまるで隠し事がバレた時のようなリアクションであり、深夜の背筋に嫌な汗が流れる。
まさか灯里が悪魔に関係しているのでは。
そんな最悪の想像が深夜の頭によぎる。
しかし、灯里はしばらく
「ええと……その……お花の水やり」
「……それ、何かの隠語だったりする?」
その内容と灯里の態度のあまりのギャップに深夜は思わず、そんな返しをしてしまった。
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