第五話 『協会』の少女

「あんたがその……『悪魔祓い』だって話だよ。結局、その悪魔祓いって何者なの?」



 昨夜、彼女に拳銃を突きつけられた深夜はそのまま駅前の喫茶店へと連れ込まれ、雪代から襲撃者について、そして彼女自身について色々と説明を受けた。

 受けたのだが、はっきり言ってその説明はあまりに突飛なもので、その話の内容はほとんど深夜の頭に残っていなかった。


「そうですね。改めて一言でいうなら『悪魔祓い』というのは『協会』と呼ばれる秘密組織のエージェントのことです」

「秘密組織のエージェント……まるで映画や海外ドラマで耳にするような単語だね」


 しかし、昨夜に深夜の目の前で繰り広げられた異形の腕を振るう襲撃者との立ち回り。そして、彼女の黒ずくめの服装は確かにそういうもののイメージと合致する。


「その『キョウカイ』って組織が、悪魔っていうバケモノを世間の目から隠すために日夜秘密裏に活動しているんだっけ?」


 深夜は辛うじて記憶に残っている昨夜の雪代の説明を口に出し、改めてその内容を確認する。


「はい。その通りです」

「『キョウカイ』ってことは、雪代はどっかの宗教団体の人?」

「いえいえ、そちらの『教会』ではなく、組合とかそういう意味の方の『協会』です。

 あ、でも、大元を辿るとヨーロッパのエクソシストの組織だったそうですので、宗教色がないわけではないのですが……」


 雪代は饒舌じょうぜつに説明を続けるが、そもそもの話として深夜はオカルトには全く興味と基礎知識がない。

 そのため彼女の言っていることも、単語の意味はわかるがその全体像が上手く想像できないでいた。

 雪代も深夜のそんな雰囲気を感じ取ったのか、少し説明の方向性を変える。


「では神崎さんは『悪魔』と聞いてどんなものを想像しますか?」

「人間に似た、黒い羽の生えたヤツ。かな?」

「一般的にはそういうイメージが強いかもしれませんね。悪魔といえば人間をたぶらかして悪事をするように誘導する存在。ですが、黒魔術の領分に限れば少し話が変わります」

「なんか随分とファンタジーな話になってきたね」


 雪代の声色が徐々に授業中の教師のような雰囲気に近づき、その弁舌はより滑らかになっていく。


「古来より神の奇跡を再現しようと研究を重ねていた黒魔術師達は、三千年近く前にある一つの成果を確立しました。それこそが地獄に存在するという超常の存在『悪魔』をこの現世に呼び出すこと。召喚術と呼ばれる魔術です」

「その古代の魔術師ってやつらは、なんだって悪魔なんてバケモノを呼び出そうとしたの?」

「彼らが悪魔を呼び出す理由。それは悪魔が持つ『異能』を借りるためです」

「異能……?」


 聞き馴染みのない言葉に深夜は首を傾げてオウム返しをしてしまう。


「超能力、特殊能力のようなものです。たとえば、何もないところから炎を生み出す力。触れるだけで怪我を治療する力。あるいは、巨大な異形の腕を生み出して自由に操る力。とか」

「…………」


 雪代の説明を受け、深夜の脳裏に昨夜の記憶が蘇る。

 深夜を襲った男の右肩から生えていた異質な三本目の黒い腕。


「昨日のやつが、その悪魔と契約した人間なんだっけ?」

「ハイ。大昔の悪魔召喚の知識や技術を手に入れ、悪魔と契約し異能を手に入れた人々、我々は彼らを『悪魔憑き』と呼称しています」


 そんな非常識な説明の合間合間に、フーフーと雪代が熱心にコーヒーに息を吹きかける音が継続して挟まれるので、深夜はどうしても現実と非現実が混ざった妙な感覚に陥ってしまう。


「それで、その悪魔憑きを捕まえるのがあんた達協会ってところの目的、ってわけだ」

「おっしゃる通りです。我々の目的は悪魔憑きを秘密裏に発見、捕縛し、世間一般から悪魔の存在を隠匿いんとくすることにあります」

「簡単に言うと、悪魔専門の警察みたいな感じ?」

「おおむねその理解でかまいません。とはいっても、流石に警察のような国家権力はありませんが」


 深夜は一度、手元のお湯割りレモネードに口を付けて考えをまとめる。

 つまり彼女の目的は、昨日の襲撃者のような「悪魔憑き」と呼ばれる異能を手に入れた人間を探し出し、捕まえること。


「あんたは連続襲撃事件の犯人を捕まえにこの街に来たんだよね? で、そのために悪魔憑き狙われている俺を護衛してくれる。と」

「はい。そういう取引ですからね。大舟に乗った気分でお任せください」


 ここからは昨夜、雪代が深夜に持ち掛けた取引の話だ。

 彼女の話を要約すると、深夜の身の安全を保障する。その代わり、霧泉市のどこかに隠れている悪魔憑き探しに協力してほしいというもの。

 正直に言って、雪代はその身なりも悪魔祓いだと名乗る素性も全てが胡散臭い。


「うん。まあ、雪代の事情は大体わかったよ。けど、一つその説明だけじゃ納得できないことがある」

「はい、なんでしょうか?」

「昨日、俺が悪魔憑きに襲われた時、あんたはすぐに割って入って来た。それも、まだ名乗ってもないのに「神崎さん」って俺の名前を叫んで」


 昨夜の一連の流れはあまりにもタイミングが良すぎる。まさか、悪魔を探し回り街中を歩きまわっている時、偶然深夜が襲われているのを見かけたなどとは言うまい。

 この疑問に納得がいく答えがもらえなければ、この悪魔祓いを名乗る少女に命を預けることなど到底できない。


「ああ、そのことですか。それは単に昨日は一日中、私が神崎さんを尾行していたからですよ」


 と、雪代はやはり悪びれた様子のない態度で、あっさりと真相を暴露する。

 だが、深夜もこれにはあまり驚かず、溜息を漏らすだけに留めた。


「やっぱりか……俺を悪魔憑きだと疑っていた、ってわけ?」

「昨夜、あの襲撃を目撃するまではあなたが今回の第一容疑者でした。何しろあなたは――」


 するとタイミングを見計らったかのように、雪代の見ていたニュース番組のコメンテーターが話題を変えた。


『霧泉市郊外で発生した、和泉山間トンネルの崩落事故から、今日でちょうど二か月が経過しました』


 キャスターの言葉が深夜の耳に入り、それはフライパンの熱気と合わさって彼の脳裏に赤い炎の景色をフラッシュバックさせる。


『しかし、まだ原因は不明なんですよね。被害者の一部からは内部で大きな爆発音のような音が連続していたという声もあり、ネットでは爆弾テロの可能性もあがっているとか』

『不用意な発言はいけませんよ。確かに内部は複数の個所が崩落していたそうですが、内部で爆弾のようなものは何も見つかっていないわけですから』

『ですが、百を超える負傷者を出すという、過去に前例のない未曾有の崩落事故でありながら、未だにその原因がまったくわからないというのは――』


 雪代はソファから立ち上がり、リモコンを操作してテレビの電源を消した。


「あなたは、黒陽高校の関係者で唯一、あの和泉山間トンネル崩落事故に巻き込まれた方ですから」


 深夜は一度だけ深く呼吸し、嫌な記憶を頭から追い出してから冷静を装って言葉を返す。


「あのトンネル事故も悪魔の仕業ってこと?」

「その可能性が非常に高い。というのが我々、協会の認識です」


 雪代はコーヒーの入ったマグカップを両手で持ち、調理台に立つ深夜の背中を見つめる。


「原因不明の崩落事故、そしてその一週間後から始まった黒陽高校の生徒を狙った連続襲撃事件。あなたはこの二つの事件を結ぶ唯一のピースでした」


 二ヵ月前、深夜は家族と共にそのトンネル事故に巻き込まれた。

 その結果、深夜の高校入学は一か月以上遅れ。そして、事故の怪我で両親が入院している間、真昼と二人での生活を送ることとなったのだ。


「といっても、神崎さん自身が悪魔憑きに襲われているところを見たので、あなたへの疑いは完全に晴れたわけですが」

「理由が理由だけに素直に喜べないよ」


 深夜は皮肉交じりにそう言うと、半ば無理やり話題を変えようと彼女の方に再び向き直る。


「それで捜査に協力するって言ったって、異能を使っていない時は悪魔憑きの見た目も普通の人間と変わらないんだよね?」


 少なくとも、昨日の襲撃犯は右肩から生えた第三の腕以外は普通の人間と変わらないように見えた。


「はい。そうですね。あくまでも手に入るのは異能の力だけですから、外見では一般人と悪魔憑きの区別はできません」


 雪代はようやくマグカップに口をつけるが、その直後に「あちゅ」と小さな声を漏らし、その両肩を跳ねさせた。


「じゃあ、俺はどうやって学校で悪魔憑きを探せばいいの?」


 昨日の襲撃者は顔を隠していた、なので深夜の手元にはある情報と言えば、大雑把に黒陽高校の男子生徒、といった程度しかない。


「流石に怪しい生徒一人一人に、『お前は悪魔憑きか?』って聞いて回るわけにもいかないよ?」

「それに関しては秘密道具があるのでご安心……? あの、神崎さん。何か少し焦げ臭いような……」

「あれ?」


 雪代の指摘を受けて、深夜は急いで匂いの出どころであるトースターに駆け付け、パンを取り出し、自作の朝食を皿に盛りつけた。のだが。


「……食べるんですか? コレ」


 表記の時間通りにタイマー設定したはずの食パンは、表面がこんがりを超えて真っ黒に焼き焦げ。目玉焼きはフライパンにこびりついた底面を剥がそうとした際、黄身が割れてぐちゃぐちゃに。タマゴと一緒に焼いていたはずのベーコンはなぜか、生焼けで崩れた黄身が表面に絡まっていた。


「ちゃんと食べるよ……もったいないからね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る