納屋の神

 七つの頭は、その内の一つを残りの六つが取り囲むようにして並んでいる。顔はどれも同じで、肥えた老人のそれだ。表情は笑顔のまま動かず、瞬きもしない。歯は無く、口の中は真っ黒だ。体はでっぷりとした肥満体で、うず高く積もる腹に胸の肉が垂れ下がっている。ぜい肉に埋もれた脚は異様に小さく子供のようで、腕もまた同様だ。人形のようだが、注意して見ると六つの顔から成る車輪の緩慢な回転がみとめられ、それが何らかの意味で生きていることが分かる。


 それは納屋に居た。七回目の誕生日、私を納屋に連れ込んだ家族はそれを神様と呼んだ。一族の守り神なのだと言う。


「二十歳になったら、あんたはここに嫁ぐんよ」


 納屋から逃げ出そうとする私を捕まえて、祖母は諭すように言った。 私は泣き叫び、暴れて、しまいに気絶した。その日の夜、目覚めてからこっぴどく叱られたことを覚えている。誕生日だというのに。


 時間が経って、納屋のそれにも、自分の置かれた状況にも(受け入れることは到底できないにしろ)それなりに慣れることができた。七歳になった妹が私と全く同じ振る舞いをしたとき、微笑ましく思ったほどだ。


 高校卒業後、私は東京の大学に進学した。反対も特になく、呆気ないほど簡単に私は実家を離れた。大学のあとは院に進み、その後は東京の企業に就職した。二十歳の誕生日などとうに過ぎていた。


 職場にも慣れ、生活に余裕が出てきた頃、ふとあの納屋のことを思い出した私は、久し振りに実家と連絡を取った。電話には、地元に残った妹が出た。


「もしもし、お姉ちゃん? 久し振りー」


「久し振りー。元気してる?」


「元気元気。そっちも元気そうだね」


「まあね、ぼちぼちってとこ」


「それで? なんかあったの?」


「あー…なんてゆーか、その…」


「うん?」


「あんたさ、納屋の変な人形のこと覚えてる? よく見たらゆっくり動いてる奴」


「神様のこと?」


「そう、それ。なんか気になってさー…、結婚とかさ、婆ちゃんが言ってたじゃん」


「あー、お姉ちゃん嫌がってたもんね。でももう大丈夫だよ」


「そうなの? なんで?」


「いや、私が代わりに嫁いだから」


「は?」


「お姉ちゃんのせいだよ」


 そこで通話が切れた。妹が切ったのかと思ったが、受話器を置いたのは私だった。


 それ以来、実家とは連絡を取っていないし、帰省もしていない。これからもあの一族とは関わらないつもりだ。悩んだが、妹のことも諦めた。手遅れだと、本能で分かった。

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