エピローグ 世界の果てまで君とふたりで
血の匂いが充満する教会で、ボクはひとり、佇んでいた。
ボクの足元には、世界でいちばん愛おしい彼女の、亡骸が転がっている。
血に濡れてもなお、可憐さを損なわないその少女の頬に、ボクはそっと手を添えた。
ポケットを漁って、コツン、と指先に触れたものを取り出す。
指先に触れたもの、それは、シンプルなデザインの指輪だった。
光を反射して輝くふたつの指輪を、ボクは彼女と自分の指に、それぞれ填める。
お揃いの指輪が、お互いの薬指でキラキラと輝く。それを見て、ボクは仄かな喜びが、胸を満たしていくのを感じた。
ああ、やっとだ。やっと彼女が、ボクのものになってくれた。
ボクだけの、君になってくれたね。
そっと、彼女の唇に、触れるだけのキスをした。
初めてのキスはレモンの味、なんて言うけれど、そのキスは、吐瀉物と鉄の入り交じったような、ひどく不味い味がする。
歪んだ愛のもたらした結末だ。そこに甘さなんて、ひとつもあるはずがない。
むしろ、甘い味のひとつもしない口付けに、ひどく安心した自分がいた。
たったひとつ。世界でたったひとつだけの、ひどく歪な口付け。
ひどく不味い口付けが、じんわりと心を満たしていくのを感じて、ボクはごろりと、彼女の隣に寝転がった。
彼女から流れたあかが、ボクの身体を染めていくが、そんなことはどうでもよかった。
天井を見上げて、彼女と過ごした二日とすこしの時間を思い出す。
水族館や海ではしゃいでいた時の、彼女の笑顔。いつもよりもどこか浮かれたような彼女の様子に、ボクも嬉しくなった。
本当は、彼女とこんなふうに穏やかな時間を過ごしたかったんだって、痛いほどに痛感した。
痛感してしまって、何度も何度も、こんなことやめようって、思ったけれど。
だけど、結局やめることなんて出来なくて。ボクは、君を、誰のものにもしたくなくて。
結局、君を殺すという選択をした。君が誰かのものになってしまう前に。誰のものでもない君を、ボクだけのものにする。そんなちっぽけな、願いのために。
ボクは、ボクのいちばん大好きで、いちばん愛した君を殺した。
もしも、ボクがもっと、普通に君を愛せたならば。
君のボクの行き着く先は、もっと別の形をしていたのだろうか。
今となっては、もう、分からないけれど。
ボクは、彼女のつめたくなっていく手に、自分の指をそっと絡めて、再び触れるだけのキスをした。
ツン、と鼻をつく鉄の匂いに、ほんの少しだけ吐き気を感じたが、ボクはそれに構わず、彼女を刺し殺したナイフを、再びぎゅうと握りしめた。
身を起こして、切先を自分の方へと向ける。
キラリと光る刃に、今更、仄かな恐怖を感じて、ふるふるとナイフを握る手が震えた。
だけど、もう、こうするしかないのだ。
もう、後戻りなんて出来ないから。
「さくら、幸せになろう。あの世で、ふたりで、しあわせになろう」
ボクの言葉に、返事なんて返ってこない。
返ってくるはずも、なかったけれど。
ぐらり、と暗転した視界の向こうに、いつもと変わらない笑顔でボクを呼ぶ、君の姿が見えたような、そんな気がした。
世界の果てまで君とふたりで 一澄けい @moca-snowrose
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