一日目 キミとふたり、水族館にて―①
「よ、おはよう」
そう軽やかに挨拶して私の暮らすアパートの前に車を停めたのは、友人である
「おはよう。晴れてよかったね」
そう言いながら、あたしは車の後部座席に荷物を積み込む。既に彼女の荷物は置かれていた。
大きなボストンバッグ2つ分。その些か多いのではとも感じる量に、あたしは眉を顰めた。
「ねえー?ゆりの荷物多くない?2泊3日でしょ?こんなに要る?」
「そうなん?旅行なんて行くこと滅多に無くてなぁ、加減がよう分からんかったんよ」
「ふうん?言ってくれれば荷造りくらい手伝いに行ったのに」
「そんな……さくらやって忙しいやん?こんなことで、手ぇ煩わせとない思てな……」
「えー!?そんなの、遠慮しなくって良かったのに……まあいいや、詰めちゃったもんは仕方ないしね。時間も勿体ないし、早く行こ!」
「そうやなあ。ほんだら、さくらも助手席乗って」
「はいはーい」
ゆりに言われてようやく、あたしは車の助手席に乗り込んだ。車なんて乗るの、久しぶりだ。少しもたつく仕草でシートベルトを締める。
「シートベルトした?」
そう尋ねてくるゆりにこくりと頷くと、ゆりは緩やかに車を発進させた。
危なげのない運転だ。ちらりとゆりの横顔を見る。その顔は真剣そのもので、なんだか話しかけづらい雰囲気を纏っていた。
が、黙っているのもなかなか暇なものだ。あたしはゆりに、先程から気になっていたことを問いかけた。
「ゆりって免許持ってたんだねー。あたし知らなかったよ」
あたしのそんな言葉に、ゆりは、あー、まあ、と、少し歯切れの悪い返事をして、言葉を続ける。
「取っといて損はせん思て、春休みに、な。地元に戻ることになったら、あっちでは車必要やし。まあ、取っただけでそれ以降は殆ど運転してないんやけど……ってあれ?ボク、さくらにこの話してなかったんかな?」
その言葉に、あたしは頬をぷくりと膨らませて、反論する。
「初耳だよー!なにそれ、免許取ったなんて聞いてない!聞いてたらゆりに車であちこち連れてって貰ったのにー!」
悔しい!!じたばた暴れるあたしを、ゆりは優しく「ここで暴れんといてよ。危ないやん」と窘める。そのタイミングで目の前の信号が赤に変わった。ゆりは相変わらず、危なげない様子でブレーキを踏む。緩やかに減速した車は、停止線手前でピタリ、と止まった。
その手腕に、ほう、と息をつく。すごい。長年運転してきた人の運転みたいな安定感がある。でも、あれ?ゆり、さっき殆ど運転してないって言ってたような?
「ん?さくら、どしたん?」
うんうんとひとりで唸っていると、その様子に気がついたらしいゆりが、声をかけてきた。
「いや……うん。あのさ、ゆり、運転上手くない!?これが免許取ってからほぼ初運転ってことでしょ!?」
「うん、まあ……そうやけど……そんなに上手い?久しぶりの運転だから内心かなりビビっとるんやけど……」
そう言うと、不安そうに頬をポリポリとかく。眉を下げて不安そうな顔を作られると、なんだかあたしもちょっと不安になるからやめて欲しい。
「だ、大丈夫だよ!とりあえず事故らなければ問題ナシ!」
「それは君が言う台詞やない気がするけど……まあええわ。久しぶりの運転で、不安なんはほんまやきんな。車もレンタカーやきん、傷なんて付けたら後が怖いし……」
「あ、車は流石に持ってなかったんだ?」
「当たり前やろ。買えるわけないし、買ったって置く場所ないわ。やきん、運転中のボクにはあんまり話しかけんといて。君に返事しとる余裕はないかもしれん」
「はーい了解でーす」
そこで丁度、信号が青に変わる。ゆっくりと発進した車の窓から、ゆるやかに移り変わる景色をぼんやりと見つめて、そこであたしはようやく、今回の旅の行き先を彼女から聞いていないことに気がついた。
一体、どこに行くつもりなんだろう。車を借りたということは、それなりに遠出をするつもりなのだろうが。
「そういや、今回の旅行の目的地ってどこなの?」
運転中に話しかけんといて、という忠告を無視して、あたしはゆりに声をかけた。無視されるかな、そう思ったが、以外にもゆりはちらりとこちらを見ると、あたしの問いに答えてくれる。
彼女が言うにはこうだった。
「きっと、さくらが好きそうなところやで」
「うわーっ!水族館だ!!」
車を走らせて数時間後。あたし達が降り立った場所は、複合型レジャー施設だった。
水族館をはじめとして、アトラクションからホテルまで併設されている、なかなかに規模の大きな施設だ。自然とテンションが上がってくる。
「えっ、なにこれ、すごい!ここ1回来てみたかったんだよね……ていうか、ゆりがこんな所に連れて来てくれるなんて思わなかったよ!」
くるり、と後ろから着いてくるゆりの方へと振り向きながら、あたしは興奮しきった口調で叫ぶように言う。そんなあたしの様子に苦笑を零しながら、ゆりは、いつも通りのテンションで言った。
「まあ、さくらと旅行するなら、さくらの好きそうな場所に行った方がいいかと思てな。そんだけ喜んでくれたら、連れて来た甲斐があるってもんや」
「ゆり……!ありがとぉ〜!!」
「わぷっ……ちょ、抱きつかんといて!恥ずかしいやん!!」
感激のあまりゆりに抱き着くと、ゆりは恥ずかしい!と顔を真っ赤にして怒った。ごめんごめん、軽く謝ってゆりの身体を離す。ゆりは慌てたようにあたしから距離を取ると、入口に向かってスタスタと歩いていった。
「えっ待って待って!せめて写真撮らせて!!」
「……もう昼やし、急がな中見る時間なくなるで」
「ええー!でも、写真撮る時間くらいあるでしょ!?折角来たんだし撮ろうよ!!」
「そこまで言うなら……後でボクにも写真送ってな」
「……!うん!勿論!!」
いそいそとスマホを構えて自分とゆりの姿を画面に収める。笑顔のあたしと、無表情のゆり。
チグハグだけど、そのチグハグさがなんだかあたし達ぽくって、あたしは思わず笑みを深める。
「……なに気持ち悪い笑顔浮かべとるん。撮るんなら早よ撮りなよ」
「わっ、ごめんごめん!じゃあ撮るよ〜はい、チーズ!」
ピロン、と音がしてシャッターが切られた。うん。いい写真だ。
「撮れたん?ほんだら行こか」
「あっ、まっ、待ってよー!あたしを置いていかないで!」
写真を撮り終われば、用は済んだとばかりに、ゆりは入口へスタスタと歩き出す。忘れないうちに、とメッセージアプリを開いて、ゆりに先程撮った写真を送ると、あたしはゆりの背中を追いかけた。
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