世界の果てまで君とふたりで

一澄けい

プロローグ あたしの幸せな恋の話

女の子なら、一度は恋に憧れるものだ。少女漫画に出てくるような、甘くて切ない、そんな恋に。

少なくとも、あたしはそう思っている。

だから、あたしも恋がしたかった。胸がドキドキして、切なくなるような、恋がしたかった。

お堅いパパとママは、お前の結婚相手は自分たちが見繕う、だから恋愛なんて必要ない、なんて、過保護なことを言うけど、そんなの夢がない。絶対嫌だ。

あたしはいつか、この家を出る。この堅苦しい家を出て、自由になって。そして自由に恋愛して、自分の好きな人と結婚するんだ。

それがあたしの夢だった。

だからあたしは、必死でパパとママを説き伏せた。大学に入る時には一人暮らしをしたい。どうにかして、この堅苦しい家を出たかった。

でないと、出会いも夢もなんにもない、なんにも面白くない大学生活になってしまう。

やれ門限は何時だ、男と淫らな付き合いをしてないだろうな。そんなことを毎日のように聞かれる大学生活を想像して、あたしはゾッと身を震わせた。そんなの絶対嫌だ。

だから必死だった。ふたりの渋い顔にも挫けずに、あたしは毎晩のようにふたりの説得を続けた。

かくして、あたしの説得は成功した。

パパとママと同じ、教育の道に進むこと。そんな条件付きではあったものの、あたしは家を出ることを許されたのだ。

やった!これでこんな堅苦しい家ともおサラバだ。あたしはめちゃくちゃ喜んだ。自分の部屋に戻って、ふかふかのベッドの上でめちゃくちゃに暴れるくらいには、喜んだ。

これであたしは自由だ。自由に恋愛して、好きな人を見つける。パパとママに口煩くなにかを言われることもない。合コンに参加したって、デートをしたって、怒られることはない。

これ以上の幸せは、ないと思った。

あたしはそうして、念願だった自由を手に入れて―そして、大学生になった。


そんな自由を片手に始まった大学生活は、そりゃあもう、楽しくて楽しくて仕方がなかった。

バイトをしたり、サークル活動に参加したり、そして、合コンにも参加したりして。

それぞれに、色々な出会いがあった。新しい親友もできて、男友達だってできて、そして、好きな人もできた。

好きな人を想う日々は、想像通り、楽しくてドキドキして仕方なかった。

相手の一挙一動にドギマギして、自分が自分じゃなくなるような心地がする。昔読んだ少女漫画のように、甘酸っぱくてドキドキする恋をしている事が信じられなくて、だけど楽しかった。

友人に呆れられながらも、好きな人へのアプローチを考えて、デートを重ねて、そして、ついに、


「……す、好きです。付き合ってください!」


あたしは、好きな人に告白した。

そりゃあもう、緊張した。口から心臓が飛び出そう、そんな言葉は誇張表現じゃなかったんだ、そう思ってしまうくらいに、緊張した。

目の前のこの人に、心臓の音が聞こえてしまうんじゃないかってくらい、緊張した。


「いいよ。僕も、君のことが好きなんだ」


だから、その言葉を聞いた時、想いが通じあった時、あたしは思わず涙ぐんでしまったものだ。目の前のひとは、仕方ないなぁって表情で、あたしの涙を拭ってくれた。そんな仕草にもキュンとしてしまって、ああ、付き合うってこういう事なのかな、うまく回らない頭の中で、そんなことを思った。

彼と別れたあと、あたしは嬉しさのあまり友人に電話をした。無料通話の明るい呼出音が、あたしのテンションを更に上げていく。

『……さくら、どうしたん?告白は?』

ローテンションな、いつも通りの友人の声に、あたしは大きな声で返事をした。

「聞いてよゆり!無事!付き合えることになったんだよ!!」

『へえ、そりゃよかったなぁ』

「ほんっとよかったぁ……ゆりのアドバイスのおかげだよ。ありがとう!!」

『別に……ボクはなんもしてへんよ。ちょっとアドバイスとかしただけやん』

照れ隠しのような友人の声に、少しずつ鼓動が落ち着いてくるような気がした。それでも一度上がったテンションはなかなか戻らなくて、またまた大きな声でしゃべり続けてしまう。

「でも、そのアドバイスが効いたってことじゃん!あたし、本っ当にゆりには感謝してるの!」

『ふーん、そう。それならその感謝の言葉、有難く受け取っとくわ……で?用はそれだけ?ボク、ゼミの課題片付けるのに忙しいんやけど?』

どこか迷惑そうに聞こえる友人の声に、あたしは我に返った。いけない。相手の都合を考えずにペラペラと話し倒してしまうのは、あたしの悪い癖だ。

「あっ、ごめんね忙しかったんだ。じゃあ切るね!それじゃあまた!バイバイ!」

『ハイハイ……ま、良かったやん。おめでとう』

そんな声を最後に、電話は切られた。

あたしは胸元に、熱を持ったスマホをキュッと握りしめる。

ウキウキとした足取りで、あたしは家へと帰る道を歩く。

幸せだ。幸せだ、幸せだ!叫び出したいくらいに、胸がしあわせで満ちていた。


友人から「旅行に行かない?」と、突然メッセージが送られてきたのは、その、2日後のことだった。

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