第3話 射的大会!
丘の上で戦車は停止した。魔力動力車両特有の臭いがあたりに立ち込める。
メイはようやく担当方向以外にも目を向けた。
一緒に行動していた10両はいた戦車が乗っているものを含めて4両しかいない。
班員たちは既に降車して気が付くとメイが最後になっていた。
「タント何をしている!こっちだ!急げ!」
戦車の前でスコップを持ったルーラが手招きする。
振動と緊張の疲労でよろめきながら、そちらに向かう。
戦車の乗員も降りてくるのが見える。やはりスコップを手に持っている。
隣の戦車の前でもやはり同じ光景が繰り広げられていた。中尉の階級章を付けた小隊長も参加している。
同じようにスコップを取り出しながらメイは考える。
えっと、なにをするんだっけ…。
第81旅団の迎撃作戦は、108戦闘団などの一部の機動打撃部隊により前線を突破、浸透し、敵師団司令部を殲滅。以後、混乱した敵部隊を各個撃破するというものであった。
敵のこちらが攻撃するのだ、という意識を利用した奇襲というわけだった。
うまく行けば、こちらの損害は最低限で済むな。もしかしたら本当にそのまま侵攻できるかも。
リッツォーはそこまで考えて苦笑した。討つ前の竜肝で家を建てるというやつだ。
(どちらにせよ)リッツォーは、現実に意識を向けた。
帝国軍の防御陣地。こいつらがいると俺の部隊は連絡線が維持できない。燃料も弾も補給できない。
俺の戦闘団ならばたいした損害もなく陥落させられるだろう。そこは間違いない。
敵の増援が横合いから殴りつけてこなければ、だが。
それがわかっているからその阻止に戦車一個中隊に猟兵を乗せて派遣した。
本当はもう少し…せめて戦車中隊をもう1個割いてやりたかったが、これ以上手持ちの戦力を少なくすれば損害が大きくなりかねない(元々戦車は5個中隊しかいないのだ)。
(くそ…まず一つ目の綱渡りだ)
演技の太々しい笑みを努力して浮かべながら、リッツォーは内心うまく行くことを祈るしかなかった。
皇国軍に限らず野戦服には若干の加護が付与されている。防弾、防刃、防火そして筋力増加である。メイたちは、重機がないにしてはわずかな時間で戦車壕を作り上げ、偽装を行った。
戦闘団本隊の横を突こうとする敵増援を伏撃するためである。
道路がカーブを描く内側の丘に中隊長車を含んだ第一小隊4両、外側に第二、第三小隊それぞれ3両が潜んでいる。後続していた
メイはルーラの隣に伏せるように指示された。ルーラは
身を潜めて数十分。車両……戦車と装甲車が視界に現れた。全部で10両程度。
撃たないのですか?と小声で隣のルーラに聞くと、前衛だ。こいつの後ろに本命がいる。動くなよ。と返された。
それを見送ってさらに数十分後、本命が現れた。先ほどの倍以上……戦車だけで。
(いくらがこっちが不意を突くとは言ったって……)
勝てるの?と不安を抱えながらメイは見守るしかない。
そして敵の戦闘がカーブを抜けようとしたところで、近くから轟音が響いた。メイの身体が揺さぶられるほどだった。
中隊長車が砲撃したのだ。攻撃開始である。
中隊長車の砲撃は、数秒とかからず先頭を進んでいた戦車に命中。対衝撃魔法が施された装甲を易々と貫通した。砲塔内に飛び込んだ砲弾内部に収められた爆炎魔法術式が起動。爆発が生じた。
それを合図に他の車両、兵が発砲を開始する。
戦車は最も脅威度の高い敵戦車……特に先頭と後方集団に射撃を集中させた。すべて逃がさないつもりなのだった。
猟兵は手にした銃を輸送車に向け、引き金を引く。
輸送車の中の兵が次々と撃ち抜かれ、あるいは長銃弾の引き起こす爆炎に焼かれていく。
逃れようと荷台から飛び出した者もすぐ射殺されていく。その光景は衣服に施された加護など何の意味もないようにメイに思わせた(真実だった。野戦服の加護は行軍時の負傷を減らすことがその目的だった。それ以外は気休めでしかない)。
敵はまったく混乱しているようだった。砲撃を逃れようとして他の車両にぶつかるものもいる。丘の向こうから迫撃砲が砲撃を開始するとそれはさらに加速した。
漸くこちらの戦車を見つけたのだろう。敵戦車が発砲。メイから見て左後方にいた第一小隊の三番車に命中した。
砲弾は、魔法と装甲の壁に弾かれ、空中に跳ね上げられた。爆発。
猟兵は射撃をやり過ごすとさらに射撃をつづけた。メイも必死に連射長銃に弾帯を流し込む。何発か撃ち返されても意に介さずに。何かに憑かれたように。
気が付くと戦闘は終了していた。眼下の道路上には、車両の残骸と死体が散らばっている。その光景を眺めながらメイは思ったより呆気なかったな。こっち全然やられてないし……。
首を振る。
とにかく今日はこれで終わり。早く帰りたい。
そう思った時に背中をバシバシ叩かれた。
振り返るとルーラ伍長が顔いっぱいに笑顔を浮かべている。
「初陣にしてはよくやった!トチって弾つまらせる奴がいるんだ。そこのシエラなんだけど」
ルーラは伍長やめてくださいよ!というシエラ上等兵の抗議を受け流すと
「次もこの調子で頼む。あまり考えすぎるなよ?初陣もまだ終わっていないんだ」
と最後に背中をもう一度叩いて壕から出てきた戦車に向かった。
その背を慌てて追いかけながら褒められた嬉しさを噛み締める。
それはそれとして
まだ終わってないって言った…?
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