第2話 戦車でピクニック!

 右につま先を向けた長靴のような形をした陸地、リローケ大陸には覇権を争う三つの国家が存在する。

 南西部(踵に相当する部分)にアリーイタ皇国。

 南東部(つま先にあたる)の半島にシリギア王国。

 北部(脛の部分だ)にルケート帝国。

 他にも小国家はいくつか存在したが、どれも大した影響力を持ち得なかった。


 その中でもアリーイタ皇国は、豊富な魔力資源(大抵は魔石だ)を背景に経済力を急成長させた。近い将来、二国が対抗できない勢力へとなる。大陸に住む誰もがそう思いかけた時だった。

 皇歴1821年3月、シリギア王国、ルケート帝国が同盟を締結。同時にアリーイタ皇国へと宣戦布告。

 二方向から侵攻を開始した。このままでは永遠に皇国の下につきかねない。それならばいっそ、という判断であった。後代から見れば血迷ったとしか思えない。


 本来、例え二国相手であっても皇国は対等以上に戦えるだけの軍事力、経済力、そして人口があった。

 だが、初動で致命的なミスを犯した。

 内線作戦で各個撃破すべきところを、ルケート帝国側に張り出した形で存在した同盟国(事実上の属国)、プーケ連邦の防衛に戦力を費やしたのだった。

 確かに山岳地帯を挟んだ帝国への橋頭保という意味では戦略上重要な拠点ではあった(そのために属国にしていた)。

 だが、シリギア迎撃にも戦力を裂かれた結果、山岳地帯を越えた先への細々とした逐次投入という最悪の状況を招くこととなった。

 明確な戦略目標を持たねば、有力な戦力を持っていても意味がない、その歴史的な実例であった。


 だがそれでも決定的な敗北は免れた。結果、戦争は三者とも決め手に欠けたまま、5年にもわたって悪戯に人命と資源の濫費が行われ、遂には総力戦そのものと化していた。





 皇歴1826年4月5日

 アリーイタ皇国軍 プーケ絶対防衛線

 第81旅団司令部


 司令部の置かれた公民館のホールに、大隊級以上の部隊指揮官たちが集った。

 定例の指揮官会合である。

 だが、その空気は重かった。

 帝国軍の攻勢が間近に迫っていることが、偵察をはじめとした情報網から知らされていたからだ。

 敵は最低でも2個師団。こちらは1個旅団とどうかき集めても連隊を充足できないプーケ軍の残骸のみ。単純な兵力差は3倍近くあった。


(これは、いけないな)

 108戦闘団の団長、リッツォー大佐はホールの天井を眺めながら思った。

 数人の例外を除けば

(どいつもこいつも、どう降伏したら上等な独房に入れてもらえるか考えてやがる)

 その筆頭に旅団長がいるんだからたまらん、と口に含んだ茶の苦みを舌で転がしながら思う。プーケは良質な茶葉の生産で有名……だった。

 覚悟を決めたリッツォーは挙手して発言の許可を求めた。

 旅団参謀長からの許可を得ると

「こちらの強みを生かすべきだと思います」

 そう、目に力を込めながら言った。

「具体的には?」

 旅団長のヒース少将は額を揉みながら質問した。

「我が方は敵に対して兵力では劣っていますが、機動戦力……即ち戦車と竜兵においては例外です。頭数では負けているでしょうが、」

「性能と練度では勝っている。むろん竜も」

 独立602竜兵大隊長、ドレッセル少佐の自信に満ちた声が響いた。

 コイツのように振舞えたら人生は随分違うのだろうなと思いながら、リッツォーはドレッセルに頷いた。そしてどこか戸惑っている旅団長に視線を向け、口を開いた。


「つまり、今こそ攻勢に転ずる機会が来たということであります。」






 皇歴1826年4月8日


 メイは平野を走る戦車に必死にしがみつきながら己が不幸を呪っていた。

(よりにもよってデサントなんて!)

 彼女の前世の知識におけるタンクデサントは、『歩兵を増加装甲としながら敵陣に突っ込む。当然歩兵はバタバタ死ぬ。でも兵隊は畑から採れるんだから問題ない。トラックがない貧乏はやぁねぇ。社会主義革命万歳!』といったものだったからその嘆きは相当なものだった。


「トルタ二等兵。貴様なにをしている!」

 メイと一緒に戦車にしがみついている四人のうちの一人、ルーラ伍長の女性らしい甲高い怒声が響いた。

 メイはこの振動の中で噛まないなんて器用だな……と場違いに思いながら

「はい!申し訳ありません伍長殿!」

 と叫び返していた。なぜ怒られたかはわかっていない。

「ただしがみつくだけのやつがあるか!警戒しろ!我々が戦車を助けるんだ!いいな!?」

 ルーラの言葉に、他の班員を見る。確かにそれぞれが担当を振られた方向に目を走らせている。

 作戦前のブリーフィングで教えられたことだった。

 戦車は視界が悪いから私たちが目の役をしてやる。代わりに連中は私たちを戦場に運ぶ。持ちつ持たれつだ。いいな?

 385猟兵中隊はほとんどが女性で構成されていたから、新入りは妹のようにかわいがられるのが通例だった。

「はい!伍長殿!」

 そう叫び返しながらメイは担当していた左後方へと集中する。

 目を左右に走らせながら考える。


 もし、見逃したらどうなるんだろう。

 そこから弾が飛んでくるんだよね。そしたらどうなる?



 そうだ。見逃したら私が一番はじめに死ぬんだ。

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