リハビリ・ショート ―YES―
あたし、元海奏の初恋は終わった。
双子の兄・元海智とは血が繋がっていない。
でも、それを智は知らない。
他人は勿論知らない。
もともと不毛な恋だとは分かってた。
でもあたしが元海家に「拾われた」時からずっと、あたしは智が好きだった。
ずっと。
いつものように校門の前で智を待っていたら、智は女の子を連れてきた。
奏に紹介したくて。
市橋美希・・・名前は前から知っていた。
女の子には冷たいほうだって言われてる智が唯一笑顔を向ける女の子だという、智のクラスメイト。
あたしですらお目にかかれない、智の笑顔を知ってる子・・・
俺の彼女。
ねえ、いつから?
市橋美希は少しだけ、彼氏の双子の妹であるあたしを恐れているみたいだった。
もしかして、誰にも言ってないあたしの気持ちが、同じく智を想ってる市橋美希には分かっちゃうのかな。
いつもあたしは智を独り占めしたかった。
智にはあたしだけを見てほしかった。
もしかしたらそんな気持ちが、市橋美希だけじゃなくてみんなに透けて見えているのかも。
だとしたら、あたしの気持ちに気付いてくれていないのは智だけ。
いつでも、智だけ。
智からの告白に、あたしは呆然として動けなくなった。
何て言えばいい?
おめでとう、よかったね?
あたしが今更そんなこと言える?
今でも智を好きな気持ちは変わらない。
でもあたしは、智のためにも彼女のためにも、智を諦めなくちゃいけないんだ・・・なぁ。
目元がじわっと熱くなって、鼻先がつんとする。ここじゃ泣けない。あたしのなけなしのプライドが、他人に涙を見せることを拒んでる。
智に本当の兄妹じゃないって言ってみたくもなったけど、それは智を余計に混乱させるだけだ。
それが怖くて、普段は冷たくて穏やかな智がどうなるか分からなくて、みんなビクビクしながら本当のことを隠してるんだから。
言いたいことは沢山あるけど、これ以上智から遠ざかりたくはない。
あたしには、智の選択を認めることしかできない・・・
うん、そう。
ちょっと俯きがちになっちゃったけど、やっとあたしは智に言葉を掛けてあげられた。顔を上げたら泣きそうなのが分かってしまう。
智にも市橋美希にも、気付かれたくない。
気付かれたくない。
よかったね、おめでと。
あたしの中で、熱い膜に覆われてた気持ちが、さらさらと何処かに行きそうになる。
いっそ二度と戻ってこなければいい。
何処までも飛んでいって。
分かってると思うけど、これからは俺、市橋と帰るから。
当たり前でしょそんなこと。あんたの彼女差し置いてあたしが一緒に帰れるかってのっ。
じゃあ・・・そういうことで。
デートでもして帰りなよ。お母さんにはもし遅くなっても適当に理由作って言っとく。じゃあばいばい、智。
バイバイ。智。
そんなやり取りをして二人の背中を見送ってから、あたしは走った。
早く家に帰りたくて。
見慣れた部屋の扉を開けると、一気に気が緩んできた。
帰ってきた。あたしの部屋に。
それが何よりも救いになってたなんて。
床に倒れこんで、溜め込んでいた涙を一気に吐き出した。
終わった。あたしの初恋。
終わった。一つきりだと思ってた恋が。
声をあげて、何に気兼ねすることもなく、あたしはとにかく泣いた。
きっとまだ智は帰ってこない。
いっそ帰ってこなければいい。
このまま彼女と、何処かへ行っちゃえ。
あたしの周りでは、こんな言葉が流行ってる。
失恋した女の子が髪を切る行為を、リハビリ・ショートと呼ぶらしい。
ずっと、あたしだけは絶対にしないと思ってた。
でも今は、それがすぐ目の前であたしがするのを待ってるのが分かる。
智が小さい頃に好きだって言ってくれた長い髪を。
市橋美希とは正反対な長い髪を。
涙でぼやける視界の中でも、あたしのハサミを持つ手は鈍らなかった。
なかなかの腕前だとは思うけど、あとで美容院に行って整えてもらおう。
思ってたよりももう少しで、気持ちの整理がつきそうな気がする。
少し休んで、新しい恋を探しに行くんだ。
きっともっと良い相手を探しに行くんだろうけど、きっとあなたより素敵な人はいないだろうね。
とりあえずバイバイ、
智。
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