フライ

サカイヒヨリはただただ他の生徒を避けつつ走っていた。

(・・・しつこ~いっ!)

そしてタチバナマヒルに追われていた。

周りの生徒には、はっきり言ってとても引かれている。

どたどたとした廊下を踏む音が、とにかく煩い。

「こらぁ~坂井姫依っ!今日こそはおとなしく課題出してもらうからなぁっ!」

「あんた恥ずかしいと思わないの!?どれだけ執念深いのよ~ぅ」

「うっさい!それもこれもお前が課題出せばいい話なんだから!」

「何よぉたかが数学の課題一つで!」

「たかがじゃない!三角形の定理をなめるなぁ~!」

そう、数学の課題一つで、二人はとにかくおかしな追いかけっこをしている。

その前の日は英語の課題、そのまた前の日は進路希望調査・・・その前の日・・・は・・・

・・・えーつまり、これが二人の日常なのである。

「だいたい人の名前はフルネームで呼ぶし、課題なんて期限あと一週間もあるじゃない!真面目くさった顔して足早いし!言ってることカタすぎだし!!」

「何か余計なものまで混ざってるみたいだけど強ち外れてはいない!」

「認めてんじゃないよ~!」

何だかんだ言いつつも成り立つ会話、噛み合っていないようでまさに腐れ縁。

だがそれは階段に差し掛かると強引に終了する。

「あっこらっ!その先は階段―」

「じゃぁ~ん、ぷっ!」

何がそうさせるのか、いつでも彼は分からずじまいだ。

十二段もある階段を、彼女はいとも簡単にひとっ飛びしてみせる。

その後ろ姿を見つめる彼の目には、

瞬間、はっとするほど鮮やかな光が宿るのだ。

だんっ、と短いが大きな音を立てて、サカイヒヨリは無事踊り場に着地した。

彼女は背後からの罵声を覚悟しているがそれが全くないので訝しみ、ちらりと振り返る。

そしてそこには、彼女に見惚れる少々お堅い男が一人、いるだけ。

彼はもう、そこから動けない。



「うん。我ながら上手いと思わない?破天荒な翔ぶ少女と堅い学級委員の少年が繰り広げる、愛と青春の追いかけっこ物語は」

「壱花・・・なんか橘描写がある意味厳しくない?やけに生々しいよ?」

さてさてこちらは舞台変わって同校某教室。

タチバナマヒルと同じく学級委員のムラセイチカは、友人たちと共にもうじきサカイヒヨリをまんまと逃がして戻ってくる彼を待っていた。

まったくきっと、いつもの如く。

「これは橘が意識してるはずなのに鈍感なんだか、姫依がまったく気付かないで鈍感なんだか・・・」

「でもさぁ、姫依も何だかんだ言って橘に好かれてんの、気付いてんじゃない?橘のアレ、他の人から見たらただの好きなコ追い掛けたい口実じゃないの」

「あ~ムリムリ。橘のアレはそういう良い面だけじゃなくて、心底嫌がらせって悪い意見もあるからさ」

「・・・やっぱキツくない壱花?橘にさあ」

「別に?あたしは誰に対してもこうでしょう?それに、姫依が課題出してくれないで困ってるのはあいつだけじゃないのよ?」

「・・・そっちですか。さすが学級委員様々」

「あたしが姫依を追い掛けたいところだけど、橘が諦めてくれないかぎりきっと無理だし」

そしてムラセイチカは、少しだけ微笑む。

「橘、きっと明日もこんな感じよ。あれは地の底まで惚れた女を追い掛けるって目だから。

まあ、問題になる前になにかに気付いてくれたらいいんだけどね。

主に、橘が」

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