夏の残り香

どうして毎晩、こうもこうも。

呆れるニコの目の前で、花火を振り回してはしゃぐ幼なじみのケイタが満面の笑みを浮かべている。

肌寒くなってきた九月の始まりは、まるで雪の降る冬の世界へ人間達をスムーズに運べるよう、

ゆっくりと夏の世界の暑さを地球から逃がす時期みたいだ。

なんて、不思議なことを考えてしまうのは、脳天気なケイタが傍にいるからだろうか。

月明かりで輝く海を背にして、消えかける夏の灯を慈しむ、夏生まれの無邪気なケイタが。



「景多ぁ~、もうそろそろ帰ろうよ。

さすがにあたしが付き添ってても、おばさんこれ以上遅いと家に入れてくれなくなるよ?」

「いいよ、その時はまた仁瑚の家にお世話になるから!」

「・・・それ、何度目の台詞だと思ってんのよ」

少なくとも五回目ぐらいだとニコは思う。去年はもっと多かったような気がした。

もともと小学校時代から近所のよしみで仲が良かったりそうでもなかったりを繰り返していた二人だったが、

去年の中学進学を境に見えない何かが確実に変わっていた。

疎遠になったというよりむしろ逆で、夏のケイタが花火を片手にイカれてしまった。

淡白な性分やスタンスがが心地よく、色恋沙汰には無縁でも嫌いではなれなかったケイタは、突然底抜けに明るくなった。

頭のネジが何本外れたのだろうかと周りの人間が心配するぐらいだった。

そこで花火という未知数の武器(?)を手に入れたケイタは、夜遊びの回数が自然に増えた。

単に花火と触れ合うだけの、綺麗な夜遊び。



の、付き添い兼保護者に任命されたニコはたまったもんじゃない。

いや普通、同級生に見守りを頼むの?しかも異性だよ?いくら近所だからってどうなの?

なんてもっともらしい抗議をしたものの、何故かお互いの両親からあっさり許可が出た。

ねえあっさり認められすぎじゃない?どうなってるの?には明確な回答を得られず。

どこかがもやもやしながらも、純粋に花火にはしゃぐ男子中学生を見つめているだけのミッションなので今日もこうして付いてきている。

ケイタの母親からたまに付き添いのお礼にスイーツをいただけることもあるからとか、けしてやましい理由からではない。



綺麗なことには変わりないが、今日もいつもと同じ種類の花火。全部ケイタが準備しているものだ。

最初のうちはケイタと一緒に手持ち花火片手にはしゃいでいたニコも、何度目かには遠くから眺める立場に回っていた。

それでもうんざりするぐらい見慣れているはずなのに、いつも楽しそうなケイタを自然に目で追ってしまうのはなんでだろう。



「ねぇ~。そろそろ阿佐谷ラプソディが始まるんだけど」

「えーっ!ってニコ毎週そのドラマ観てるんだっけ。

じゃあ、今回はこれにてお開きだな。早く帰ろうぜ、その阿佐谷ナントカが始まる前に」

「切り替え早すぎない!?」

いつもこうなのだ。

ニコが毎週楽しみにしているドラマやバラエティ番組の放送時間が近づいていることを話すと、ニコの目の前で輝いていたケイタの「一つネジが外れたテンション」は急速に引っ込んでいく。

えーっと言いながらも手早く後片付けを済ませて、ニコを家まで送ってくれるのだ。夜道は危険だニコでも変な奴に狙われると、少々余計な一言を添えて。

無理に引き留めることもなく、逆に早く帰れと急かす。

もう少し遊んでいたいんじゃないの?

もっとここにいたいんじゃないの?

ニコのケイタへの違和感は増えていた。



「ねえ」

いつも聞こうと思い聞けずにいたことを、聞いてみたいと思った。

聞いてしまえば、これまで通りの付き合いは出来ないかもしれないと、心のどこかで感じてはいたけれども。

「景多はどうしてここに来るの?花火をしに、あたしを誘って」

ケイタからは一瞬の沈黙が返ってきた。すっかり片付けを済ませた余りの手持ち花火を一つ取り出して、火を点ける。

その花火の炎は真っ赤に染まっていた。

「なんでって・・・そりゃ」

いくら花火でごまかそうとしても、ニコには分かってしまった。

ケイタの頬が一瞬で赤く染まっていくのを。

ケイタがバカみたいに明るくなったのは、こんな表情を紛らわすためなのかなと、ニコは思った。

今まで見たことがない顔をまた一つ知った気がした。

ずっといつもこの顔を見てきたはずなのに、これは見たことがなくて、ニコまでむずがゆくなってきた。

ただケイタはどうにかなってしまったのではないかと思っていた。

あたしはずっと、勘違いしてたのかな。

「仁瑚と一緒にいたいからだよ」

この鈍感。と、少しだけ怒られて、少しだけ呆れられているようだった。

ニコも今は、ケイタと同じ花火の光を手にしたいと思った。

きっとケイタと同じような状態になっているだろうから。

◇夏の残り香

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