メッセージ
君のために集め続けた。
「ん~・・・どうしても渡さなきゃいけない?これ」
地面に這いつくばりながら、セツマは精一杯の微笑みを顔中に張りつけて語る。
本当は惨めったらしく泣きたかった。
「当たり前よ。これを貴方が集めていたからこそ今まであたしはあんたの相手をしてきたの。
今までご苦労さま、雪真くん。ゆっくり休んでくれて構わないわ。
そして目覚めたらあたしのことを静かに恨みなさい・・・」
逮捕に抵抗した犯人からの攻撃へ正当防衛で応じた。
ほとんどシオロが圧勝していたがそういう筋書きだ。きっとセツマの罪はいくつか増えるだろう。
シオロの腕が大きく上がった。
「以上」
勢い良く振り動かしたシオロの腕はセツマの身体を下から持ち上げ、そのまま壁に叩きつけていた。
きっと骨は折れていないだろう。自分の中から嫌な音がしたけれど。心の軋む音が。
「う、潮露、君の・・・」
最後まで言い終わらないうちに、セツマの意識は暗闇の底へと堕ちていった。
君のために集めていたんだ。
セツマが言いたかったであろう言葉を思い浮かべていると、倒れた彼の瞳から何かが溢れていった。
もうきっと確かめることは出来ないけれど、ぽつりと何か声も聴こえた気がした。
集めなければよかった。
これは自分の心の声か?
集めてくれなければよかった。
気絶したセツマをじっと見つめながら、シオロはもう一度心の中で呟く。
誰も聞いていないというのに。
集めてくれなければよかった。
ここにいない誰かのために、そして私のために。
クスノキセツマの手首に、シオロは携帯していた手錠を掛けた。
彼は筋金入りの泥棒だった。
でも筋金入りの泥棒なのに人が良すぎた。
盗んでいたものはみんな本当の持ち主が捜し求めている絵画ばかりだった。
泥棒のくせに自分のために何かを盗んだことがない、おかしな泥棒だった。
それでも泥棒は泥棒だった。
「雪真ぁっ・・・」
セツマに聞かれたくなかった言葉を心の中で呟こうと思っても、それは出来そうになかった。
目を閉じるセツマを見て、シオロは初めてセツマに会ったときのことを思い出していた。
自慢のコレクションなんだ。
そう言ってセツマは絵画に囲まれた部屋をシオロに見せて微笑んでいた。
シオロが何者であるか、既に知っていたのだろう。
だからセツマは一枚コレクションが増えるたびにシオロを部屋に招いて、追い求める絵画が着々と集まっていることを確認させていたのだ。
傷だらけになりながら笑っていたこともあった。
虚しさを紛らわせるために浮かべる上辺だけの切ない微笑みを。
今にも泣きだしそうな微笑みを。
抱き締めて涙に代えさせたかった微笑みを。
そんなことは出来ないと分かっていたけれど。
セツマの涙を拭いながら、シオロは唇を噛み締めて泣いた。
セツマのコレクションはこれからシオロが責任を持って持ち主へ託しに行く。
そしてセツマはシオロが責任を持って牢獄に放り込む。
セツマのコレクションは完全なものとなったから。
「雪真・・・絵なんて集めてくれなきゃよかった。
一緒くたにして渡してくれなきゃよかった。
だいたい雪真が盗んでくれなきゃよかったんだよ。
あたし雪真が全部盗んだこと知ってるから、手錠をかけることしか出来ない。
もう雪真の傍にはいられないんだよ。いられない、いられない・・・」
ミマサキシオロは警官だ。
泥棒は捕まえなくてはならない。
来なければいいとずっと願っていたその時はやってきた。
セツマを運び出す、いや連行する前に、シオロはもう少しだけ泣いた。
もう二度と訪れることはないだろう、セツマと過ごした日々を振り返った。
好きだ。好きだったんだ。
自分のためには盗まない泥棒に、この心も盗んでほしかった。
いっそもう、盗まれていたことにしておいたほうがいいのだろうか。
明日からどんな感情が湧き上がっていけるのか、
彩りを失い始めていく世界の中で想像ができなかった。
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