名残
つんとした、埃っぽい匂いがステージを、この空間を覆っているような気がした。
「あの~、リーダー」
「ん?」
真崎が閏の声に振り返る。こんな野暮ったい男がここら一帯で有名なバンドのリーダーだなんていつまで経っても信じられそうにない。
じきに慣れていかなきゃいけないんだろうけれど。
「永遠インディーズ宣言」をささやかに掲げるバンド“マージン”、
新メンバーの時波閏は、練習場兼ライブ会場をバンドリーダーに案内されていた。
外から見るととてもレトロな喫茶店のように見える、何か日常の中で擬態しているような空間。
音楽を奏でる空気をひた隠しにしているような、それでも、室内に足を踏み入れたら音楽を吸収したくてたまらないような。
埃っぽくてどこか懐かしい、不思議な空間の中を。
「ここ、気配がします」
「・・・何の?」
あまりに唐突な言葉に、真崎は困惑気味に続きを促す。
が、その言葉の続きを聞いた真崎の表情が動いたのも確かだった。
それから何年経っても、真崎はけして認めようとはしないのだが。
「今までこのステージの上で歌ってきた人たちの」
真崎の息を呑む気配を感じたが、あえて気付かないふりをして閏は言葉を続けた。
沢山の時を詰め込んできた空間をぼんやりと見つめながら。
ここには何も無いようで、同じくらいたくさんの気配がある。
時間が閉じ込められているような閉塞感が、それだけ物言わず歴史を語ってくれている。
その気配を、閏は物言わず受け取れている。
「ステージの上には、何も残っていないようで、そこに居た人の面影・・・
名残、のようなものが残っているものです。キラキラしてますよ。
輝いていたんですね 、歴代のメンバーたちは」
真崎からは何の反応もない。閏もあえて返答を求めなかった。
何年も、何十年も熱気と輝きを詰め込んできた舞台に、また新しい風が吹こうとしていた。
そこに在った者たちの名残を連れて。
真崎は閏がかろうじて聞き取れるくらいの声でぽつりと呟いた。
「親父さんにそっくりだ」
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