惑星の定義

「夏野~・・・」

『ニュース・ジャンクション』をじっと見入っていたスウは、隣家の幼なじみ・ヒロヤにどうしても伝えなければと決意を固め、閉めきっていたカーテンをどかして窓を開けた。

ヒロヤの部屋の位置はスウの部屋の向かいで、カーテンガードをしていなければ窓からお互いの部屋が丸見えというちょっと危険な配置である。

物心つき始めた頃スウにヒロヤも窓にカーテンを付けたが、どちらかが一声掛ければ抵抗なく窓を開けるので、いっそカーテンで遮らなくてもいいのではないかと思う。

どっちにしろ、窓越しに会話しようとすれば部屋の様子は丸見えだし。

いつもは返事を返してくれるヒロヤからは今回何も反応がない。窓も開かない。

カーテンは閉めきられていて部屋の中の様子は分からない。

窓の手前にある小さなベランダに置かれた望遠鏡が、虚しく夜の闇に溶け込んでいた。

散々人に結果がどうなるか見届けてくれとか言っといて、結果聞きたくなくて寝ちゃった?少し苛立ちながらそう考えたスウだったが、今はそのほうがいいなぁとも思う。

積極的に話しに行けるような良い結果は出なかったのだから。

「夏野さ~ん。起きてますか~寝てますか~・・・」

「・・・」

・・・・・・。




「おばさんお邪魔します」

「あら透空ちゃんいつもバカ息子のためにありがとう」

「いえいえもうすっかり慣れましたから」

ヒロヤ母といつもの会話を少しげんなり疲れ気味に交わしつつ、スウは軽く身支度を整えて夏野家を訪ねた。

「夕ご飯食べてからずっと部屋に閉じこもってるわ。透空ちゃんよろしくね」

「ほお・・・まかせなさいっ」

そのまま勝手知ったる二階のヒロヤの部屋へ直行し、勢い良く扉を開けた。

部屋の中は電気が点けられていなかった。暗いなかでもチカチカする光が踊っていてスウを突き刺す。

光の先にはテレビがあった。

そしてヒロヤが、途中でスウが結果を見届けて見るのをやめた『ニュース・ジャンクション』をぼんやりと見ていた。

ヒロヤは自分で結果を見届けたのだろうと、すぐにスウは悟った。

冥王星が惑星の定義から外される瞬間を。



「夏野ぉ。あんた自分で結果、見たの?あれだけあたしに見ろ見ろ頼んだくせにっ」

いつもはもっと強気にヒロヤの天体バカさ加減を詰れるのに、今回は出来そうになかった。

心の底から呆然としていているようで、そこにはスウさえも入っていけそうにない。

そんなヒロヤの姿が無性にスウを苛立たせた。しんみりしているヒロヤに慰めの言葉を、とはすんなりいけない。

なんだかヒロヤの定義から自分が外されてしまったみたいで、腹が立つ。

よく分からない理屈だけど、大宇宙に自分が負けているみたいで、腹が立ってきた。

スウは言葉が溢れるままに任せてまくしたてた。

「なにさっ!冥王星は惑星から外されるだけで、完全に消えるわけじゃないんだよ!?見ようと思えば見れるじゃない!あんたの望遠鏡から冥王星見ればいいじゃん。あれはただのお飾りじゃないんでしょ」

「見えないんだあれじゃあ」

スウの激しい言葉を遮って、ヒロヤが静かな声で切り出した。

「俺の望遠鏡は性能が良くない。冥王星を見られるぐらい良くなんかない。

テレビ見たんだろ?あれでも他の星に紛れて本当に小さかったのに。

一般の望遠鏡じゃ冥王星を見ることすら難しいんだ。そんなことは分かってる。

でも俺が悲しいのはな、惑星って言われて親しまれてきて、すっげぇ遠くても覚えてもらえてた冥王星が、惑星じゃなくなったらどんどんみんなに忘れられていくのかもしれないってことだ。

これからは見ようと思って見てくれる科学者だとか、星が好きな奴じゃなきゃ、冥王星を覚えていられなくなるのかもしれない。

いつか冥王星はフツーの人間から忘れられていくのかも・・・」

そう決まったわけでもないのに、ヒロヤは自分の言葉に鼻をすすって、嗚咽を堪えていた。

さっきまでの苛立ちが、すっと消えていくのを感じる。

苛立ちを通り越して呆れてしまいそうだった。

そのためにあたしがいるんじゃない、と。

何のために見届けてくれって頼まれて、ハイ分かりましたって言ったと思ってるんだ。ヒロヤほど星が好きなわけじゃないのに。

ヒロヤに散々星を語られて、うんざりしてるくらいなのに。

あたししかあんたの相手をしてあげられないからでしょう?

あんたが見ているものをあたしも知って、覚えていたいと思ってるからでしょう?

言いたいことは沢山あったが全部飲み込んで、スウは後ろからヒロヤの震える肩に手を回した。

ヒロヤには変なプライドがある。自分以外に星を語ろう者がいれば、自分こそ一番知ってるとばかりに対抗すること。

それに、幼なじみを名前で呼ばせてくれないこと。

「バカだなぁ広弥は」

「名前で呼ぶなっ」

とりあえず訴えは黙殺して、スウはいとおしい気持ちにさえさせてくれる天体バカにゆっくりと語り掛けた。

(あんたが笑いながら星の話してくれないと、調子狂うんだよ・・・)

「あんたが教えてあげればいいじゃない。

知らない人がいるなら、頭に叩き込ませるぐらいの勢いでね。

それにあたしもたぶんあんたから見れば星に詳しくもないフツーの人間だけどさ、あんたに散々星の話されてきたんだよ?

そう簡単に冥王星忘れられないっての!まだまだフツーの人間だって忘れない。

今まで普通にあったんだからさ。教科書にだって当分名前は載るでしょうよ。それぐらい考えなさいよね、天体おバカさん?」

いつもは天体バカと言われればムキになるヒロヤも、今日は何も言わなかった。スウの言葉に肩の震えを止めることは出来たらしい。

「透空」

さっきよりは落ち着いてきた声で、ヒロヤはめったに言わない言葉を発した。

星が絡むと素直と言うか、何と言うか。

「ありがとう」

じゃじゃ馬だけど元気出るな、お前といると。

小さく囁かれた聞き捨てならない「誉め言葉」も、スウは聞き逃さなかった。


・・・なんですって?

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