ヤングエイジ
「パパぁ。あたしが生まれる前って、パパとママは何をしてたの?」
「・・・ん?」
アイはくりくりと輝く瞳でソウジを見つめ、彼からの答えを待っていた。
正直なんて答えればいいのか分からなかったので、ソウジは上手くアイを傷つけないような言い回しはないかと考え、昔から小さな子供に贈るに相応しい決まり文句があることを思い出した。
「コウノトリさんに、パパとママの所に逢を運んでくれるようにお祈りしてたん」
「ちがぁ~う!」
(・・・へっ?)
お祈りしてたんだ、と言おうとした時にいきなりアイが物凄い剣幕で睨んできたので、さすがにソウジは面食らってしまった。
「あいのことはどーでもいいのっ!パパとママがどんなことお話したり、どんなとこに遊びに行ったかが聞きたいのっ」
(なんだそういう意味か)
そうだよなぁまだアイにはそんなこと早・・・って何考えてるんだ五歳児相手にと自問自答しながら、アイの疑問に答えようと、ソウジはアイの生まれる前に思いを馳せた。
そこにはいつも満面の笑みを浮かべたユイがいた。
「パパはね、唯さん・・・ママのほうがパパよりも早く生まれてたから、パパはママに“さん”を付けて呼んでたんだよ・・・ママに出会って、初めて心の底から人を愛することが出来たんだ。初めてだったんだよ。いつもどんなに疎ましく思っても傍で笑っていてくれた。変わり者だった僕を、受け入れてくれたんだ。そのうち、唯さんとなら結婚したいと思うようになった」
「うとま?けっこ?パパぁ~、パパのお話むずかしくて、ぜんぜん分かんないよぉう」
上着の袖を引っ張るアイに気付かず、ソウジは更に話を続ける。
まだ、若かった頃の話を。
「あ。逢にとっては“唯さん”っていうと分かりづらいか・・・パパはね、ママと結婚したくて、沢山ママのパパやママのママとお話をしたんだ」
「ん~っ?ねっねっ、ママのパパとママのママは、あいのおじいちゃんとおばあちゃん?」
やっと話題についてこれたアイがぱぁっと瞳を輝かせながら更に強く袖を引っ張ってきたが、ソウジはすっかり過去に浸ってしまっていたせいで、ぼんやりとしか認識していなかった。話は更に続いた。
「うん、そうだよ逢・・・お祖父ちゃんとお祖母ちゃんにパパは沢山お話をしたんだけれどね、お祖父ちゃんにはどうしても結婚は許してもらえなかったんだ。許さないっていうのは、『しちゃいけない』ってことだよ?逢。でもママとしか結婚したくなかったパパは、何度も何度もお祖父ちゃんの所に行って、結婚させてほしいってお願いしたんだ」
ソウジはアイが、輝かせていた瞳をさっと曇らせ、俯いてしまったことにも気が付かないまま、さらに話し続けた。
「でもね、このお話にはまだ続きがあるんだよ、逢。逢がパパとママの許へコウノトリさんに運ばれてやってきたころ、パパはお祖父ちゃんに、」
そこで来客を告げるベルが鳴った。
ソウジは話を強引に打ち切り、慌てて立ち上がった。
「あっ!そういえば今日は、お義父さんとお義母さんが逢の顔を見に来るって言ってたっけ・・・逢、多分ママのお祖父ちゃんとお祖母ちゃんだよ。今日遊びに来るって言ってたから。パパお迎えに行くから、ちょっと待っててね」
そしてアイの返事も聞かずに、ソウジは玄関へと向かった。
「パパとママ、けっこ・・・」
話の途中から俯き、黙りこくっていたアイは、父親が言い残していった「おじいちゃんとおばあちゃん」という言葉に反応して、ぽつりぽつりと呟いていた。
「おじいちゃん・・・しちゃめ、って・・・」
声は徐々に擦れていき、うるうるとアイの視界は涙の幕でぼやけていった。
「逢~っ。おじいちゃんとおばあちゃんだよ~」
穏やかな笑顔を浮かべながら居間に戻ったソウジは、ここでやっとアイの様子がおかしいことに気が付いた。
アイはソウジのほうに体を向けて、ただただ俯いていた。拳を小刻みに震わせながら握っているのに気付き、訝しんだところで
「逢~!久しぶりだなぁ、お祖父ちゃんだよ~」
ソウジに続き、ソウジの義父母でありアイの祖父母が居間へとやってきた。特に義父は居間にぽつんと佇むアイの姿を見るや否や、逸る喜びの気持ちを押さえつつアイに声をかけていた。
そしてその声を聞くなりアイはキッと顔を上げた。
「・・・えっ?」
顔を上げたアイを見た瞬間、三人は三者三様に驚き凍りついた。
(なっ・・・なんっ)
特にソウジはさっき話をしている時まで元気がよかったアイを知っているせいで、混乱は大きかった。
アイの頬は真っ赤になっていて、目の周りはもっと赤く染まっていた。
そして既に溢れだした涙で一杯だった。
「おじいちゃんのぉっ・・・」
震える声を押し出したアイはそこまで言っただけで更に感情が昂ぶってきたらしく、アイの激しい感情の波が三人を呑み込もうとしているのをソウジは感じた。
(やばっ・・・)
これから勃発するであろうアイの癇癪は来客の二人にとって強烈すぎるだろうと対策を練ろうとしたソウジだが、時既に遅し。
もっとも、名指しされきょとんとしてしまった義父をよそに、義母は何かを思い至ったのか冷静に見守っているように見えたが。
「おじいちゃんのばかぁぁぁぁぁぁっ!!」
その声は濁流のように響き渡った。
「うわぁぁぁん!わぁぁぁん!」
ソウジがアイの爆発に思考停止を余儀なくされたのは一瞬だけで、 後ろで今にも灰のように散っていきそうな義父へのフォローに入らなければならなかった。
「逢っ!なんでお祖父ちゃんがばっ・・・バカなんだよ?泣いてるだけじゃ分からないよ?言ってごらん?アイ?」
アイを抱き抱えて背中をさすりながら声をかけるが、泣き声が更に耳元でわんわん響くだけだった。
「おじいちゃんがパパとママのけっこめーしたぁぁっ!わぁぁぁん!!」
「・・・相似君・・・」
「は、はいっ?」
アイの泣き声に混じった義父のかぼそい声に、ソウジは嫌な予感を感じて振り返った。
大方予想通りであったが、やはりソウジは全身から血の気が引いていくようなものを見てしまった。
義父の瞳も潤んでいた。
それからはごちゃごちゃとした多重奏になっていった。
「結婚の話は唯が逢を身籠ったというから承諾しただろう?あの時は私も一人娘がいなくなるのが寂しくて強がってただけだったんだ。相似君を悪い男だと思っていたわけじゃないんだ。だけど血は争えないのかな?小さい頃の唯にそっくりな逢が、今もあの頃の私を責めるんだな・・・」
「わーっお義父さん違います違いますってば!逢が自分が生まれる前の話が聞きたいっていうから結婚の話をしてて、僕が最後の『でもおじいちゃんがその後結婚してもいいって言ってくれてパパとママは結婚してアイが生まれて幸せに暮らしています』って言いきれなかったから」
「まあ事実は事実ですからね。実際、今も唯はまだ貴方を恨んでいると思いますよ」
「母さん・・・母さんまでそんなっ・・・」
「お義母さん!!なんでそんなことを言いだすんですかっ!?お義父さんそんなことないですから!大丈夫ですからねっ!ねぇっ!!」
「わぁぁぁん!ばかぁぁぁぁっ」
「ん~~~」
一階の喧騒のお陰で目を覚ました。
「・・・下の皆さんは何を騒いでんのかしらねぇ」
二階のユイだけが、半ばふわふわとした心地で、目覚めては穏やかにまた惰眠を貪ろうとしていた。
なんとなく自分の両親の声もところどころ聞こえてきている気はするが、アイが泣いててソウジが何かを被せて叫んでいることしかよく分からない。
ってあれ、今日はあの二人マゴの顔見に来る日だっけ。そうだっけ。そうか。
考えがまとまらない中で、眠気がギリギリ勝っていたユイは、
なぜソウジがアイを泣かせていたのかを目覚めたら問い詰めようなんて心に決めて、もう一度目を閉じることにした。
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