第3話

 3人は森を抜け、街で物資を補充し、草原を越え、また森に入り…。これを何度か繰り返していた。世界が一望できる景勝地として名高いパラデの丘は3人が出会った場所から思いの外遠かったのである。


 だが、そのおかげで少年と少女の距離は日に日に縮まっていた。少年の根っからの人の良さと屈託のない笑顔は、次第に少女の不安を取り除き、怯えたような表情もすっかり見せなくなっていた。イリオスは少女の変化に驚きつつも、いつも暖かな眼差しを少女に送っていた。


 何回目かの森で3人が昼食のスープを囲んでいる時だった。少女は今しがた気が付いたように少年に尋ねた。


「キミ、家族は?」


 少年は動揺した。以前、女と少女に2人の関係性を聞いた際に、女は聞こえているにも関わらず無視をし、少女はその様子を見て右に倣えで口をつぐんだので、それ以上聞かなかったのだ。想像するに少女の方が何やら身分の高い人で女はその従者といったところか。周りへの警戒ぶりを見ても素性を隠して旅をしなければならないのだろう。そういうわけで、少年は彼女たちとある一定の距離感を保つようにしていたので、まさか自分の身の上話を聞かれるとは思っていなかったのだ。しかし、少年は、ごく普通のありきたりな少年で、特に隠すようなことも無かったので、正直に話した。


「父さんと母さんと8つ離れた妹がいる」


 少女はどうして今まで気がつかなかったんだろうとでも言いたげに眉尻を少し下げて申し訳なさそうにした。


「家族は心配してないかな。こんなに長旅になるなんて思ってなくて…」


 少女には土地勘が無かったので、その感想もごもっともだったが、少年には最初から分かっていたことなので、なんてことはなかった。


「最初の街で家族に手紙を送ったから大丈夫だよ。それにイリオスが前金をくれたからそれも送ってやった。助かったよ」


 これを聞き、少女は少し安心したらしかった。それから少女は少年の家族についていろいろ聞きたがったので、少年はスープが冷めるのも気にせず話してやった。父は昔、街一番の剣士だったこと。その父から剣の扱いを習ったこと。母は料理上手で、いつも笑顔で明るいこと。父がモンスター討伐に失敗し、利き腕を失くした時も涙を堪えて気丈に振る舞っていたこと。それからは父の代わりに自分が狩りをしたり、傭兵をしたりして家族を養っていること。そういえば、少女は少し自分の妹に似ていること…。


 それまで、少年の話に穏やかな笑みを見せたり、目を輝かせたり、青ざめたり、目まぐるしく表情を変化させていた少女は、何やら不満そうにぷくっと頬を膨らませた。


「妹さんって8つ下なのよね? まだお子ちゃまじゃない。それって私がお子ちゃまだって言いたいの?」


「そういうところが似てるんだよ」


 少年がからかうように笑うと少女は顔を真っ赤にして恨めしそうに少年を睨んだ。しかし、それも長くは続かず、少年の笑い声につられて一緒にくすくす笑い出した。それまで黙って2人の話に耳を傾けていたイリオスは食べ終わった木の器を草できれいに拭きあげながら少女と少年を優しい眼差しで見つめた。


「2人ともそろそろ行きますよ」


「「はーい!」」


 息の合った返事に2人は顔を見合せ、また笑い出しそうになったが、なんとか堪え、急いで残りのスープをかき込んだ。


 ◇◇◇


 それから彼女らは、2度ほど、街、草原、森を繰り返した。その間に少年は、モンスターとの闘いで肋骨を折る怪我をしていた。肋骨に限らず、この旅が始まってからというもの生傷が絶えることはなかった。今や日課となった少年の怪我の手当てをしながら、少女は瞳を潤ませた。


「痛かったでしょう。ごめんなさい…」


 少年は今にも泣きそうな少女の頭に軽く手を載せ、優しく撫でた。


「エピのせいじゃないだろ。なんで謝るんだよ。それにしたって最近はなーんかモンスターが多いし、強いんだよなぁ。オレだってそこそこ強いはずなんだけど」


 そう言って少年は大袈裟に力こぶを作り、にっと笑って見せた。少女を笑わせようと思ってやったのだが、当の彼女はうつむき、少年のおちゃらけを見ていなかった。少年は小さくため息をついて、暮れかかった夕焼け空を見上げ、そして眉をひそめた。


(「また赤くなっている」)


 夕焼けは本来赤いものだが、そんな赤さではない。まるで血のような、見ているものを本能的にぞっとさせる、鮮やかで禍々しい赤。


 世間では、これを世界の終わりの前兆だと騒ぎ人々の不安を煽る宗教団体も出てきている。少年は1つ前に立ち寄った街で、人々の注目を集めていた老人のことを思い出した。白いローブに身を包んだその老人は声高に一席ぶっていた。


 『哀れな民衆たちよ。今や世界は破滅に向かっている。あの赤く染まった空が何よりの証拠である。それもこれもこの世界を創りし主が、信心を忘れた我々にひどく失望されたからなのだ。だが諦めることはない。我が教団に入り、心を入れ替え信心すれば、我らの救いの巫女がその祈りを主様に届けてくださる。さすれば我々は救われるのだ。我が教団はどんな入信希望者も拒みはしない!』


 老人は胸元より金色に輝く美しい鳥の羽を取り出し天高く掲げた。羽を見つめる老人の目には少しの迷いもなかった。街の人々は不気味な色の空を見上げ不安そうな顔をし、次いで光り輝く金色の羽へと視線を移した。しばらくすると1人の女が救いを求めるように老人の元へ駆け寄った。そこからはもう早かった。街の人々は次から次に老人の足元にひれ伏したのである。


 少年はその話を全く信じていなかった。女と少女も興味など無さそうに老人から目を背けた。が、少年には気になることがあった。空の赤さが増すにつれ、辺りをうろつくモンスターが増えているような気がするのだ。そうなると、世界の終わりというのもあながち間違いではないのでは

 と思えてくる。いったいこの世界はどうなってしまうのだろうか。


 少年の思案は、今日の寝床を見つけてきたというイリオスの声で中断された。そして、その露営先で奇襲を受けることになろうとは、この時は知る由もなかった。

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