第2話
「道案内を頼めないか? 謝礼は弾む」
「どこまで? 場所によるかな」
少年は剣についた粘りけのある緑色の血をピッと振り払いながら女の依頼に答えた。2人の間には、つい先ほど共闘して倒したフタマタオロチが、両断されたその身を自らの血の海に横たえている。燃えるような赤髪ショートヘアの女は自身の剣を鞘に納め、彼女の後ろにぴったりくっつく少女を優しく振り返った。
「エピヴァティス様、どこまで行きましょうか?」
促された少女は、赤髪の女の後ろに隠れたまま、ななめがけされた小さなポシェットから四つ折りの紙を取り出し、一点をか細い指で指し示した。
「ここ…」
少年は事切れたオロチを踏み越え、女と少女に近づいていった。少女が女の服を握り後ずさる。女は少女の背中に手を回し、大丈夫ですよと宥めていた。少年は少女が怯えた様子なのを見てとり、少し離れたところで立ち止まった。
「それ地図なんだろ? こちらに見せてくれるかな?」
少女はしばらく迷う素振りを見せたが、少年の穏やかな物言いにようやく女の後ろから姿を現し、地図を見せながら先ほどと同じ場所を指差した。少年はじっと目を凝らし、破顔した。
「あぁ、パラデの丘に行きたいのか。オレもそっちに行こうと思っていたから、いいよ。道案内する。1度行ったこともあるし」
少女は、少年の『行ったことがある』という言葉に反応し、おずおずと尋ねた。
「…綺麗だった…?」
少女が話しかけてくれたことに気をよくした少年は少し大袈裟な位にうなずいた。
「うん、とっても! あれは絶対見た方が良いよ。キミも感動すると思う!」
少年の、熱のこもった、それでいて真摯な眼差しに、少女は思わず目を見張り、頬を赤らめた。赤髪の女が前に進み出て少年に手を差し出した。
「私はイリオス。宜しく頼む」
少年はその手を固く握り返した。
「宜しく、イリオス。そして、エピヴ…エピヴァ…」
「エピでいい」
少女は少年を探るような上目遣いで見つめ、小さく返事をした。少年は人好きのする笑顔を見せた。少女はまた少し頬を染めた。
「宜しく、エピ!」
こうして3人の行きずりの旅は始まった。
少年は1つ嘘をついていた。少年の本来の行き先はパラデの丘とは真逆の方向だった。だが彼は常日頃「強く優しい人間であれ」と謹厳実直な両親に育てられてきたので、彼女たちを放って森で別れることが出来なかったのだ。女の方は手練れだが、少女に戦闘能力はない。それはフタマタオロチに襲われている2人を、森で偶然見つけたときに一目瞭然であった。身なりからしてこのあたりの人間では無く、土地勘も無さそうだ。これでは女がいくら剛の者とはいえ、1人で2人分の身を守るのは至難の業であろう。それに、最近はなぜだかモンスターの出没も多い…。
少年は彼女たちのためを思って嘘をついた。これは優しい嘘だ。優しい嘘はいい嘘だ。少年はそう思っている。だけど、本当にそうだろうか。少年がその答えを知る日は果たして来るのだろうか。
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