北風と太陽と

イツミキトテカ

第1話

 その夜は新月だった。光といえば細長い窓から漏れてくる微かな星明かりのみ。その微かな光に照らされ、白さを浮きたたせた大理石の大きな柱の影に、少女と女が息を殺して身を潜めていた。少女の方はまだあどけなさの残る顔つきで、年の頃なら15、6だろうか。腰まで伸びた艶やかなブロンドが、少女の乱れた呼吸に合わせてはらりと肩から落ちた。少女より10ばかり年上に見える女が震える少女の肩を優しく抱き寄せた。


「エピヴァティス様、大丈夫ですよ」


「ありがとう、イリオス。本当にありがとう」


 少女は一瞬瞳を潤ませたが、泣くまいときつく目を閉じ、女に身を寄せた。イリオスと呼ばれた女は微笑を浮かべて少女を見やった。

 その時だった。それまで暗く静まりかえっていたこの空間に突如赫赫と燃える松明の明かりが灯り、こつこつと乾いた靴音が2人に向かって近づいてきた。イリオスは少女の口を塞いでさらに身を潜め、視線で少女に静かにと指示した。


 イリオスは柱の影から目だけを覗かせ様子を伺っていた。少女の口を塞いだ手から少女の恐怖が漏れ伝わってくる。松明の持ち主は部屋の中央までやって来ると、ぐるりと灯りを巡らせただけで満足し、幸いにもそのまま踵を返して去っていった。


 イリオスは力を抜き、少女のか細い手を取った。


「見張りは当分来ません。今のうちに行きましょう」


「うん」


 女と少女は神殿を飛び出し、星明かりの下、森の中を走り続けた。その日は吐く息が白くなるほど寒い日だったが、少女の心は希望で満たされ、頬は上気していた。



 残された神殿の脇に、鋭い目をした銀髪の男が1人立っていた。男は女と少女が走って行った鬱蒼たる森を遠目にぽつりと呟いた。


「どちらが勝つか楽しみだな」

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