第85話 進撃開始

 作戦は思いついた。マリアンネ様の五番目の月フィフス・ルナとリリア&陛下の魔力による防御があれば可能だ。可能というかこれしか有効な攻撃は考え付かないというべきなのだろうけれど。


 作戦を少しでも成功しやすくする為、周囲の魔物叩きに全力を投入する。曲射ハンマーの砲弾が少なくなってきたので徘徊型ドローンバイラクタルで。

 ただ曲射ハンマーと比べると魔力消費が大きい。でもリリア達が来てくれると思うと、不味いポーションを連続で飲みながらでも頑張ろうという気になれる。


 リリア達が近づいてきた。もう500腕1km程度だ。そろそろ私もここを出る準備をしよう。そう思った時だった。


『アン、聞こえるか』

 殿下の伝達魔法だ。かなり近づいている。


『聞こえますわ』

『これからアンの周囲にいる魔物を五番目の月フィフス・ルナで一掃する。先程のより5割増しの強さで仕掛けるそうだが、アンの方は防御大丈夫か』


 なるほど、最初の五番目の月フィフス・ルナはこっちを多少気遣った弱装バージョンだったか。流石だな、マリアンネ様。これなら作戦は成功しそうだ。

『大丈夫ですわ。お願いいたします』

『了解だ』


 私はポーションを一気飲みして魔力消費に備える。

 空に異形の星が出現した。暗くて見えにくいが不定形の巨大な岩だ。夜空に黒い影を落としているそれらの岩は合計4つ。

 次の瞬間、それらが赤く輝きだす。急速に大きく、いや近づいてくる。私は常時展開自動防御魔法パーツィバルに全魔力を回す。


 囂々たる異音。激しい衝撃と巨大な地震のごとく揺れ動く台地。これは私の魔力で常時展開自動防御魔法パーツィバルをかけてもかなりきつい。元枢機卿の弱い方の攻撃より凶悪だ。なるほどこれが本来の五番目の月フィフス・ルナなのだろう。


 私の周囲の魔物は壊滅した。私を囲む土壁も平らに均されてしまった。防護魔法がかかっていない部分はもう完全に荒れ地状態だ。もう見事というより他はない。

 強烈な砂埃の中、私の走査能力はリリア達の姿を捉える。よし、合流だ。私は身体強化をかけて走り出した。


『ありがとうございます。合流させていただきますわ』

『今までの借りを返しに参りましたわ。それでこれからどうなさいますかしら』

 これはマリアンネ様だ。


 もちろん皆いる。リリアも、ナージャも、リュネットも、ナタリアも、アニー様も、おまけで殿下も。


 さっきまで殿下とリリアしか伝達魔法を使わなかった理由も合流してすぐわかった。2人とリュネット以外の皆さんは周囲の魔物を攻撃する事に集中していたからだ。リュネットは魔力の減った者がすぐ回復できるよう、常に呪文を準備している状態。


 結果的に防御魔法に徹しているリリアとリリアへの魔力供給に徹している殿下以外は会話する余裕が無かったという訳だ。よくもこんなに無理してまでと思うと涙が出てきそうだ。でもまだ皆の前で泣くわけにはいかない。元枢機卿が残っている。


『申し訳ありません。もう少しだけ皆さんの力に甘えさせていただいてよろしいでしょうか。敵のボスを倒しに行かなければなりませんので』


 五番目の月フィフス・ルナの影響で強烈な砂埃が舞っている。だから私は伝達魔法で皆に御願いする。


『勿論ですわ。その為に参りましたのですから』

 マリアンネ様の伝達魔法に全員が頷いた気配。ならばだ。


『それではこのまま北西にある最も大きい反応を目指しますわ。その反応こそがこの事案を引き起こした元凶、元正教会の枢機卿で現在は魔性アルコーンに変化した化物です』


 呼び出した魔物まで消えるかはわからない。でも元枢機卿の台詞からして奴がこの事態の原因であることは間違いない。だから奴を潰す事が解決への筋道だ。


『わかりましたわ。こちらですね』

 リリアが指で差し示す。


『わかったにゃ』

『了解です』

 周りを囲んで防御している戦闘型猫精霊6体と福音の精霊エウアンゲリオン2体がそちらを向き走り始めた。

 私達も走り出す。


魔性アルコーンが直接見える位置までお願いします。そこで私がケリをつけさせていただきますわ』


『その魔性アルコーンとはどんな敵なんだ』

 殿下が尋ねる。


『教会枢機卿の元首座が神の制裁を恐れて変化したものです。大型の魔熊くらいの大きさで、魔法抵抗力が冗談みたいに高いのが特徴ですわ。ですので通常の攻撃魔法はまず効きません』


 殿下とリリア以外はそれぞれ攻撃や補助で忙しいく会話する余裕が無い。何せ諸悪の根源である元枢機卿、魔性アルコーンの方に向かっているのだ。周囲の魔物密度はどんどん上昇していく。

 それでも皆、相手について知りたいだろう。だから私も全員に対して伝達魔法で説明する。


『そうか。アンにはコボルトジェネラルを倒したあの魔法があったな』

 殿下は気付いたようだ。おそらくマリアンネ様とアニー様以外の全員が今の伝達魔法で何をするか理解しただろう。ただし殿下の台詞は正確ではない。だから軽く訂正させてもらう。


『今回の敵はあの時とは比べ物にならない程強力です。ですからあれより数段上、私最強の魔法をお見せいたしますわ』


『それは楽しみですわ』

 マリアンネ様からそれだけ伝達魔法が入る。それ以上は話す余裕はなさそうだ。でも実際、マリアンネ様の土属性範囲攻撃魔法は見事というほかない。進路上の敵を岩だの石だの降らして強引に排除していく。


 マリアンネ様の魔法で出来た空間を戦闘型猫精霊と福音の精霊エウアンゲリオンが確保し、その間を私達が駆け抜けていく。隙間が空いてもアニー様の熱線魔法が敵を輪の中へ侵入させない。更にリュネットが全員の魔力と体力を監視し、足りなくなり次第回復させている。


 これって今とりうる最強の組み合わせではないだろうか。そう思いながら私は走る。待っていろ元枢機卿の魔性アルコーン。私達の力で倒してくれよう。


 気配は着実に近づいてきている。向こうもこっちも互いに向かっているのだから当然だ。そしてやっと魔性アルコーン300腕600mの距離内に入った。そろそろいいだろう。


『マリアンネ様、五番目の月フィフス・ルナをお願いしますわ。中心はここから北北西300腕600mの巨大魔力源。攻撃半径は中心から半離1kmで。リリアと殿下で防御はお願いしますわ。私もリリアと魔力連結します』

 まずは決戦の舞台づくりからだ。

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