第86話 決戦の時

『アンフィーサ様も連結されるのですか。なら私達の全力を出しても問題ありませんわね』


 マリアンネ様の口角が僅かに上がる。その笑みに私は戦慄した。

 ちょっと待てマリアンネ様、さっきの五番目の月フィフス・ルナ、あれは全力ではなかったのか。なら……


 歪で巨大な暗い影が星空の一部を隠す。影の大きさは一見先程より小さい。だが感じる魔力はそんなものではない。マリアンネ様の魔力、更にアニー様の魔力の全てが注ぎ込まれていく。


 4つの影が赤く光り始めた。落下を始めたのだ。だが先程とは違い光が更に強く輝いた。赤から黄色、そして白、更に青白く。


 なるほど、これこそが正真正銘の五番目の月フィフス・ルナか。同じ色の青白い光が月を含めて5つ、夜空に浮かんでいるように見えるから。


 強烈な衝撃を覚悟しつつ私はリリアに全魔力を送れるよう意識する。リュネットが魔力ポーションらしい瓶の水薬を一気飲みした。ナージャとナタリアが魔法を解除して精霊体を消す。


 圧倒的な光が魔性アルコーンの方向で炸裂。遅れて地面が割れそうなほどの轟音と揺れが襲ってくる。

 光が炸裂した方から衝撃波が走ってくる。周囲の気も岩も魔物も全てを消し飛ばしていく。


 障壁越しでも感じる圧倒的な爆発の密度と熱。私の魔力までリリアの常時展開自動防御魔法パーツィバルに吸い込まれていった。


『中心地でなくともこれほどの威力なのか。これならもしや……』


 殿下の感じた事はわかる。確かにこれはとんでもない威力だ。


 だがマリアンネ様が首を横に振った。

『残念ながら私とアニー全力の最強魔法でも及ばなかったようですわ』

 そしてその声に続く低い笑い声の伝達魔法。


『ハハハハハ、これは面白いものを見せて貰った。これがかつて勇者と名乗る者が使用したと言われる地の超級魔法、五番目の月フィフス・ルナか。確かに強力な魔法だ。だが魔性アルコーンと化した我には効かぬ』


『なんて化物だ』


 私も殿下の意見に全くもって同意だ。私は他人のステータスが読める。だから敵である魔性アルコーンのHPが今の魔法でほとんど減っていない事もわかる。RES魔法抵抗力の冗談みたいな高さは伊達ではないという事か。


『ならこちらからも挨拶させて貰おう。魔留強威マルフォイ!』


 攻撃魔法が襲ってきた。本気の五番目の月フィフス・ルナ程ではないがかなり厳しい。だが今はリュネットがいる。だから失われたMPも即座に回復出来る。


 だがこれでわかった。やはり奴はまだあの最強攻撃呪文を発動出来ない。なら勝算は十分にある。


『それでは攻撃の準備をします。私に少しだけ時間を下さい』

『わかりましたわ。私とアニーもリリア様と魔力連結致します』

『任せてください。全力をかけて防御いたしますわ』


 4人が魔力連結したら私以上に強力な筈だ。


 さて、私も本気を出そう。全長2腕半5m強の最終兵器を自在袋から取り出す。

 いや10式ヒトマルだけではない。ブッシュマスターも魔銃もハンマーも。もう大サービスだ。


 相手は人間より大きいとはいえ、せいぜい超大型の熊程度。しかし弾着観測射撃なんてやったら威力に気づかれて対抗措置を取られてしまうだろう。

 やるなら一撃で決めなければ。私の魔法を全て使って。


『その不格好な筒は巨大な魔法杖か。攻撃魔法は我には効かぬぞ』

 そうなめ腐っているのも今だけだ。


10式ヒトマル装填チャージ、APFSDSその1仕様!』

 とっておきのタングステン製APFSDSの砲弾を込める。


10式ヒトマル、射撃!』

 音速より速い砲弾が風魔法で微調整されながら魔性アルコーンの胸部を襲う。


 結果は一瞬だった。

 

『う、な、何だこれは……』

 胸に大穴が空いている。HPを始め全ての値が急速に減少していくのがわかる。だがまだ奴は生きている。それならだ。


『ブッシュマスター、装填チャージ、APFSDS仕様! ブッシュマスター、強射! ブッシュマスター、装填チャージ、APFSDS仕様! ブッシュマスター、強射! ブッシュマスター、装填チャージ、APFSDS仕様! ブッシュマスター、強射! ブッシュマスター、装填チャージ、APFSDS仕様! ブッシュマスター、強射! ブッシュマスター、装填チャージ、APFSDS仕様! ブッシュマスター、強射!』


 もう最初の防御力は無い。ブッシュマスターでもボコボコ穴が空く。胴を二分され頭を飛ばされて、ついに魔性アルコーンは倒れた。


 だがまだ魔力が微量ながら残っているのを感じる。この状態ですら死んでいない。なら今度は魔銃で……

 そう私が思ったら、リュネットが私を手で制する。


「どうやら精神体としても生きられる生物みたいだね。それなら私の出番だよ。偉大なる神の御名において……別れの言葉ラ・ヨダソウ・スティアーナ!」


 おっと、明らかに残った魔力が消えていく。こんな呪文があったのか。


「この呪文は初めて聞きますわ」

 マリアンネ様も知らない呪文のようだ。


「ターンアンデッド系統の最終呪文だよ。元は選択してはいけない道を選択してしまった者に対する別れの言葉なんだって」


 それは面白い呪文を聞いた。後で解析しようと思ってふと思う。待てよ、それならば、ひょっとして……


「それなら最初からリュネットの魔法であの敵を倒せたかもしれませんね」

 私の台詞にリュネットは首を横に振る。


「この魔法は実体のある存在には効かないんだ。今は相手が肉体を失い精神体になりつつある状態だから効いたんだと思う。

 同じような呪文で終わりの言葉エル・プサイ・コングルゥというのもあるけれどね。こっちは魔法とか概念を終わらせる呪文だけれども」


 何処かで微妙に聞き覚えのあるような呪文なのだが気のせいだろうか。でもとりあえず解析の為に両方ともおぼえておこう。


 さて、それでは帰るとするか。ふと空間の様子を見てみるとかなり状態が戻っていた。時間経過だけでは無く、移動したことも理由かもしれない。これなら遠隔移動魔法ワープで帰ることが出来そうだ。


 正直もうくたくた状態だ。出来るだけ早く、思い切り休みたい。それは私以外の皆さんも同じだろう。


「さあ帰りましょう。魔物も今のでほとんど倒してしまったようですしね。私もかなり疲れましたからとっておきの魔法で一気に帰る事にしますわ」


「その前に魔石をとっておきたいのにゃ。何かの役に立つかもしれないのにゃ」


 おっとナージャ、君はタフだなあと思う。でも確かに魔石は取っておいた方がいい。討伐の証拠にもなる。


「面倒なので猫精霊に取ってきてもらうにゃ」

 ナージャにはその手があった。それにしてもナージャ、戦闘用猫精霊を完全に使いこなしている。しかもほとんど魔力消費無しでだ。


 確かにナージャにとっては強力かつ便利な魔法だ。私が使うとそれなりに魔力を消費するので意味は無いけれど。


 猫精霊は速い。さっと行ってすぐ戻ってきた。手には冗談みたいに大きな深紅の魔石が握られている。私の握りこぶしより更に大きいくらいだ。


「これは殿下に預けるにゃ」

「ああ、確かに預かった」


「それじゃ帰りますわ」

 私は遠隔移動魔法ワープを起動した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る