第65話 悲劇のヒロイン?

 翌日、食堂で皆と朝食。

「何かアン、元気ないのにゃ」

 ナージャにそんな事を言われる。確かにそうかもしれない。


 理由は簡単、楽しい機会を喪失してがっくりしているのだ。なお昨晩、リリアとナージャはたっぷり楽しく夜のプレイをしたそうである。こっそりリリアから伝達魔法で聞いた。ああ悲しい、私の夜の楽しみカムバック!


「申し訳ありません。過ぎた事ですわ。今日は気分を一新します」

「昨日の研究発表は大成功だったと聞いた。国王陛下ちちは理論が難しすぎてついていけなかったようだが」

 殿下やめてくれ。その話題はもう終わった事だ。触れて欲しくないし忘れたい。


「どなたに聞かれたのでしょうか。昨晩遅くまでかかったのですけれど」

「朝、ハドソン卿経由で聞いた。母は昨晩の発表や質疑応答のメモを読み直して内容を復習しているそうだ。『現状から遙かに進んだ理論で正直戸惑っている。だが内容は確かに間違っていないし今後の助けになる。これで手順込み魔法は一気に10年分は進むだろう』。そう言っていた」


 おい待て王妃陛下ガチにならないでくれ。今はもう魔法研究者ではないだろう。もしガチになったならその場合は私の名前を忘れてくれ。というかもう勘弁してくれ。頼むから……


「そんなに凄い研究でしたのね」

「確かにアンは凄いと思っていましたが、そんな方面にまでとは思いませんでした」

 いや違うんだ。ただの前世での受け売りなんだ。そう言って逃げたいが出来ない。おかげで折角の朝食も何か喉を通りにくくなる。

 それでも何とかトーストとベーコンエッグ、サラダ、スープという朝食を嚥下した時だった。


「朝食は終わったな、アンフィーサ君」

 誰の台詞かは見ないでもわかる。襲撃事件以来ほぼ常時発動している私の魔力探知をすり抜け気配も無く出現できる奴は今のところ1名しかいない。疫病神サクラエ教官だ。


「ええ。ですが何でしょうか」

 もう研究発表も質疑応答も終わったのだ。だからそっとしておいてくれ。そうしないとむせる。


「昨日アンフィーサ君が行った『手順込み魔法の将来に予想される危機ととりうる対処方法について』の説明だ。あれを再度聞きたい、聞き逃した、別の者にも聞かせたいという声が事務局に多数寄せられた。だから急遽、本日9時から再実施する事となった」

 おい待ってくれ教官。あれをもう一度やれだと!


 ちなみに『手順込み魔法の将来に予想される危機ととりうる対処方法について』とは昨日の質疑応答の際、つい勢いに任せてやってしまった長い長い御説明だ。


 内容は『記述魔法は便利だけれど今後長く複雑化するよ。複雑化しすぎて管理できなくなったら困るでしょ。呪文を覚える人間の脳みそにも限界があるし。だからこういった方法で極力簡略化してわかりやすくしましょ』というもの。


 なおこれは大学時代情報科学概論で習った『ソフトウェア危機』の内容を一部変更しただけの代物。変更した部分は、『コンピュータは高性能化してより複雑なプログラムを扱うようになる』という部分を『人間の脳みそは限界があるからある程度以上複雑な呪文は処理出来なくなる』に置換し、それに関連する部分を直しただけ。


 もともとソフトウェア危機は『複雑化しすぎて人間が適正な管理を出来なくなる』のが問題なので、この辺の言い換えはそう難しくない。だが昨日の話はその場の勢いに任せて話してしまったものだ。当然原稿なんてものは無い。私自身も内容を正確には覚えていない。だからもう一度話せと言われても……


「実は昨日の話、完全にアドリブなんです。ですからもう一度全く同じ話をするのは無理なのですけれど」

 正直にサクラエ教官に言う。これで無しになるかな、そんな期待を込めて。


「それは心配いらない。昨日話した内容については一字一句正確に記録してある。本日はそれを読みながら適宜アドリブで説明を加えて欲しい」

 なんだと。貴様、そこまで用意周到なのか。有能過ぎて本当に疫病神だ。ああやだこの教官、もう勘弁してくれ……


「それでは済まないがアンフィーサ君を借りていく。だがお昼までには戻すと約束しよう。私も御前試合の運営があるから間違いなく終わらせる。だから心配はしないで欲しい」

「わかりました」

「アン、頑張ってにゃ」

「応援しています」

 ああ……

 私は悲しくサクラエ教官にドナドナされていく。


 ◇◇◇


 講演と追加質疑時間で終わったのはほぼお昼ちょうど。精も根も尽き果て真っ白な灰になった自分に回復魔法をかけ無理やり復活させ、第一演習場へ向かう。

 何故私はこんな苦労をしているのだろう。理由はわかっている。だが失敗した過去はとりもどせない。

 まあいい。今日はもう楽しむだけだ。研究発表関連の事は忘れよう。そう思いながら第一演習場の試合関係者入口を通り、第4控室へ向かう。


「こんにちは」

「お疲れ様なのにゃ」

 すでに中は昼食体制になっている。エンリコ殿下どころかマリアンネ様とアニー様までいる状態だ。


「遅くなって申し訳ありません」

「魔法に関しての講演をそうそうたる方々の前でなさったそうですね。魔法の家庭教師をしていただいているイバラ先生も本日は聞きに行くと伺いました。今後の魔法研究開発の最先端の内容を、それも一介の生徒が発表したと評判ですわ」


 マリアンネ様こいつの耳にまで入っていたのか。もう勘弁してほしい。私、泣きたい。泣かないけれど。

「うちの母も言っていた。昨日聞いたのだが疑問点を解消したいから今日も聞きに行くと」


 王妃陛下は確かに会場にいた。それも最前列のど真ん中にだ。質問までされてしまった。2回もだ。何とか答えることが出来たけれど。

 ああ思い出したくない。今後が怖い。


「取り敢えずお食事に致しましょうか。アンも疲れているようですし、お話は食事を食べながらでも」

 リリアありがとう。とりあえず昼食を食べて気分を変えよう。

 なおメニューは温かい天ぷらそばだった。初日に食べたものとおなじ、蕎麦も天ぷらもたっぷり入った奴だ。せめてもの憂さ晴らしにガンガン食べまくる。

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