第34話 手詰まりの状況

 貴族である以上ある程度は敵がいるのは仕方ない。ナージャも連邦下の国の王女の1人だからそれなりに色々あるだろう。

 しかし現在時、一番危険なのは私だ。それは間違いない。


 理由は勿論エンリコ殿下との関係。私とエンリコ殿下が婚約すれば父であるフルイチ侯爵の派閥がより一層強くなるのは間違いない。他の派閥は容認出来ない事態だ。

 しかも両陛下は非公式ではあるが晩餐会で私を呼んで話をした。その事実はほとんどの貴族が知っている。なら正式な婚約が結ばれる前に消してしまえ。そう考えるのはこの国の大貴族としては当然の発想だ。


 いわゆるチート系異世界転生なら話は簡単だ。だいたいにおいて主人公は最強無敵。だからどんな敵が出てもチート能力で倒してしまえばいい。


 でも私はそんなチート能力は無い。私の実力はあくまで学生としては強い方という程度。他人より有利なのは侯爵令嬢という地位と、この世界をゲームとしてプレイした上で知ったメタ情報、ステータス閲覧が可能なところだけだ。つまり本格的な暗殺者なんかに狙われたら勝ち目は無い。


 このパーティは私だけではない。リリアもリュネットもナージャもナタリアもいる。彼女達に危険が及ぶのは避けたい。ならどうすればいいだろうか。


 正しい手段はリリアの父であるマノハラ伯爵にお願いして、万全の護衛部隊によって王都へ送って貰う事だ。

 だがこれを実行した場合、婚約するまでの間、私は王都で厳重な警備体制の中におかれてしまう事になる。これではこの国から逃げる事は困難になる。


 なら今、ここから国外へと逃げ出すか。今の実力でも冒険者としてそこそこ暮らしていく事は出来るだろう。ただこれを実行した場合、マノハラ伯爵の責任問題が出てきてしまう。それはリリアに申し訳ない。だからこの手段は断固パス。


 そんな訳で今は手詰まりだ。結果的に思考停止してミセン迷宮ダンジョンで魔物を狩ってレベル上げなんてしている。でもこの思考停止も出来て明日まで。迷宮ダンジョンの件がマノハラ伯爵の耳に入ったら間違いなく護衛付きでカーワモトの寮送りとなるだろう。


 ままならない現状の鬱憤晴らしで魔物をオーバーキルしつつ、私は覚悟を決める。仕方ない。今回はマノハラ伯によって護衛付きでカーワモト送りになる事を我慢しよう。リリアの父の責任問題なんて事になって貰っては困る。


 当然脱走は困難になる。でも不可能という事はあるまい。外からの侵入に対しては鉄壁の警戒でも内部からの脱走についてはそこまで厳しくないだろう。ただ当分の間、外出は間違いなく禁止される。私は籠の鳥状態となる訳だ。


 やるせない気持ちというか鬱憤を目の前のアークコボルト達に思い切りよくぶつける。暗黒よ! 闇よ!  負界の混沌より禁断の黒炎を呼び覚ませ! 死黒核爆烈地獄ブラゴザハース

 勿論本当は禁呪文でも何でもない火属性上級魔法の極火球リグ・ファイアボールなのだが、そこは気分という奴だ。


「何かアン、荒れているね」

 リュネットにそんな事を言われる。鬱憤晴らしに気づかれたようだ。まあ先程から過剰オーバーキルな攻撃魔法ばかり使っているから当然だろう。


「ままならない現状の鬱憤を晴らさせていただいているのですわ」

 脱走うんぬんはともかく、仲間なのである程度は正直に答える。


「そうですね。でも仕方ないです」

 ナタリアもわかっているようだ。というか此処にいるのは全員爵位こそ違えど貴族の令嬢方。その辺の状況認識くらいはすぐに出来る。


「カーワモトでも迷宮ダンジョン攻略は当分無理なのかにゃあ」

「下手したら外出自粛だね、きっと」

 確かにナージャとリュネットの言う通りだろう。


「そうですわね。おそらく狙われるのは私のせいですのに。申し訳ありません」

 本当に申し訳ない。そうとしか言いようがない。


「アンが悪い訳ではありませんわ。それにアンに誘っていただかなかったら私達もこうやって迷宮ダンジョン攻略なんて事はしなかったでしょうから」

 リリアがそんな事を言ってくれる。


「そうそう、犯人が全て悪いのにゃ。アンは悪くないにゃ」

 ナージャまで。


「ありがとうございます」

 4月までの私の取り巻きとえらい違いだなと思う。あの辺とは親の派閥と利害関係だけでくっついていたようなものだから。それと比べると今ここにいるのは本当に仲間という感じだ。


「第6階層もそろそろ魔物がいなくなりましたわ。そろそろお昼ですし、一度戻って昼食に致しましょう。本日は冷たいおうどんを作っていただいたそうなので楽しみですわ」


 そう、今回の旅行は短く終わってしまいそうだが成果はある。麺類と丼物だ。あと何気にレベルが3も上がった。クーザニ迷宮ダンジョンよりここの方が大きくて魔獣も強かったおかげである。


 その辺の成果だけでもいいとしよう。それに学校卒業、ゲームエンドまで2年と半年以上あるのだ。国外脱出はそれまでにすればいい。焦ることは無いのだ。


「とりあえず今日は午後も目一杯魔物を倒してレベルを上げられるだけ上げておきましょう。この後は当分迷宮ダンジョン通いも禁止されてしまうでしょうから」


 全く人生ままならないものだ。でもまあ仕方ない。

 そんな訳で最短ルートで転移陣のある場所まで戻り、また会議室を借りてお昼御飯だ。


 ◇◇◇


 昨日の天ぷら蕎麦も美味しかったが今日のお昼である冷やしサラダうどんも美味しかった。やはり自在袋、便利でいい。中に入れれば汁物も大丈夫だし時間経過もない。つまりうどんもゆでたてしめたて。つるつるしこしこ。


 さて午後は第7階層で魔物狩り。理由は第6階層からほぼ大物がいなくなったから。何せ皆さん、殺戮しまくったからだ。鬱憤晴らしをしたのは私だけではない。


「本日中には父のところに連絡が行くでしょう。ですから迷宮ダンジョンも今期は今日が最後でしょうね」


 確かにここから領都ミマタは近いしな。明日には警備が来てもおかしくない。でも午前中散々鬱憤晴らしをしたので少しは私も落ち着いている。


「それは仕方ないですわ。それより今日はお風呂の施設、完成しているでしょうか。その方が楽しみですわ」

 そう気分を切り替えることにしたのだ。


「確かに短かったけれど実りは多かったよね、今回の旅行。レベルも結構上がったし、美味しい物も食べたし」

「確かにそうなのにゃ。後でまたドングリ製品を買っておくのにゃ」

「昨日のハニーナッツも美味しかったですわ」

「実は塩ナッツの方が癖になるのにゃ。後で適当な時間に出すにゃ」

「楽しみですね、それは」


 そう、これで夏の旅行は事実上終わりだと私達は思っていたのだ。

 この後に起こる事を知らないで。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る