第16話 座り心地はいいが居心地は悪い椅子

 イ・ワミ王国では7月第1週は収穫祭。王都カーワモトの街にも露店が並び、パレードが行われ、他にも様々な催し物が行われる。

 だが貴族にとって重要なのはパレードや各種催し物ではない。王宮で開催される大晩餐会だ。国内の男爵以上の領地持ち貴族が王宮に集合する。爵位を持つ当人だけではなく、その家族も当然大集合だ。


 はっきり言って面倒くさい行事だが行かない訳にもいかない。舞踏会は貴族の主戦場。子女は血縁を結ぶための弾薬でもある。当然私も父親に連れられてご挨拶なんて事をさせられる訳だ。


 日頃はクラスメイトとして出会っている連中とも着飾ってご挨拶等させていただく。はっきりいって茶番だと言いたい。こんなのが政治的な重要儀式なんてのがそもそもおかしい。狙い狙われてなんてちゃんちゃら御免だ。


 でも自分1人で怒ってもどうしようもないので、本日は大人しく父に連れ回されてご挨拶巡業をして歩く。さっさと逃げ出してこんな生活終わりにしたい。そう思いながら。


 挨拶合戦が一段落し、私は何とか父と離れる。あとは料理でも食べて逃げ出せばいい。そう思って危険性の少なそうな場所に待避した時だった。

「おや、アンフィーサさんはこのような処でお休み中かな」


 おっと大物だ。

「皇太子殿下、大変ご無沙汰しております。ご挨拶が遅れて申し訳ありません」

 とっさではあるが無礼にならない程度に礼を返す。


「あ、いや、そうかしこまらないで欲しいんだ。実はちょっとお願いがあってね。父上がアンフィーサさんと少しお話がしたいそうなんだ。それでよければちょっとご足労願おうかと思って」


 おい待て何事だ。


「畏まりました。それでは至急父を連れて……」

「いや、父はアンフィーサさん単独で連れてきてくれという事なんだ。それでアンフィーサさんがフルイチ侯爵と離れるのを待って声をかけさせていただいた訳さ。悪いね、色々と」


 どういう事だ。思い当たるのはエンリコ殿下を連れて迷宮ダンジョン探索をしている事くらいしか思いつかない。

 さては殿下を危険にさらしたという事でお怒りなのだろうか。だとしたら今すぐにでも逃げたい。


 だが逃げるという選択肢は残念ながらアクティブになってくれない模様だ。何せ王命だ。しかも今の皇太子殿下との会話は回りにも聞かれているだろう。お偉方はやっぱり注目されるものなのだ。たとえ表立って見ていなくても皇太子殿下の挙動の全てを回りは気にしている。


 なおその辺の事情もあるので逆に暗がりに連れ込まれて……というような心配はしなくていい。もっともこの皇太子殿下はそういう方ではないけれど。


 仕方ない。覚悟を決めよう。最悪の場合でも処刑される事は無いだろう。せいぜい厳重注意という程度だ。それなら神妙そうな顔をしつつ右から左へ受け流せばそれで済む。

 

「わかりました。それでは参りましょう」

「ああ。それではこちらだ。奥の控えの間にいる」


 皇太子殿下に案内され、王族しか入れない控え室へ。なんと国王陛下だけでなく王妃陛下までいらっしゃる。これは間違いなく説教コースだ。仕方ない。耐えろ、私。でもその前にまずはご挨拶から。


「御休息中のところを失礼致しま……」

「あ、いいいい。今は祭の最中でもあるし呼び立てたのはこちらだ。とりあえずそこへかけてくれ」


 陛下達が休まれている応接セットの反対側の椅子を指される。じっくり座ってお説教コースか。

 もう生きた心地がしないが、それでも態度だけは平静を装うのが貴族文化という奴だ。侯爵令嬢たる私もその文化にどっぷり浸っている以上、こういう場合でもそこから外れる訳にはいかない。


「それでは陛下の御前ですが失礼させていただきます」

 座り心地はいいが居心地の悪い席につかせていただく。なお皇太子殿下も私が席についた後、私の横の席に腰掛けた。回りを固められた。もう勘弁して欲しい。泣きたい。泣かないけれど。


「実はな、第二王子のエンリコの事だ」

 やはりその話か。先に謝ろうかちょっと考え、結局そのまま話を聞く体制を続行する事にする。まだ話は続きそうだ。目上の人の話を遮ってはいけない。基本的な礼儀のひとつだ。たとえそれが私を地獄へ誘うお説教であったとしても。


「普段は学校の寮にいるから顔を合わす機会も少ないのだがな。それでもどうも最近雰囲気が変わってきたようだ。以前より明るくなったと感じたがそれだけではない。以前は感じなかった逞しさも何故か感じるように思えた。更には体力と魔力もかなり上昇したような気さえ。


 念の為宮廷魔術師にさりげなくエンリコの魔力と体力を測らせた。やはりかなり成長していた。4月に確認した時と比べても格段の伸びだった。そこでエンリコに直接聞いてみた。何か最近随分と変わったが、何か思い当たる事があるかとな」


 話がここで一度途切れ、間合いがあく。頭を下げるなら今こそチャンスだろう。そう私は判断した。


「申し訳ありません。エンリコ殿下を迷宮ダンジョンへお連れしたのは私です。クーザニ迷宮ダンジョンの浅い階とはいえ、殿下を危険な場所へと誘ったのは間違いありません。これは同行者の誰でもなくひとえに私の責任です」


 私なら叱責で済む程度でも、リュネットだと退学処分等になってしまう虞がある。親の爵位の違いなんてのはそんなものだ。だからここは全て私の責にしておいた方がいい。ナージャは外国からのお客様だからスルーの方向で。


 さて、どんな叱責が来るだろう。罰は叱責で済むか停学か。退学とまではならないとは思うが自信は無い。もっとも最悪の場合は夜逃げするまでだ。

 私は一通り発言した後、陛下の次の言葉を待つ。

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