第17話 間違ったフラグ立てと回収失敗

「そう心配なさる事は無いですわ」

 おっと、王妃陛下から思わぬ言葉が出た。だが覚悟していた言葉とはあまりに違う台詞に私は混乱する。何が起こっている?


「そう、むしろ私達としては感謝しているんだよ。エンリコをあちこち連れ回してくれた事にね。今では昼食も個室ではなく大食堂へ行くそうじゃないか。そのほうが色々な人の話が聞けて楽しいし勉強にもなる。そう言っていたよ」


 皇太子殿下まで。これは一体どういう事なのだ。私はわけがわからない。でもどういう事? なんて質問出来る状況ではないのでとりあえず大人しく、かつ神妙そうに席に座っているだけだ。

 

 そして陛下が口を開く。

「エンリコは我が子の中でも才能はある方だとは思っている。でも今までは線の細さがどうしても気になっていた。

 第二王子という立場上、いずれは外交や、場合によっては戦争の前線に立たなければならない。万が一の事があれば王位を継ぐ可能性すらある。だがこの線の細さで大丈夫だろうか。つい前まではそんな事を感じていた。

 だが今は違う。体力や魔力だけではない。心なしか自分自身に自信さえついてきたようだ。そしてそうなったのは、間違いなくアンフィーサのおかげだろう。ここはエンリコの父としてお礼を言わせて貰おうと思う」


 おっと、そういう方向だったか。でもとりあえず一安心という感じでは無い。私の危険感知レーダーは警報発令中のままだ。先程より更に警戒レベルが上がった気すらする。


「もったいないお言葉ありがとうございます。ですが私達も殿下の力に助けられているのが実情でもあります。殿下は剣も魔法も秀でておりますが故、一緒にいていただけると大変心強い存在です。また殿下が下々にもお言葉をかけてくださるようになり、教室の雰囲気も大分変わってきております」


 私の言っている事は誇張ではなく事実だ。ここでは恐ろしくて言えないが最近の殿下は迷宮ダンジョン内でもナージャ並に暴れ回っていたりする。ナージャと違って絶対的な防御力があるから心配もいらない。


 教室内の雰囲気についても事実だ。以前は貴族が派閥で固まっていて他は冷ややかな関係という空気がある程度あった。でも今は殿下がそういった事を気にしなくなったおかげで一気に雰囲気が変わってきている。リュネットやナージャにも大分居心地がよくなった筈だ。


「実はその辺についても学校側から聞いている。食堂などは最初戸惑いもあったが、今はかなりオープンな雰囲気になってきたと聞いた。教諭陣等も概ね今の雰囲気を歓迎しているようだ」


 まあ陛下に文句をつける事は無いだろうなと思う。だからまあその辺は話半分といったところだ。ガチガチの貴族主義の先生も中にはいる。私がそういう連中にかなり冷ややかな目で見られているのも確かだ。


 それにしても私の危険感知レーダー、鳴り止まない。何か非常に嫌な予感がする。


「ところでアンフィーサさんは婚約はまだでしたよね。フルイチ侯爵からもそんな話は伺っておりませんし」

 王妃陛下が妙な事を言う。


「ええ。何分まだ学生の身ですから」


「その年齢で早いという事はありませんわ。私が陛下と婚約したのは12の時でしたから」

 おい待てどんな話に持ち込もうとしているのだ。警戒レベルがマックス上昇する。


「ええ。でも今のところそういった話もございませんので」

 そう言って努めてさらっと流そうと試みているが空気がよくない。


「実はだな。エンリコとはどうだ、という話なのだ」

 そう来てしまったか。私は作戦の失敗を悟った。

 どうやらゲームと流れを変えまくった結果、とんでもないフラグが立ってしまったらしい。いや父や母としては大歓迎だろうが私は困る。大貴族なんて望まない。私はそれより自由が欲しいのだ。


 いくら徳川光圀公が副将軍だからと言え、実際に役目のある正規の役職ならああも全国を気楽に漫遊したりは出来ないだろう。ましてや第二王子殿下ともなると……。


 現役の王族だから間違いなく外交だの内政だのにこき使われるだろう。そんな暮らしは絶対に嫌だ。私はあくまで越後のちりめん問屋のご隠居でいい。気楽かつ自由でいたい。


 更にここで少し考える。単に婚約だけなら父も同席した方がいい筈だ。今はまだ本人の意思確認程度の状況だろう。それなら何とか切り抜けられる筈だ。何かいい理屈は無いか。私は必死に考える。


 一方で陛下の話は続いている。

「エンリコは知っての通り、見た目はいいがどちらかというと線の細い王子だった。だが今は大分変わってきている。その辺はアンフィーサの方がよく知っているだろう。毎日世話になっているようだからな」


「勿論まだ正規の話というわけではありませんわ。とりあえずアンフィーサがどう思っているか、まずそれを聞いてみたいと思ったのです。折角この晩餐会という機会がありましたからね。ここで一度お会いして」


 うう、やばい。これは両陛下とも完全に乗り気だ。ここで父がいたら一瞬で婚約が決定してしまっていただろう。こういった事に本人達の意向というのはあまり反映されないから。


 仕方ない。多少御不興を買うかもしれないが、ここはこの手で乗り切ろう。

「私と致しましては大変に勿体ないお話だと思います。勿体ない以上に光栄でもあります。ですが今の情勢を考えた場合、恐れながら私はあえて今のお言葉を聞かなかった、そうさせていただこうかと思います」


「ほう、何故かな」

 よしよし怒っていないようだ。なら続けよう。


「現在この大陸は不安定な情勢です。西のスーオはツクシと一触即発という状況にありますし、南のアーキ国はエーヒメとトーショ地域を巡る不和の間柄にあります。東のイズモーは獣人の諸侯国による連邦国家で元来不安定です。

 ですからこちらの意図は別として、大変恐れ多い事ながら、エンリコ殿下の婚約問題についてはぎりぎりまでカードとして温存した方が後々に有利かと思われます。故に私も本来なら聞きたかった筈の言葉をあえて聞かなかった事としたいと存じます」


 うん、我ながら苦しい。でも私自身の意思以外の部分は全部きっと事実だ。さあ正論だけれどこれでいいか陛下! そう言いたいところだが勿論言えない。侯爵令嬢と言えども臣下なので仕方ないところだ。


 おっと、国王陛下が笑みを浮かべたぞ。成功かこれは。

「高等部の生徒とは思えぬ見事な回答だ」


 王妃陛下が頷きつつ口を開く。

「この国の侯爵の娘として最上の返答ですわ。ですが、それだからこそ婚約させたいと思ったのですけれどね。私達の目は間違っていなかったようですわ」


 いや間違いですから訂正して欲しい。謙遜では無く本気でそう思っている。私の脳裏ではそう言っておっさんが必死に頭を下げている。でも勿論そうお願いする事は出来ない。


「ああ。確かにアンフィーサの言う通りだろう。だから正式な話としてはこの話題は無かったことにしよう。だがアンフィーサ自身はおぼえておいて欲しい。我々は貴殿をエンリコの婚約者としてほぼ決定のつもりでとらえていると」


 ここはどんな返事をしても無駄だろう。幸い公式じゃないと言っているのだ。だからここは無言で頭を下げるだけにとどめておく。


 それにしてもこんなフラグが立ってしまうとは思わなかった。これでは悪役令嬢ストレート勝ちルートじゃないか。もうかなり態度を変えたから悪役ではないとは思うけれど。


 これは何とかしなければならない。でも方法が思いつかない。それにあまり私が表立ってエンリコと仲良くすると父が陛下と皇太子殿下抹殺の陰謀を企ててしまう虞もある。ゲームでは実際そうなっていたし。


 私はどうすればよかったのだろう。国王家控え室を辞して廊下を歩きながら、私は必死に考える。でも正解は思い浮かばない……はあ。


 ただ殿下をどうするかは思いついた。リュネットに引き取ってもらおう。それがおそらく一番だ。ゲームでもそうなるのだし、それが一番自然だろう。


 その為に出来るだけ殿下とリュネットを近づけよう。更にリュネットの良さを両陛下にわからせよう。リュネットをアゲる事で自然に私を殿下の相手第一候補から落とそう。


 リュネットも可愛いし殿下にやるのは癪だが背に腹は代えられない。癪だし惜しいのだけれども……

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