第15話 放課後実践訓練中

 私の目標はエンリコ殿下の婚約者になる事ではない。実力をつけてこの国を脱出し、気ままに諸国を漫遊する事である。その準備として学ぶべき事は結構多い。


 そして本日は迷宮ダンジョン第6階層の入口付近で、聖属性魔法の熟達者リュネット先生による治療回復魔法の実践訓練だ。なお当然のようにエンリコ殿下もいるのはもうお約束。

 

「先生なんて言われると恥ずかしいな」

「でもリュネットの聖属性魔法の腕はもう一流ですわ。だから自信を持って解説して下さいね」

「そうだな。治療回復魔法は誰が持っても無駄にならない。だからここでリュネット先生にしっかり教わっておこう」

「もう、殿下まで」


 そんな感じで魔法の講習ははじまる。何故迷宮ダンジョン内でやるか。実際に死にかけに近い状態からどれくらい治療が出来るかを確認出来るからだ。勿論4人の誰かが死にかけという訳では無い。その都度魔物をサンプルに使用させていただく。


「そう言っても既に理論は学校で散々やっているから、私がここで出来るのは実際にやってみせる事だけですけれどね。説明しながらゆっくり何回もやるから魔力の流れをよく見て確認してね」


 学校では実際に治療する場面を見せないからどうしても理論偏重になる。本当は聖神教会の治療院でも行って実地で治療魔法を何度もかけておぼえればいいのだ。だが貴族たる者はそういった下々の行く場所へは行かないそうである。だからこうやって独自に練習する訳だ。


 なお練習台は討伐したゴブリンである。5頭ほど魔法で眠らせ、それぞれ違う程度に怪我をさせた状態にしてある。強力な睡眠魔法だから途中で起きる心配もない。まあそうなっても魔力の気配で気づくから攻撃魔法で倒すまでだけれども。


「それではまず治療魔法から。まずは損傷した部位の観察からはじめるよ。この場合は足の怪我、筋が切れて骨まで見えている。ここで怪我している部位のうち、何処がどのように変化すれば症状が治まるかをまず考えるの。この場合はこの切れた筋、筋肉が元通りつながる事、そしてえぐれた肉が中のこまかい血管ごと他の部位と同じようにくっつくこと。この2点を主にイメージする。皮膚の表面は後で修正出来るから、まずは修正しにくい内部を中心にイメージすること、これが大事」


 リュネット先生、なかなか実践的で宜しい。強いて言えばゴブリンの怪我というなかなかエグいものを教材にしているのが問題かもしれないが、これは仕方ないだろう。人間の怪我でやる訳にもいかないから。


「完全にイメージが出来たら、そのイメージを実際の損傷箇所に重ねる。この重ねた状態で治療魔法を起動するよ。ただ魔法を起動するんじゃなくて修復イメージを強く持つ事が大事。更に言うと修復は回りの元気な部分から肉や血、骨なんかを増やしていって元の形にするという方法だから、どんな順番でどの部分を増やしていくかもここでよくイメージする。

 そこまで出来たらようやく魔力を練って、そして起動と」


 リュネットはあえて魔力を抑えてゆっくりやってくれている。だから怪我の修復も魔力の流れも目で追える程度の早さだ。これはなかなかわかりやすい。なるほど、このようにして肉を増やして治していくのか……。


「ここまで出来たらあとは簡単。皮膚組織は他とほとんど同じ筈だからね。近くの正常な皮膚をよく見て、それを伸ばして覆っていくだけ。これで完成だよ、わかった?」


「うう……確かによくわかったけれど、わかると出来るは違うのにゃ」

 ナージャの言いたい事は大変よくわかる。私も同じ気分だ。


「でも学校で教わったより何倍もわかりやすいな。これなら何回かやれば出来るようになるかもしれない」

 殿下はなかなか前向き。


「勿論今の1回で出来るようになれなんて言わないよ。私だって何度も何度も治療院で練習したしね。でもここは患者さんじゃなくてゴブリンだから失敗しても大丈夫。

 そんな訳でもう1回、今と同じように怪我の治療をやってみるよ」


 見た目はエグいしやっている事もゴブリン側から視れば大変に酷い。でもなかなか効果的だし確かにこれなら出来そうな気がする。


「それでは次はこのゴブリンの左足だね。やる事はさっきと同じだよ。まずは傷口をよく観察して、治った状態をよくイメージすること……」


 2時間かけてゴブリン12頭に犠牲になってもらった結果、私と殿下は骨折を含む外的な損傷の治療はほぼ出来るようになった。ナージャももう少しで出来そうだったのだが残念ながら今日は時間だ。


「それにしてもこの訓練のやり方、効果的だな。僕もまさか1日で出来るようになるとは思わなかった」

 殿下は満足気。


「ううう……もう少しだったにゃ」

「でも明日にはナージャも出来るようになると思うよ。殿下やアンは持っている魔力が大きい分、どうしても魔法を会得しやすいし。

 でも獣人は身体を使う分、怪我も多いって言っていたよね。もしこれでナージャが怪我の治療を出来るようになったら、凄く便利になるよ」

「仕方にゃい、明日また頑張るにゃ」


 元々獣人は身体強化と獣人特有の魔法以外の魔法は不得意とされている。それでもナージャ、もう少しで出来そうだったのだ。怪我の内部の細胞組織を増やすのをコントロールしきれなかっただけで、魔法の要素はほぼ全部わかっている。


「明日はナージャが怪我の治療魔法の復習で、終わったらアンの魔力探知か」

「アンフィーサの魔力探知は強力で便利だよな。あれが出来ればそれこそ不意打ちとかが完全に避けられる」

「気配隠匿なんて魔法もあるから一概にそうとも言い切れないですけれどね。それでも魔物や普通の人程度なら50腕100m程度の範囲でわかるようになる筈ですわ」

 やり方さえおぼえれば3人とも使えるようになるだろう。この辺の練習方法は、まずは全員で手を繋いで魔力を循環させ、その魔力の流れを詳しく感じるところからはじめればいい。

 

 殿下をパーティに入れて1ヶ月はそんな感じでなかなか順調だったのだ。実践的訓練という名目で私の脱出の為の能力を鍛える計画は。殿下という余分な輩がいるが、それでも毎日2人とお風呂に入って楽しめるし。


 女子になって思うのだけれど女性が男性を好きになるの本当に謎だ。女の子の方が可愛いし綺麗だし感触だっていい。厳密に言うと私は男性を抱き抱きした事はないから比較できないかもしれない。それでも私は女の子相手の方がいい。お風呂でスキンシップなんて最高!


 だが私は重大な失敗に気づいていなかった。それに気づいたのはもう少し後、収穫祭の晩餐会が開催された時になる。

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