第7話 はじめての冒険者

 冒険者ギルドのメインの事務所というのは大抵治安が微妙な場所にある。だから貴族の子女3名が放課後に行くには決して適した場所ではない。

 だが何事も調べればそれなりの方法が見つかるものだ。


 冒険者ギルドの場合、あまり治安の微妙すぎる場所にあったら依頼主が行くのに躊躇する。だから一般に冒険者が依頼を受けに行く事務所とは別に、依頼者を受け付ける出張所もある訳だ。それも依頼者が行きやすい街の比較的安全な場所に。

 そして依頼を受ける為用の出張所といっても、依頼受理等以外の事務だって受け付けている。つまり冒険者として依頼を受けにその事務所に行ってもいい訳だ。


 という事で放課後、商業街にある冒険者ギルド出張所へ行き手続き。特に問題なく手続を完了して冒険者証を発行して貰う。勿論最初だから一番下のE級冒険者からスタートだ。

 あとは私の小遣いで情報案内本ガイドブックを2冊購入。ここカーワモトの街近郊についての本とギンザーン迷宮ダンジョンについての本だ。これがあれば効率よくレベル上げが出来るだろう。

 なお受付のお姉さんに聞いたところ、庶民なら私達くらいの女子の冒険者はいるし、そういった女性の冒険者は治安が微妙な事務所ではなくこっちを使う事も多いそうだ。なるほど。貴族暮らしだと知らない情報だ。


「それでは夕食まであと3時間ありますし、クーザニ迷宮ダンジョンの第1階層だけでも見てきましょうか」


「賛成なのにゃ」

 ナージャは絶対そう言うと思った。

「大丈夫かな」

 リュネットの台詞も予想通り。


「冒険者ギルドで購入したこの情報案内本ガイドブックでも、クーザニ迷宮ダンジョンは初心者向きとありますわ。第3階層までなら出る魔物はスライムとケイブフロッグだけ。初心者が注意しなければならないポイズンスネークやファングバット、そしてゴブリンは出てきません。ですから第1階層だけ行って帰るなら心配はいらないと思いますの」

 実はこの申し出にはちょっとした下心がある。でもその辺はまだ内緒だ。


「うん、わかった。でも第1階層だけだよ、本当に」

「私はもっと行ってもいいと思うにゃ」

「今日は時間がありませんから第1階層だけに致しましょう」


 商業区から北へと歩いてクーザニ迷宮ダンジョンへ。

 この迷宮ダンジョンは街の中に作られた半人工迷宮ダンジョンだ。人口が多い分どうしても溜まってしまう魔素マナを処理するとともに、冒険者や兵士の訓練用として作られた。


 でもギンザーンの迷宮ダンジョンのように魔法銀ミスリルを産出したりなんて事は無いから一般冒険者はあまり入らない。専ら駆け出し冒険者か兵士だけだ。そして兵士は専用入口を通って第20階層以降のある程度魔物が強い場所へ転移陣で直接移動するので出くわす事は無い。そういう意味でも安全な迷宮ダンジョンだ。


 入口で受付をしている冒険者ギルドのお姉さんに先ほど出張所で作った冒険者証を提示する。

「今日は第1階層だけをさっと見て戻ってきます」

「わかりました。装備類は大丈夫でしょうか」

「自在袋に入れて持っています。それに今日はあくまで魔法中心に確認するだけの予定です」

「わかりました。お気をつけて」

 割とあっさりと通してくれた。


「革鎧とかは何処で着替える?」

「今日は見るだけ、出てきても魔法で処理するから問題ないですわ」

 あくまで今日は見るだけ程度だ。焦ってはいけない。

「物足りないにゃ」

「本格的にやるのは休養日にしましょう。時間が無いですから」

 そういう事でそのまま転移陣の部屋を素通りし、第1階層へおりる階段の前で一度停止。


「隊列は私が先頭で行きます。これでも魔力感知には自信がありますし、いざという時の為に障壁魔法を展開する事も出来ますから。ただ念のため、索敵は全員でお願いしますね。ナージャは普人より感覚が鋭いですしリュネットは不浄な魔力を感じる筈ですよね。3人で注意して進めば多少の魔物でも問題は無いと思いますわ」


「魔法杖は出しておく?」

「そうですね、一応魔法杖だけは出しておきましょう」

「私はナイフの方が好みだにゃ」

「それではナージャさんはナイフで」

  

 それぞれ自在袋から装備を出して手に取る。ちなみにこの自在袋、ゲームと同様で99種類、それぞれ99個までのアイテムが入れられるという便利な袋だ。通常は学校用の鞄に入れるのだけれども、今回はそれぞれ鞄から取り出してナップザックに入れている。この方が両手が空くので冒険向きだから。


「では行きますわ」

 何気に少し緊張する。私だって冒険らしい冒険をするのははじめてなのだ。魔物が出る場所なんて貴族令嬢が単独で行くことは無い。行く必要があるとしても護衛が大量についてくる。私の場合は家から出ることすらほとんど無かったけれど。

 そして初体験は中のおっさんも同様だ。当たり前だが現代日本には魔物がいない。一応剣道だけはちょっとかじって初段を持ってはいるけれど。


 階段を降りた先は幅1腕半3m、高さ1腕2mちょっとの日干し煉瓦風の壁と天井、床の通路。少し先に十字路が見え、更にその先にT字路が見える。第2階層に行くなら最初の十字路は直進して次の丁字路右で階段だが、今日は第1階層までと決めているから自由だ。


 そして私の魔力探知に早くもひっかかる対象がある。この魔力の感じは何だろう。大した魔物ではないとはわかる。でも経験が不足していて対象を判別出来ない。


「さっそくですけれど、あの十字路の手前右側の壁に何か魔力反応を感じますわ。私の目と経験では魔物の種類まではわからないですけれど」

「ケイブフロッグだにゃ。何ならこうすればわかるにゃ」

 ふっと何か空気が詰まったような感覚を感じた。


「何でしょうか、いまのは」

「気合いの遠当てにゃ。ほら、動いたにゃ」

 魔力反応を感じた場所から壁の色と同じ何かがぴょんと飛び跳ねて着地した。洗面器くらいの大きさがある大きいカエルだ。


「便利だね、その技」

「獣人なら誰でも使えるにゃ」

「それじゃとりあえず倒しますね」

 この程度の距離なら問題無い。あえて無詠唱で熱線魔法を起動して倒す。


「あれ、詠唱は」

 リュネットが気づいてくれたようだ。よしよし。


「実は学校で教わっている魔法は、いにしえに伝えられた本来の魔法の姿からかなり外れてしまっているようなのですわ。魔法は本来なら無詠唱でも発動できるもので、発動のイメージを強めるために詠唱が必要。そういう理論を本で読んで、幾つか実践できるようになったところです。勿論学校で教わっている事と違いますので、学校では使いませんけれども」


「そんな事が出来るんだ。アン凄いね」

 それは中のおっさんがメタな知識を持っているからだよ、とは言えない。


「まだ研究中で完全ではありません。それでもこれが出来れば戦闘ではかなり有利になる筈ですわ」

 実際メタ知識を持っていても、まだ無詠唱で使えるのは熱線とか氷結といったイメージしやすい魔法だけだ。それでも結構頑張った。授業を聞きながら余分な部分を取り除いたり、理論の再構築を試みたりして。

 これが使えれば競技会でもかなり有利になるだろう。何せ圧倒的に発動が早くなる。


「面白い魔法なのにゃ。ナージャも使いたいにゃ」

 よしよし。それじゃ競技会に向けた訓練をはじめるとするか。

「魔法というのは発動した後のイメージを意識する事が重要なのですわ。つまり……」

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