君と出逢えた今だから
そんな幸せな時間噛み締めていたのも束の間。
夢心地気分で私が君に気持ちを伝えようとした時、不意に後ろから怒声を浴びせられた。
「待ちなさいよ!さっきは言い逃げなんてして!!この卑怯者!!」
幸せに浸らせてくれる間もない。
あの後、店から追い出されてわざわざここまで追いかけてきたんだろうか。
彼女が鬼のような形相でそこに立っていた。
そこには、彼女のそばにいた女性も立っていて憤っているただ彼女を見ていた。
「あんたなんて……幸せになんてなれないんだからっ!!幸せになんてさせるものかぁ!!」
彼女が唸り声をあげる獣のような低く濁ったような声で私たちに向かって咆哮する。
彼女を見て嫌気が差したと言わんばかりに君は柔らかい笑みを崩し苛立ちに歪めた後、私を庇うため前に立ってくれようとした。
けれど君の手を握って止めた。
そして私は彼女に向き直る。
だってもう、独りじゃないから。
だってもう、わかったから。
もう、見ないふりも、自分を卑下して俯くのはやめよう。
私は幼い頃の私を責めるのはもうやめよう。
そう思えるようになったのも全て君のおかげだったんだ。
私は息を一つ強く吸いこんで、まっすぐに彼女を見て言った。
「私は幸せになるよ」
彼女は私の言葉に一瞬だけ目を見開いてから忌々しそうに顔を歪める。
私は構わず彼女に言葉を続ける。
「おまえが私に何を言おうと私は幸せになる。もう幸せになりたいと思う自分を否定したりしない。だから……」
あの時までの私は臆病だった。
人に嫌われたくなくて、人と関わることを避けた。
自分が傷つきたくなくて、自分の生き方を隠した。
そんなことにすら私は気づかなかった。
いや、気づかないふりをしていたのかもしれない。
だから、目の前にいる人のこともきちんと見ようとしてなかったんだ。
私は君の手をぎゅっと握ってから、相手を見据えて強い口調で言い放つ。
「私の友達から離れろ」
私は彼女の近くを蔓延っていた女を強く睨みつけて言った。
彼女は目を見開いてからキョロキョロと辺りを見回す。
「なに言ってんの?私しかいないじゃん!」
「あなたは私の友達だよ。後ろにいる女たちに言ってるの」
彼女は一度、視線だけ後ろに向けてから、恐怖で顔を歪める。
君は何も言わず、私の手を強く握り返してくれた。
怯え、泣き出しそうな彼女は震えながらよろよろと向かってきて私の後ろに隠れる。
女たちが、ぐにゃりぐにゃりと蠢きながら彼女の後についていこうとするのを私は強い口調で押し止める。
「来るな」
この言葉は声にはしない。
拒絶を全面に出した空気を纏い鋭い瞳で睨む。
気迫というのだろうか、相手を退け自身を守るための防衛方法。
これは私が生きていくため、そして生きていく中でできた、ただの独学なのだけど。
女たちは私の言葉に反応するようにぴしりっと固まったように動かなくなった。
まだ抵抗しようとしているようで小刻みに震え始めたけれど、そのうち動かなくなった。
そしてモザイクみたいに視えづらくなってはらはらと風に溶けるように消えた。
「大丈夫?」
女たちが消えるのを確認してから彼女に振り返る。
そこには、あの卒業式の日以来の友達が泣きじゃくるように蹲っていた。
「大丈夫?どこか痛い?えっと……」
友達の肩をさするため私もしゃがみこむ。
友達の涙に少々動揺して言葉のでない私に友達は首をぶんぶんと横に振る。
「ちがうのっ……わたしっ……私、ひどいこと言って……ごめ……ごめんなさい!!」
蹲ったまま、友達は何度も何度も謝罪の言葉を繰り返す。
「気にしないで」とか「もう大丈夫だから」と言う私の言葉なんて
友達はそう簡単に落ち着かないだろう。
私はそのまま、友達の背をさすっていた。
君は何も言わずただ静かに見守ってくれていた。
そのまま時間は過ぎていった。
21時を回った頃には、友達の泣き声もしゃくりあげるだけぐらいにまでは落ち着きを見せた。
君は静かに私たちをみつめてから、おもむろに握っていた私の手を引いて立たせてくれた。
足が痺れて少しふらつく私の体を支えてくれながら君はポツリと囁いた。
「君が無事で本当によかった」
君の体は少し震えているみたいだった。
私は思わず君の背に手をまわして抱きしめた。
突然の私の行動に君は少し驚いてから、照れくさそうに抱きしめ返してくれた。
下から見上げる友達と目があった。
友達はあの時と変わらない優しい声で言った。
「幸せになってくれてよかった。……ふふ、私までニヤけちゃう。何でだろ?」
やっと笑ってくれた。
あの時のままの優しい友達の本当の笑顔に、私は安堵した。
「ありがとう……!」
そう言って友達が笑ってくれて、君は困ったように笑っていて、私の表情も崩れて泣きながら笑った。
柔らかい笑みとあたたかい温度に包まれて、私は今幸せだなって思った。
事の顛末はとても友達にとっては大変だったと思うけど単純だった。
中学生になってから、家庭環境が変わったり、イジメのせいで友達は傷ついていた。
アレのせいでそうなったのか、そういう状況に陥った友達が傷つき、感情が悲嘆に呑まれ、何もかも後ろ向きになったことでアレがよってきたのかはわからない。
けれど、確実にわかるのは、アレが友達に取り憑いたせいで、友達はどんどん悪い方向に進んでしまったということ。
感情は荒れ果てて、おそらく自身を傷つけたこともあっただろう。
そんな中で、私をみつけた。
私とのあの一件は、きっと彼女の中でも大きな出来事になっていて感情が私に向かって爆発した。
いや、爆発させられた。
そして、ファミレスの出来事になった。
私も彼女を信じてあげられなかった。
そんなこと言うわけないと思うには、最後にあった日から時間が経ちすぎていた。
だから彼女が発した、助けを求める必死な叫びに気づいてあげられなかった。
でも君はすごいよね。
君は私を変えてくれて、私も友達を信じられるようになった。
私たちが長く抱えていた憑き物を落としてくれた。
おばけなんて見えなくても、強い力なんて持っていなくても君は私たちを助けてくれた。
ぜんぶ、君のおかげなんだ。
友達と別れてから、君は私に言った。
「本当に大丈夫だった?僕にはなんにもわからなかったから」
私は頷いてから、少し考えて照れくさかったけど言った。
「大丈夫なんだけど……私、おばけとかに関わるとなんか力を使うのかな?すっごいお腹すくんだ」
君は私の言葉にキョトンとしてから、こみ上げる笑いを隠しきれないように笑った。
でもそれはバカにしてるとかじゃないってわかる。
それでも君は笑ったことを謝りながら、優しい笑みで言った。
「そっか!じゃあ、僕は腕によりをかけて美味しいご飯作らないとね!」
私は大きく頷く。
「今日の夕ご飯は俺の家で食べていくでしょ?」
私はもう一度大きく頷いた。
「今日は何を食べようか?」
君と手を繋いでまた夜道を歩く。
頬にあたる夜風と少し静かなその道が今は心地よかった。
君に出逢えたその時に私は初めて恋をしたんだ。
けれど私に恋人なんて夢のまた夢だったから。
君と恋人になれるなんてあの日までの私は思いもしなかった。
いつだって君は優しく私に笑いかけてくれたんだ。
けれどこんな私が、誰かと暮らすなんてあり得なかったから。
君と一緒に暮らせるなんてあの日までの私には想像もできなかった。
でも今は君とおしゃべりをしたり、君と一緒にでかけたり、君と手を繋いで歩いたり。
君と一緒にご飯を食べたり、君とふたりの未来の話をしてみたり。
そんな日々をあたりまえみたいに、穏やかに過ごしていける今の私はきっと幸せすぎる。
やっと私が私らしくいられる場所ができた。
みんな幸せになる権利がある。
私は今でもあの言葉に、君との思い出に、君の言葉のひとつひとつに、支えられながら生きている。
そういえばあの後、ファミレスで食べたご飯に似せて作ってくれた夕ご飯。
君は少し失敗したと苦笑いしていたけれど、私はとっても美味しいと思った。
あぁ、今度またあれ食べたいな。
君の作ってくれた美味しい唐揚げを頬張りながらそんなことを思っていた。
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