君と出逢ったから

 彼女の言葉に、私の心の中は衝撃よりも絶望と悲嘆の色で埋め尽くされていた。

 彼女は私の気持ちなんて意にも介さず、あの時の出来事やその翌日からの私のことを、ペラペラと君に話していた。

 さも可笑しそうに。

 そんな彼女のせいで、私は絶望と後悔に胸を締めつけられていた。


――バレてしまった。


 突然、何の覚悟もないまま、バラされてしまった。

 こんなことになるならば、四の五の言ってないで、自分からちゃんと言えばよかった。

 私は怖くて、君の顔を見ることができなかった。

 あの時のことを覚えているから。

 あの教室での出来事を覚えているから。

 あの後の周囲の反応を覚えているから。

 君にまで嫌われてしまうのが、怖がられてしまうのが、離れていってしまうのが怖かった。

 私は何も言えないまま、ただ下を見て、きつく唇を噛みしめていることしかできなかった。


「へぇ?おばけが見えるなんて知らなかった……」


 君の放ったその声は、今まで聞いたことのないほど冷たくて、無機質なものだった。


「……だから?」


 君が放ったその言葉に、唇を噛みしめたまま、おずおずと顔をあげる。

 その時、見えた君は、今まで見たこともないくらい冷たい瞳を、彼女に向けていた。

 けれど、顔をあげた私に気づくと困ったように、でも柔らかい笑みで私の顔に触れた。


「唇、切れちゃうよ?ほら、力を抜いて?」


 君のあたたかい手のひらで頬を包まれて、照れくさくて何も言わずただ頷いた。

 そして君に促されるまま、私は噛んでいた口元の力を緩める。


「怖くないの?私のこと」


「え?何で?僕は見たことないけど……もしホラーのドラマやマンガみたいなおばけが見えるなら怖い思いをするのは君でしょう?君は大丈夫?」


「私は慣れてるから……」


「そうなんだ。でも慣れても怖いものは怖いでしょう?」


 まぁ、そういう時も少なからずある。

 他人に見えないものが、何の変哲もない姿のときもあれば、目を背けたくなる場面のときもある。

 私が小さく頷くと、彼は私を気遣うように優しく手に触れた。


「だよね。そんな時に僕が、君の見てるものを見ることができなくて、わかってあげられないでしょ?

そのことが僕は口惜しい。……だから、何かあったらすぐに教えて?」


 その言葉に、私は泣きそうになりながら強く頷く。

 けれど泣く姿なんて君以外には見られたくなくて。

 今だけは無表情な私がありがたかった。

 君は優しい微笑みと、はっきりとした声で言った。


「僕は君のことが怖いなんて思わない」


 そんな私たちのやり取りを、わなわなと震えながら、彼女はひきつった顔で見ていた。

 けれど、一度私を強く睨んでから、彼にまた視線を向ける。


「ね……ねぇ?この人のそばにいるとあなたまで変な人だと思われますよ?……そんな人といないで、こっちでお話しませんかぁ?」


 彼女は顔をひきつらせたまま笑みをつくり、振り絞るように君に声をかける。

 そんな彼女に、君は見向きもしない。

 ただ、こちらに向けている君の顔を苦虫を噛み潰したように歪めてから、ため息を一つ吐いて、私に笑いかける。


「もう、帰ろっか?20時過ぎてるし、帰りに夕食の材料も買いに行きたいし」


 私が頷くと、君は私がさっき買った服が入った紙袋や私のバッグを持って、私に手を差し伸べる。

 私がその手を握って立ち上がると、君は、さっと伝票を手にして彼女たちに背を向けレジに向かう。


「ちょっと待ってよ!!」


 彼女は、私たちの背に向かって金切り声をあげる。

 私は一瞬だけ足を止めたけれど、君の足取りは変わらない。


「大丈夫?」


 私を気遣うように声をかけてくれただけで、彼女の呼びかけに応えるつもりはなさそうだった。

 彼女もそれが見て取れたのか、忌々しそうに舌打ちをしてから私に恨み言をぶつける。

 まるで獣かなにかが唸るように、咆哮するように。

 忌々しげに、憎々しげに。


「あんたのせいよ……ぜんぶぜんぶ、あんたのせいなんだからっ!!私がこんなになったのはあんたのせいなんだから!」


 彼女の声に周りの人たちも、こちらに注目する。

 彼女のそばにいた女性たちは、居心地悪そうに困り顔をしていた。

 そして彼女を落ち着かせるように女性たちが声をかけるが、彼女は聞く耳を持たない。


「あの後、私がどれだけ大変だったか!あんた知らないでしょ!?あんたのせいなのに……あんただけ幸せになるなんて許さないからっ!!」


 私は何も言わないまま、彼女の言葉に耳を傾けていた。

 私は小学校を卒業してからの彼女のことは、一切いっさい知らない。

 小学校にいた時だって、卒業するまで彼女は私を避けていたし、私も極力近づこうとはしなかった。

 だから、だからこそ、私のせいで彼女が大変だったと言う理由もわからない。

 あの一件以降も、彼女は私の噂話や孤立したことを踏み台にして、新しい交友関係を築いていった。

 少なくとも小学校を卒業するまでは、とどこおりなく学校生活しているように、私には見えた。

 そのことを私には責める権利は持ち合わせていなかったし、責めようとも思わなかった。

 だって、彼女は卒業式の日に、彼女は友達として別れを惜しんでくれたから。

 卒業式の日、離れてしまうことに泣いて、あの日、私を置いて帰ったことや、それから私を避けていたことを、小学生最後の日に友達として謝ってくれて。

 またいつか会えたらいいねって、友達として笑って言ってくれたから。

 だから今、彼女が私にぶつける怒りの理由が、本当にわからなかった。

 それからも彼女は、私や君に向かってずっと罵詈雑言を浴びせ続け、周囲の人たちは顔をしかめていた。

 君はお会計をすませながら店員さんに騒ぎについて謝罪してくれていて、彼女の言葉など届いていないようだった。

 店員さんたちが窘めようとしても、彼女はそれすら無視して声を張り上げていた。


「帰ろう」


 君は、彼女の言葉から庇うように、私に優しく微笑んだ。

 もしかしたら、なおも続く、口汚い罵詈雑言の嵐に、私の表情は曇っていたのかもしれない。

 私を見た瞬間、君は眉を顰めて、そして何かを覚悟を決めたみたいに口元を、きゅっと固く結んだ。

 そして、君が今の今まで、ずっと無視し続けていた彼女に向かって、振りかえった。


「もう止めてもらっていいですか?聞いていて嬉しい内容でもないですし、黙ってもらえます?」


 君の言葉に、彼女は一瞬、瞠目どうもくして息をのむ。

 息をのんだ彼女が口をつぐんだ、ほんのその一瞬の間を逃さず、君は言葉を続ける。


「聞いていればあなたが話す彼女の話は幼い頃のことばかり。それ以降は関わってないんじゃないですか?そんな彼女があなたに何をしたんですか?あなたに何ができたと言うんですか?」


 何も答えない彼女に、君は少し落ち着かせた声音で、言葉を続けた。

 

「あなたが今どんな生活しているのか、どういう思いで生きているのかは知りません。ですが……それが彼女のせいだと言い募り、言い張るのはお門違いじゃないですか?……あなたがどれだけ僕に何を言おうと」


 私の手を、ぎゅっと握りながら、君は彼女に立ち向かうように言葉を重ねる。


「僕は彼女から離れませんよ」


 口調は穏やかだが、しっかりとした彼女に対しての嫌悪と彼女の言い分への否定の色が見えた。

 彼女が、君の言葉に気圧されるように押し黙る。

 その姿を見た君は、静かにまた出口に向き直ると、近くの店員さんに会釈えしゃくをして、私の手を繋いだまま店を後にした。

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