仕事から帰ってきた彼女

「ただいま」

あまり抑揚よくようのない声が玄関から聞こえた。

彼女が仕事から帰ってきた。

彼女が帰ってくる前に料理を終わらせたかったが間に合わなかった。

僕はキッチンから彼女に声を返す。

「おかえりー。ごめんね!帰ってきたらすぐ食べられるように用意してたのに、ちょっと遅くなっちゃったね。もう少しで出来上がるから待っててね」

彼女が廊下からキッチンにひょこりと顔を覗かせる。

「いい匂い。今日、何?」

「鶏ももの唐揚げだよ」

「やった」

やっぱり声に抑揚はないけれど小さくガッツポーズをする彼女に僕は思わずニヤけてしまう。

僕の彼女はとても可愛い人だ。

「その格好でいると疲れるでしょう?先に着替えておいで。僕はその間に食べられるようにしておくからさ」

僕がニコリと彼女に笑いかけてそう言うと彼女は小さくコクリと頷いた。

彼女がパタパタと歩く足音が遠ざかっていく。

僕は彼女が戻ってくる前に急いで食事の用意を進める。

唐揚げはたっぷりにんにくと生姜、お酒とごま油を揉み込んでしっかりと二度揚げするのが僕流ぼくりゅう

カラッと揚がった唐揚げの匂いは食欲をそそる。

唐揚げをお皿に盛りつけて、お野菜もとりたいからサラダも作ってお味噌汁とご飯をよそれば完璧。

全てを食卓に並べたところで彼女が戻ってくる。

「いいタイミングだね。さ、食べようか」

彼女が急ぎ足で席につく。

僕も飲み物を用意してから席についた。

「それじゃ、今日もお疲れ様!かんぱーい」

僕がそう言うと彼女は柔らかい表情でグラスを軽く上にあげる。

琥珀色こはくいろのビールが注がれた2つのグラスにはゆらゆらと泡が上っていく。

僕が一口、呑み込む。

目の前の彼女は一気に流し込み、グラスをすっかり空にした。

そして唐揚げをひょいと口の中に放り込む。

あぁ、何かあったんだな。

「……今日、何かあった?大丈夫?」

僕がそう彼女に聞くと彼女はこくんと頷いた。

心配で少し表情が硬くなる僕とは裏腹に、唐揚げに舌鼓をうつ彼女は表情を柔らかい。

美味しそうに食べる彼女の嬉しそうな表情を見て僕は少し安心した。

「今日は唐揚げとか食べたかったから嬉しい。すごくお腹が空いたから」

「そっか。なら今日唐揚げにしてよかったな。本当にお疲れ様だったね」

僕の彼女は僕の見えないものを見たとき、僕の見えないものと関わったとき、ものすごくお腹が空くらしい。

彼女はとても美味しそうに唐揚げを食べている。





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