17 ヒーローに憧れてたけど、人生苦労したら悪役に共感してる自分がいる。




こういう時は大抵涙が出るもんだ。だけどおかしなことに、俺は仮面の下ではははと笑い続けていた。感情が湧かない。壊れた人形みたいに。ただただ笑い続ける。


いつから現れたのか、目の前で俯く幼い俺にゆっくりとだらしなく開いた口を動かした。


「ごめ、な、さ‥ひひ」


ふいに出た言葉は誰に向けた言葉なのか。目の前にいる幼い俺の表情は見えないのに、背後で俺を拘束する黒髪が、呆れたように眉を顰めたのは分かった。


「異常だな‥」


黒髪がボソリとそう呟く。


異常か‥そりゃあそうだわな。幼い頃の自分が目の前にいるんだよ。お前には見えないだろうけど。今日はずっとそんな感じなんだ。でもこんな幻覚でさえ、今じゃ救いに思えてる。


刹那、目の前の幼い俺が頭に抱きついてきて、そして俺にこう囁くのだ。傷つけられるよ。早くこいつを壊してしまえって。


ジジーー、


『A地区担当、日ノ!不審な人物を発見!クソっ、今話題の持ちだ!発泡を許可する!付近にいる者で手が空いてる奴は直ちに応援を頼む!』


ふいに背後から鳴り響く無線の音がして、その聞き覚えのある声に、俺は笑うことも忘れ目を見開いた。


今、なん、て、言った‥?



『将来の夢は父さんみたいな警官になることです!!悪い人達を捕まえて、皆んなが安心して暮らせるように、平和を守ります!!』


『ふふ、タマキくんは将来有望ね!お父様に似たのかしら?ね、さん!』



違う。偶然だ。同じ名前なだけだ。そんなはずない。



「‥こちらA地区パトロール中の日ノ(ひの)影人(かげと)です。同じくA地区にて不審な人物を確保。応援に向かいます。



父さんーー。」


影人、とそう名乗った黒髪の言葉に、目の前が真っ暗になる。日ノ‥俺の父さん、日ノ 翔(ひの かける)の苗字だ。珍しい苗字だからって、昔はなんだか誇らしく思ってたっけ。

そうか。そうだったのか。

お前だったんだな。あの時、父さんと歩いていた少年は‥。

こいつを見た途端に抱いた嫌悪感の正体が分かった。ピースがハマるような感覚。それも最悪のピースが。


久しぶりに見た父さんの隣には、知らない少年がいたーー。


『影人か!そっちの状況は!?大丈夫なのか?!』


なんて偶然だろうか。


『ああ、心配いらない。それより父さんが心配だ。急いで向かう。』


それは正しく家族の会話だった。幼い頃に思い描いていた未来図。将来は父さんと同じ仕事に就いて、家族だけど相棒みたいな関係になって、父さんと悪い奴らを捕まえる。テレビで観た刑事アニメのコンビみたいに、信頼して背中を合わせて平和を守る。そんな未来。


無線の先の父さんの心配そうな声に、空っぽになった心が渇いて渇いて仕方ない。俺は呆れてまた笑いが止まらなくなった。


なあ‥ランクが低いといらないんだよな?父さんと同じ仕事もできないんだよな?家族じゃなくなるんだろ?父さんって呼んじゃダメなんだろ?そう‥言ったじゃないか‥。

こいつはEランクだぞ‥。父さんが軽蔑する底辺だろうがッ‥。


なあ、母さんさ、死んだんだぜ‥。

あんたが帰ってくるって信じてさ、本当に馬鹿だよな。



『了解した!仲間がいるかもしれん、気をつけろ!』


久々に聞いた奴の声は、ただただ平凡で、

頭の中でプツリと何かが切れるような、そんな音がした。


「わかった。


‥ということだ。悪いが、少しの間、ここで大人しくーー」


もう、どうでもいい。


ーーーー。」

「いっ、‥なんだ?!」


、使い方は理解していた。病院で目覚めた時から感じていた身体の違和感。脳の一部分から、湧き上がる力を目の奥から放つように放出していく。次第にそれは喉の方へと流れて行き、俺はただたった一言その言葉を告げればいい。元から染み付いていていたかのように、自然とどうすればいいのかが分かる。抵抗して暴れた際に黒髪によってつけられた傷。その痛みが跡形もなく消え、そして正反対に黒髪が苦い顔をした。急に身体中に走る痛みに驚いたのか、解かれる拘束。そこから抜け出して、俺は奴と距離をとる。


「‥はは、‥なんだ、簡単、じゃん‥」


「お前っ、今何をした‥?」


黒髪が冷静を装いながらも、焦った顔をして俺を睨みつける。

何を戸惑っていたのだろう。踏み出してはいけない一歩だと無意識に線を引いていた。人を傷つけるのは良くない事だって、そうあの人に教えられてきたから。でももうそんな事どうでもいいんだって気がついた。

元通りの平凡な家族にだって?くそくらえだよ。嘘つきばっかじゃん。ルールなんて誰も守らない。馬鹿真面目に信じて守ってきたのは俺だけだった。


「はは!‥あは!ひひ!‥、、




はぁ‥きもちわりいんだよッお前ら!?ーーー」


残酷な出来事が積み重なったそんな一日。人生一度はこんな日もあるだろう。それが今日だっただけだ。それを経験して気づく事もある。


「お前っ、まさか‥持ちか!」


「‥」


あたりまえという一言を信じて守っていれば、正しい人になれるのだと、そう周りから認識されるのだと愚かにもそう信じていた。だけど世の中そんなに甘くはない。


「っ、こちらA地区パトロール中の日ノ影人!西側にて、拘束した変質者が変能持ちと推測!能力不明、特徴は小柄な仮面の男。‥拘束は解かれました‥すみません、」


『影人っ!?変能持ちだとっ!?待ってろ!今、真田達が応援に来たから、私はそちらに向かう!くそっ、絶対に無茶はするな!!』


才能が与えられた強者が自信をつけ好き勝手に振舞い賞賛を浴びる反面、愚かにもそこに手を伸ばそうと抗った弱者が石を投げられ屈辱を味わう。強者に挑戦し敗れた。それだけならばいい。そういう運命だった。そういう生き様を選んだんだ。だけど、そこに才能の差はあれど、真っ赤な嘘で騙して騙して騙してっ‥人の人生捻じ曲げといて、こんなの許されてはいけないだろうよ‥。弱者が吠えたところで誰にも届かず消えていく叫び‥。でも、今は違う。


「っ、‥自分のミスは自分で挽回します。」


『っ影人!?くそ、すぐ行く!!待ってろ!!ーー』


神様のご意志は分からないけれど、平等に創ったというのならば、

嘘つきには制裁を下さなければ。でないと俺が可哀想じゃないか。

ふいに繋がれた幼い俺の手を、ぎゅっと握り返す。その瞬間、握った手は黒い靄になり、俺の右手に纏わりついた。

自分勝手で結構だ。病んだ?嫉妬だって?最高じゃんバンザイ。


ガチャリと音がして、俺に向けられた拳銃とそこから覗き込む黒髪の真剣な眼差しに吐き気がする。こっち見んなや。


俺はいつの間にか右手に握りしめていたナイフを、太ももにブッ刺したーー。


「ぐあああッ!?!?」


「は‥?な、なにしてるっ、!?おい、やめろ!」


強烈な痛みが右足を襲って奇声を上げながらも、お優しく拳銃を下ろし近づいてくる奴に、俺は哀れな視線を向けた。


こういうヒーローみたいな奴が好みなのかよ。自分は腐った悪臭垂れ流してるくせに。気持ち悪いなほんと。


「っ、!‥ええ!!?」


触れられる前に、奴目掛けてそう叫ぶ。キーンと頭の奥底で音がして、これが能力発動の起動音みたいなもんなのかなってそんな事を考えてた。


「っ、ーーー!?

うぐっ!?いっぐああああッ!?!?ーーーな、あ、足がぁっ!?ど、こからっ!?、ゔっ、」


俺のすぐ真下で蹲る黒髪。あと数センチの距離。惜しかったな。すっげえ痛いだろ?俺も意識飛ぶかと思ったわ。それなのに他のことまで考えられるなんてすげえなお前。


「はあ、ゔぐ‥くそっ!?仲間がいるのか!?スナイパー‥、いや、これは刺し傷‥っ‥なにを、したっ、?」


「ひひ‥」


「傷がッ‥まさか、」


黒髪が何か悟ったようだが、俺は構わずもう一度ナイフを振り上げる。今度は自分にではなく、奴のもう片方の足にだ。


あいつの息子の代わり務めてんだろお前。だったら、本物が感じた痛みも屈辱も全部代わってくれるよなぁ?


「っ、」


奴の足まで残り数センチの距離だった。

おかしな事にドンっと音がして、奴の足ではなく俺の右手が血飛沫をあげたのだ。




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