#15 そこには、きみにいてほしい、メイベル
「ニュースよ! ビッグニュース!」
ジュディスが大声を上げながらアトリエに入ってきた。手に新聞を握りしめている。
「なに? どうしたの?」
メイベルはいったん手にした刷毛をテーブルに戻した。
「見てよ、これ!」
ジュディスが差しだした新聞の一面に、なんとアグネス伯母の顔が大々的に掲載されていた。
そして、『王宮の所蔵品を横流し? ラフレス王室最大のスキャンダル!』という大見出しも。
どうやら、派手な生活をこよなく愛するアグネスは、堅実な前国王の方針に耐えられず、彼が亡くなるとすぐに夫と一緒にとある組織と手を組んで王宮の絵画や高級アンティーク家具を贋作とすり替え、売り払って利益を懐に入れていたようだ。
「やっぱり」
メイベルはため息をもらしたあと、ことのいきさつをジュディスに説明した。
「なんて女なの!」
話を聞き終えると、ジュディスが鼻息を荒くした。
「最低の女。でも、これで彼女もおしまいね」
「え?」
「だって、いくら実の姉とはいえ、そんな女を王宮に置いてはおかないでしょ、いまの国王も」
「どうかしら……いままで、ロランドのお母さまにたいするいじめも黙って見ていただけだというし」
メイベルはラフレス王国にいるエレノアに思いを馳せた。
とても心やさしいエレノア。
この一件が、彼女にとっていい方向に進めばよいのだけれど。
* * * * *
「どうなさるおつもりなの、あなた?」
エレノアが静かにたずねた。
アレクシス国王はふうっとため息をついた。
「しかし、実の姉なんだぞ。そう簡単に咎めることはできないだろう」
「そう……」
エレノアはそれに異議を唱えるでもなく、ちょうど部屋に入ってきた飼い猫のタビーに声をかけた。
「あら、タビー。いらっしゃい、こっちへ」
タビーはにゃあとひと声鳴くと、優雅な仕草でエレノアのひざに飛び乗った。
「よしよし。いい子ね。あなたは自慢の猫よ」
耳のうしろをかいてやると、タビーがごろごろとのどを鳴らした。
「ラフレスの国民も、きっと国王のことを自慢にしているのでしょうね」
だれにともなく、エレノアはいった。
「そんな国民のために、国王がお手本を示さなくていいのかしら」
それを聞いてアレクシスはふたたびため息をもらし、そろそろと立ち上がった。
「わかった。国王として、すべきことをしよう」
エレノアは去っていく夫の背中を見送りながら、小さく笑った。
* * * * *
国王の命により徹底的な調査が行われた結果、家臣のなかにもアグネスたち夫妻に手を貸していた者がいたことが判明し、これを機に王宮内がいっせいに浄化されることとなった。
アグネスとその夫は投獄こそ逃れたものの、スイスのレマン湖のほとりにある別荘に永久追放され、今後社交界の出入りは禁止、収入も一定の手当のみとされることになった。
ただしふたりの娘は悪事に手を染めていたわけではないので、結婚の際にはそれなりの支度を調える約束を取りつけることができた。
アグネスたちがレマン湖に送られる日、ロランドはいみきらっていた伯母に皮肉のひとつでもいってやろうと見送りに行くことにした。
アグネスはロランドのにやけ顔を目にすると、最後の毒を吐いた。
「あんな卑しい身分の女と結婚できないようにしてやったんだから、感謝しなさいよ」
ロランドは伯母に軽蔑の目を向けた。
「やはりメイベルになにかいったんですね?」
アグネスがほくそ笑んだ。
「あら、お礼はけっこうよ」
アグネスはそう吐き捨てると、用意された車に乗りこんだ。
ロランドはその背中を見送りながら、口にうっすら笑みを浮かべていた。
伯母の策略などお見通しだ。こちらはすでに先手を打ってある。
* * * * *
翌月。
イギリスの著名な女性誌『タトラー』に、メイベルの姉フィリーのインタビュー記事が掲載された。
いったん道を踏み外したものの家族の愛に支えられて立ち直り、自立した女性としてまっとうな人生を歩みはじめた人物として紹介されたのだ。
もちろん、ラフレス王室の王太子ロランドの婚約者の姉という点で、大きな注目を浴びることになった。
記事では、フィリーの深い反省と謝罪の気持ちとともに、立ち直るまでの暮らしといまの夫の支え、そして少しでも罪を償うためとして、立ち直ってからは青少年犯罪者の更生のために多額の寄付と貢献をしていることに触れられていた。
おかげで大衆には好感を持って受け止められ、メイベルとその家族は胸をなで下ろすことができた。
「ジュディス、ありがとう。あなたが仲だちしてくれたおかげで、とてもいい記事になったわ。これで姉もほんとうの意味で立ち直れるし、両親が白い目で見られることもなくなった」
「友だちとしてあたりまえのことをしたまでよ。それにね、じつはロランドのうしろ盾もあったの」
「ロランドの?」
「そう。ロランドといえば、お迎えが来てるわよ」
ジュディスがそういって窓の外を指さした。
「お迎え?」
メイベルは窓際に行った。
外には、例の黒塗りの車が待ち構えていた。メイベルとしては婚約を解消したつもりだったが、公にはなっていなかったので、結婚式はあいかわらず1か月先に予定されたままだった。
「でも……」
メイベルのとまどいを見て、ジュディスが背中を押した。
「いいから、行ってらっしゃい。少なくとも、今回の記事のお礼をいっておいたほうがいいんじゃないの?」
しかたなく、メイベルは準備をして黒塗りの車に乗りこんだ。
* * * * *
ロランドの祖父の別宅に着き、執事に案内されるまま部屋に入ると、前回とはようすが一変していた。
かつては生活感もなく閑散とした場所だったところが、なぜか生き生きと輝いて見える。
ロランドの依頼でメイベルが一つひとつていねいに修復していった家具が、そこここに配置されていた。
以前のように白い布をかけられて放置されるのではなく、そこには生活する者の息づかいが感じられた。
メイベルが部屋のようすを不思議そうにながめていると、ロランドが入ってきた。
「ロランド。なんだかずいぶん雰囲気が変わったみたいだけれど」
「ああ、そうなんだ」
ロランドはそういって室内を見まわした。
「きみのアドバイスにしたがって、アンティーク家具をふだんの生活に採り入れようと思ったんだ。飾ってあるだけじゃ、家具に申しわけないからな」
「そうなの」
メイベルは心がじんわり温かくなるのを感じた。
「存在する意義がきちんと理解されて、大昔の職人さんたちも天国でさぞかしよろこんでいることでしょう」
「伝統を大切にする国にしたいんだ、わがラフレス王国を」
ロランドがすぐ目の前にあるソファの背に手をかけ、照れくさそうにいった。
「伯母の不祥事によって国民の不信を招いてしまったけれど、あれをきっかけに、両親ときちんと話し合う機会を設けることができた。そもそも大事な所蔵品を横流しされるなんて、ふだんから過去の遺品を大切にしていなかった証拠だ」
彼がソファの背を愛おしそうにさすりはじめる。
「祖先が遺したものを大切にする。それが国民であれ、王宮の宝であれ、同じだ。これからは、もっと伝統と国民によりそった国にしていくつもりだ」
ロランドがメイベルをふり返り、その目をまっすぐ見つめてきた。
「同時に、新しい風も受け入れる。自分自身もふくめて。そしてそこには、きみにいてほしい、メイベル」
メイベルは心のなかで葛藤していた。
目の前にいるこの男性を心から愛している。もはや両親を心配する必要もなくなった。
でも、彼は一国の頂点に立つことになる男だ。
「わたしには荷が重すぎるわ、ロランド。わたしはたんなる家具修復師だもの。ラフレス王室に入るなんて、そんな大それたことはできない」
「きみに重荷は背負わせないと誓う。ぼくが守ってみせる」
そういうと、ロランドがさっとひざまずいた。
「愛している、メイベル。心から。どうか、ぼくの妻になってくれ」
「ロランド……」
ロランドがすっとなにかを差しだした。
てのひらには、あの指輪が、前国王から贈られたあのアンティークの指輪が、のっていた。
「この指輪にふさわしいのは、この世にきみだけしかいない。ぼくのために、ラフレスのために、受け取ってくれないか?」
「ああ、ロランド」
メイベルはこらえきれず、ロランドに抱きついた。
「ええ、結婚するわ。あなたの妻になる。愛しているわ、ロランド!」
ロランドが立ち上がり、ふたりはひしと抱き合った。
* * * * *
1か月後、ラフレスの王太子ロランドとメイベルの挙式のようすが大々的に報じられた。
まずはメイベルの両親が住む小さな村の教会で式が執り行われた。
つづいて、ラフレス王宮での豪華な挙式だ。
式のあと首都の大通りを馬車でパレードしながら、メイベルは集まった大群衆を見まわしていた。
「信じられない。わたしがこんな場所にいるなんて」
「みんなきみを歓迎している」
「でもわたし、あなたのお母さまのような人気者にはなれないわ」
「そのほうがいいさ」
「え?」
「だって、きみをぼくだけのものにしておきたいから」
ふたりは歓喜にわく大群衆の目の前で、嘘偽りのない熱いキスを交わした。
― 完 ―
【漫画原作】王子が恋した偽りの婚約者 ― Prince and his Fake Fiancee ― スイートミモザブックス @Sweetmimosabooks_1
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