#13 彼への愛も、なにもかも、この王宮に置いていこう

 愛しいメイベル……。

 ロランドは甘くとろけるようなキスに酔いしれた。メイベルが、すがりつくようにからだを預けてくる。

 もうこれ以上、ごまかすことなどできない。

 ぼくはメイベルを愛している。メイベルなしでは生きていけない。

 彼女と結婚したい!

 メイベルのやわらかな唇と豊かな肉体を全身で感じ、もはやがまんできなくなったロランドは、彼女をさっと抱きかかえ、そのままベッドに向かった。

 ベッドにメイベルをそっと下ろし、顔にかかった髪をやさしくわきへ払ってやる。

 暗闇のなかでも、メイベルの美しい目がこちらをひたと見つめ返すのがわかった。

「きれいな目だ」

 ロランドはメイベルのまぶたに口づけした。

「美しい頬……」

 今度は頬に口づける。

「かわいらしい鼻……」

 今度は鼻先に。

「なめらかな首筋……」

 首筋にすうっと舌を這わせる。

「あっ……」

 メイベルの小さなあえぎ声に、ロランドの股間が硬く反応した。

 やがて彼の口が艶やかな唇に到達した。

 まずは、やさしく触れるような口づけ。

 なんて甘く、麗しい唇……。

 そこをたっぷり味わったあと、いったん唇を離し、整った唇のラインを舌先でなぞっていく。

 ふたたび唇を重ねると、今度は荒々しく貪るように口を動かしはじめる。メイベルの舌を求め、吸いつき、絡めとろうとする。

 メイベルも情熱的に応じてきた。

 ロランドは彼女のふくよかな胸をてのひらにおさめた。

 あまりにもやわらかくて、温かい。

 親指でその頂点をさすると、メイベルの口から小さなあえぎ声がもれた。

 その声が、ロランドの欲望をいっきにかき立てた。

 もはやがまんの限界だ。

 ロランドはメイベルのローブを引きはがし、ネグリジェの裾をたくし上げ、すでに熱く潤んでいた腿のつけ根に手をあてがった。

 メイベルのからだが一瞬、硬直する。

 が、ロランドの指先がパンティの上から熱いぬかるみをなぞりはじめると、やがてそのからだがもどかしげにくねりはじめた。

 もっと先を求めるかのように、メイベルが腰を浮かせ、ロランドのからだに押しつけてくる。

 ロランドはぐっと息を飲みこんでいったんベッドに起き上がると、手早く服を脱ぎ捨てていった。

 それを見たメイベルも、ネグリジェを脱ごうとした。

 しかしロランドは待っていられなかった。

 ふたたびメイベルにのしかかると、ネグリジェの下からパンティに手をかけ、もどかしげに引き下ろしていった。

「ロランド……」

 その声にロランドは一瞬動きを止めたが、メイベルがかすかな笑みを浮かべて見つめていることに気づくと、そのまま彼女のなかに身を沈めていった。

 メイベルが言葉にならない声を発した。

「メイベル……メイベル……好きだ、好きだ、愛している!」

 ロランドは激しく腰を突き上げ、至福の絶頂へとまっしぐらに突き進んでいった。


 ともに極みを迎えたあと、ふたりはからだをぴたりと押しつけたまま、ただひたすらに相手の温もりを味わっていた。

 メイベルは愛する人の腕に抱かれる幸せを感じつつも、これが最初で最後だという悲しみに心が引き裂かれていた。

 このまま、時間が止まってしまえばいいのに……ずっとこのままでいられたら……。

 しかし時は無情だった。

 しばらくするとロランドが彼女の上からごろんと転がって隣に寝そべり、大きな満足のため息をもらした。

 メイベルは胸のなかで落胆のため息をもらした。

 もっと彼の温もりを味わっていたかった。

 もっと抱きしめていてほしかった。

 先ほど彼が愛を口にしたのは、欲望に突き動かされてのことにすぎない。こんなにすてきな男性が、一国の王太子が、わたしなんかを愛するはずはないのだから。

 やがてロランドの小さな寝息が聞こえてくると、メイベルはひとり静かに涙を流した。


     * * * * *


 早朝、メイベルは静かにベッドを離れていくロランドの気配を感じた。

「ロランド?」

 メイベルはベッドに起き上がった。

「ごめん。起こしたかい? 今朝は早くから公務がある。きみはゆっくり寝ていてくれ。昼食の席でまた会おう」

 そういうと、ロランドはメイベルの唇にそっと口づけした。

 しかしそれで終えることができず、すぐにキスを深めてきた。

 やがてふたり一緒にベッドに倒れこみ、それから半時間ほど、昨夜に負けず劣らず濃密な時間を過ごすことになった。


 ようやくロランドが部屋から出ていったあと、メイベルは彼が消えたドアをいつまでも見つめていた。

 しばらくしてわれに返ると、あきらめのため息をつき、シャワーを浴びて服を着た。

 早々にロンドンに発つつもりだった。

 ロランドには置き手紙を残していこう。なにもかも、この王宮に置いていくのだ。

 からだを重ねた思い出も、ロランドへの愛も。


     * * * * *


 うんざりするような公務をようやく終えたロランドは、メイベルを部屋に迎えにいく前に、いったん書斎に荷物を置きにいった。

 ところが書斎に入ったとたん、書き物机に置かれた指輪が目に飛びこんできた。

 メイベルに贈った婚約指輪じゃないか!

 あわてて駆けよると、指輪の下に封書があるのに気づいた。震える手で封を切り、中身に目を通す。

 メイベルからの手紙だった。

 もうロンドンに戻る、やはり婚約は解消してほしい、偽の婚約者の役割がこれほど大変だとは思わなかった――手紙にはそれだけが書かれていた。

「くそっ、どういうことだ!?」

 昨夜と今朝、あんなに情熱的に愛を交わしたというのに、あれも偽物だったと? ふたりして、あれほど燃え上がったというのに。

 すぐにもロンドンに飛びたいところだったが、数日後には戴冠式が控えている。それまでにこなさなければならない公務も山積みだ。

「くそっ、くそっ!」

 もはやどうしようもなくメイベルを愛していたロランドは、ひたすら毒づいた。

 やるせない気分で廊下に飛びだしたところで、アグネスとばったり出くわした。

 アグネスはロランドの動揺ぶりを見て取ると、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

「あら? どうかしたのかしら? もしかして、婚約者にふられたとか?」

 その態度を見て、ロランドは不審に思った。ひょっとすると――

「伯母さま、メイベルになにかいったのですか?」

「べつになにも。しょせん平民に王妃の役目など務まらないのですよ」

 伯母は、ほほほ、と笑い声を上げながら去って行った。

 なにかあるな――ロランドは伯母のうしろ姿をひたすらにらみつけた。

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