第2話 0と1
アンドロイドの反乱分子を率いていたガリアードが倒れた。
過去からの来訪者、アルドと、当世のエイミを中心メンバーとして。
都市の人々はこの結果に喜んだ。
水を差さぬよう、私は離れた所で見ていた。
私は人間ではない。大雑把にくくると機械。
この場に共にいることで、プラスになる可能性は低い。
ただの合理的な判断だ。
事実、アルドを囲んでいるのは、合成人間を除く街の人々と猫。
それでいいのだ。
それで。
それで、一区切りついたはずだった。
それなのに。
どくん。
「なんだ!?」
身体に直接くるような重たい響き。
地震とはまた違う。
大地ではない。
ワタシ自身が揺れている。
異変はそれだけにとどまらなかった。
街の人々は次々にヒトガタの光となり、粒子になって、最初からいなかったかのよう消えていく。
比喩ではなく現実として、存在が消失する。
アンドロイドはシステムをダウンさせてしまえば存在は消えてしまう。リィカという個体も、強制シャットダウンとスクラップでいくらでも抹消可能であるし、リセットや上書きを駆使しての記憶の操作も可能だ。一方で、アンドロイドを生み出した人間に対しては、いまだそんな技術を開発するに至っていない。
だから、こんな風に人が消えていくなんてこと、ありえない。
エラー、エラー、エラー。
理解不能。
「みんな!」
アルドがなすすべなく声を張り上げていく。
伸ばした手の先で、人が、猫が、消えていく。
そして、リィカでさえも。
構成要素が分解されていく。
エラーが表示されていても、目の前で起きたことは現実だ。
幻覚の類などではない。
「アルド……わたし」
消えかけている自分の目の前で、エイミもまた粒子になりかけていた。
アルドのみ、実体を保っていた。
この時代のものが、すべてなくなっていく。
であれば私自身も例外ではない。
生かされている意味は創造主と使用者が知っている。であるならば、意味がなくなれば生かされる理由はないのだから。
泣きわめく機能も、根拠もない。アンドロイドに恐怖はないのだから。
ただ、嘆く理由があるとするならば。
このままあの人を、過去からの来訪者を、一人にさせたくない。
残していきたくないという、理屈にならない思考だけ。
目が覚める、いや、意識を取り戻す。
真っ暗だった。
もしかしたら、夢であるのかもしれなかった。
からだの感覚はない。
動かすべき右手も、両足の存在も、感じられない。
これが、死後の世界というやつだろうか。
アンドロイドにもあるとは思わなかったけれど。
この意識ももうすぐ消えてしまうのだろう。
「X@a、X@a」
人間が話す言語に慣れた私には、一瞬わからなかった。
「手放さないで、リィカ」
紛れもなく、私への問いかけ。
「よかった。あなたはまだ自我がある。アンドロイドゆえね」
懐かしい声がする。
知っているような知らないような。
記憶領域に、なぜだかもやがかかっているけれど。
「ここは、どこなのデスか?私は、死んだのデスか? 」
であるならば、アンドロイドの同胞は嘆くことはない。死後の世界はある。死んでからわかったが。死が平等にあるならば、死後も平等だ。
「いいえ、あなたは死んでいない。まだ、ね」
「………………?」
それではこれは、死ぬ、つまり修復不能とまではいかないが、深刻なダメージを受けているということだろうか。
「私たちが生きている時間は、殺されたわ」
自身の心配は当座は後回しでいい。
問題は現状把握だ。
「それは、ガリアードの、悪あがきによって、デスか?」
「いいえ、違う。もっと昔の、過去の誰かによってよ。私たちには
「それほどまでに大がかりなコトが、起きたとでも言うのデスか!?一体なにが」
「わからない。わからないけどリィカ、彼が。アルドがきっとこの事態をなんとかします。殺された私たちを救いだしてくれる。ただ、それは大枠だけなの」
「大枠?」
「ええ、過去にあったなにかを、アルドはきっとあるべき姿へ戻してくれる。だけど、一度綻んだものは、簡単には元通りにはならないわ」
「……数式の解の出し方と一緒という、理解でヨロシイですか?」
「ええ。5+5で10を出したいのに、今は5+0で5になったと思ってちょうだい。答えを10に変えるために、アルドが向かっているけれど、5が元通りになるとは限らない。5+3+2かもしれないし、5×2かもしれない」
「計算式が違うという意味デスね。しかし、声の主サン、答えが同じなら未来もおなじなのではアリマセンか?」
帳尻を合わせるだけなら、過程にはこだわらなくていい。
「そうとらえることも可能かもしれないわ。けれど、計算と違ってね、未来は過程が違っていたら、結果が違うもの。例え都市が元通りになっても、エイミのご先祖が結ばれるべき人々と結ばれなければ彼女は生まれないわ。歴史に残らなくても、必要でない人はいないのよ」
「つまり、アルドと関わりがあるレベルの人間が存在する程度には、微調整が必要である
「そういうことよ」
「しかし、コストがかかりすぎます。人の身では荷が重すぎる。彼に任せるのは酷です」
「ええ。だからこれは、あなたへのお願いなの、リィカ」
ぴんと空気がはりつめる。
人の吐く息が白くなる真冬のような。
冷利な気配。
「人の身では耐えられない。アンドロイドのあなただからできる。お願い、アルドが旅を続けられるように、あなたが修正を行って」
算出されるのはかかる時間と成功率。変数が多い。
それでも。
「わかりマシタ」
断る選択肢はない。
私がアンドロイドだからではない。
ただ、彼の力になりたいからだ。
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