第64話:ミネルバの苦悩

 ミネルバは内心とても苦しんでした。

 自分が家族の頂点に立つという事は、実質人界の皇帝として君臨していたルーパスに成り代わるという事だ。

 慈悲深く勇者を庇って死んだミネルバの性格からは考えられない事だった。

 表向き強気にかかあ天下に見せかけているミネルバだったが、内心では誰よりも自分の愚かさを恥じていたし、自分の行いを反省していたのだ。


 ミネルバは、誰よりも自分が一番悪いのだと分かっていた。

 そもそも勇者が邪悪でクズな事を全く見抜けず、庇って死んでしまったのだ。

 オードリーに辛く哀しい思いをさせた本当の元凶は、ルーパスではなく自分なのだと、誰よりも自分が一番分かっていた。

 分かっていて、恥知らずにも謝らずにルーパスに責任を背負わせた。


 それはルーパスが既に自分とオードリーの為に悪逆非道を行ってくれていたから。

 清濁併せ吞む行動なのだと、今のミネルバには分かっていた。

 だが、相手がオードリーをはじめとした善良な民を苦しめた悪党とはいえ、あまりにも多くの人間を大魔王に生贄として差し出してしまっている。

 自分とオードリーへの愛ゆえの事ではあるが、人族から見れば裏切り行為だと考える者が出てくる可能性があった。


 その罪をできるだけ払拭するには、ルーパスに罰を与えなければいけない。

 家臣を始めとする人から苦笑される所を作らなければいけない。

 それと新たな人類の救世主に相応しいのはオードリーなのだ。

 だが、ずっと辛く哀しい思いをしてきたオードリーに、根本的には人間を信じられず憎んでいるオードリーに、救世主や勇者の責任を負わせる事はできなかった。

 だから恥を忍んで自分が前にでて目立つ存在になったのだ。


「愛するミネルバよ、大魔王との交渉はいつ始めればいい」


「まだよ、まだ今の状態では大魔王には勝てないわ。

 時間が経てば経つほどこちらの方が有利なのよ。

 大魔王が何か言ってこない限り、こちらから交渉を始める必要はないわ。

 それに、大魔王だってできるだけ多くの魔力が欲しいはずよ。

 何といっても神々と戦うというのだから」


「確かにその通りだが、大魔王との約束がある。

 私は心配なのだよ、ミネルバ。

 ミネルバを蘇生したのは大魔王が教えてくれた魔法陣だ。

 その魔法陣に何らかの仕掛けがあっても不思議ではない。

 我々が裏切れないように、ミネルバの命を奪う仕掛けがあって当然なのだ。

 それでも時間稼ぎをするというのだな」


「……分かったわ。

 下手な時間稼ぎをして、オードリーの前で死ぬわけにはいかないわね。

 魔界に行く必要はないけれど、約束は果たしておくべきね」

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