31話 後輩の心に問題発生

 今日は2月6日日曜日。天気は晴れ。最高気温8度の今日、俺がいるのは、温かい部屋のこたつの中ではなく、外だった。駅前の時計台の下に腰かけて、もう30分も経つ。しかし、俺はいまだにその場から離れることを許されていなかった。


理由はまぁ、簡単な話で、要するに待ち人が来ていないからだ。約束の時間15分前に来た俺だが、もう30分立っている。おわかりだろうか。そう、そいつは遅れているのだ。連絡もなし、姿もなし。これではもはや忘れているのかとさえ思えてくる。


それからさらに15分後、ようやくそいつは現れた。




「すみません先輩~。遅れちゃいました~」




 そう言いながら駆け寄ってきたのは、下村学園随一の後輩キャラ、森橋夢叶だ。




「遅れちゃいました~。じゃねぇよ。寒くて死ぬかと思ったぞ」


「もー。そこは良いよ全然。俺も今来たところだし。でしょ!」


「そんなレベルじゃねぇよ。いつ来るかも分からん中、こんな寒空の下で永遠と待たされてる身にもなれ!」


「やれやれ。これだから先輩はモテないんですよ」


「そんな理由ならモテなくて結構!」




 俺は、軽快に突っ込みつつ、夢叶にチョップをした。遅れてきたことに対する罰だ。




「まぁ、こんな寒いところでいつまでもいると風邪ひきそうなので、早く行きましょう、先輩!」


「お前、反省の色が見えないな。こっちはその寒いところでお前を30分以上待ってたんだぞコラ」


「さ、早く行きましょ、先輩!」


「人の話を聞け!」




 そう言って、俺と夢叶は七宮モールに向かった。




 そもそも、何故こんなことになっているかと言うと、時は数日を遡ることになる。






 2月3日木曜日。


 花蓮との仲直りデートから数日たった今日、俺はあの日以来元に戻ったと言うか、むしろ進展した花蓮との関係に浸っていた。




「匠君。お昼ご飯一緒に食べよ!……2人で」


「お、おう。そうだな。2人で食べようか」


「うん!今日は、匠君が好きそうなのいっぱい作ってきたんだよ!」


「へー。それは楽しみだな」




 そんな会話をしながら、俺たちは教室を出る。…手を繋いで。


 明らかに、今までの俺たちの関係は良くなっていた。雨降って地固まるというやつだろうか。おかげで、俺はとても幸せな生活を送れているからいいのだが。


 今までは大半の人が俺と花蓮が付き合っていることを知らなかったのだが、今となっては同級生ならほとんどが、上も下も少しずつ知っている人が増えていた。もちろん、そのことについて嫉妬の眼差しで見てくる男も多々いるのだが、それはスルーさせてもらっている。




 そんな幸せオーラ全開で教室を出た俺と花蓮は、食堂に向かった。


 道中もたわいもない会話に花を咲かせながら、幸せオーラを周囲にまき散らしていた。まったく、俺が周りの人間側なら殺意がわいてしまうだろうと思うほど、あまあまな空気を漂わせていたと思う。




食堂には、いつも通りといった程度の人がいた。30人程度。グループ数にして20弱。あまり多くない全校生徒から考えると、妥当といえるほどの人数だ。


俺たちは、2人用の席に向かい合って座った。




「今日も席が空いててよかったね!」


「そうだな。ほんと、ありがたいよ」




 そう言って俺たちは弁当を開けた。


 俺の弁当は、弁当であって弁当でない。言うならば日の丸弁当の梅抜きのようなもの。まぁ、普通に白飯だ。何故、そうなっているのかと言うと、花蓮がおかずを作ってきてくれるからだ。




「はい、匠君。あ~ん」


「あ、あ~ん」




 そう言って、俺の口に運ばれたものは卵焼きである。


 定番といえば定番だが、やはりおいしい。そう言えば、前も貰ったことがあったけど、さらにおいしくなっている。いや、これは状況のおかげかもしれないが…。




「どう?おいしい?」


「うん。すごくおいしい。ありがと、花蓮」


「えへへ。どういたしまして、匠君」




 あぁ、幸せだ。そう思わずにはいられなかった。だって、そうだろ?最近まで、少しばかり距離があった彼女と、今はそれ以前の関係を持っているのだ。こんな甘々な展開、最近は無かったし、とてつもなく幸せだ。


 そんな俺たちからは、おそらく満開の花のオーラが放たれていたのではないだろうか。




 そんなこんなで、俺たちは今まで以上にいい関係になっていたのだ。もちろん、あの日以来、毎回一緒に帰っているし、部活も毎日言っている。そこでは、2人だけの空気は出さず、みんなでワイワイすることを心掛けている。


 まぁ、控えめに言って、超青春を謳歌している。世の中の学生の皆さん、なんかすみませんね~。




 だから、要するに、だ。今日もまた、例に漏れず一緒に部活に行き、一緒に下校するはずだった。そう、だったのだ。あのメールが来るまでは。




━先輩、今日放課後暇ですか?


 ちょっと相談に乗ってほしいんですよね~。


 校門前で待ってるので来てくださいね。




 PS


 プレゼント選びの件。覚えてますよね?






 脅しだ。間違いなく脅しだった。後輩に脅される先輩。威厳もへったくれもない。


 まぁ、事実として世話になったのだから、恩返しくらいはしなくてはと思っていたので、俺はすんなり了承した。




 そして、放課後。俺は花蓮や花達に用事ができた件を伝え、足早に校門に向かった。


 そこには、すでに夢叶が門にもたれかかりながら待っており、「誰待ち?」とか聞かれて、愛想笑いを浮かべながらうやむやに対応していた。


 あの状況で、「よう、夢叶。待たせたな」とか言って入っていたら、それだけで大騒ぎになりそうだ。それこそ、せっかくつかみ取った今の幸せを失うことになるだろう。


 だから、俺は猛烈に悩んだ挙句、スルーして門を出て、駅とは反対方向に曲がり、夢叶にだけ伝わるようにしようと考えたのだった。




 俺は、スタスタと校門目掛けて歩きだし、校門を出ていつもとは反対の方向に曲がろうとした。その時だった。




「あ、先輩。遅かったじゃないですか。待ちくたびれましたよ~」


「……」




 夢叶が話しかけてきたのである。しかも、周りには男女共にそれなりの人数に囲まれながら。夢叶は、俺の元へ駆け足で近づいてくると、自然に腕に抱き着きながら、俺を引っ張りだした。


その光景に、周りは唖然としていた。無理もない。1年首席で学年1モテる女の子が、学校でも有名なほどの女の子の彼氏とまるで恋人のようなムードを漂わせているからだ。


 さすがに、俺もこのままでは変な噂が立つと思い、少しテンパっていた心を落ち着かせて、冷静に対処した。




「おい、夢叶。いつもいつも言ってるけどさ、その謎のノリやめてくれ。変な誤解を生むだろうが」




 俺がそう言うと、夢叶はスッと腕から離れて、拗ねたような口調で話してきた。




「先輩は、私と誤解されるのが嫌なんですね」


「あぁ、嫌だとも。当たり前だろうに」


「ぐぬぬ…」




 普通の男なら、「べ、別にそう言う意味じゃねぇよ…」みたいな展開になっていたかもしれないが、生憎、俺には心に決めた相手がいるのだ。残念ながら、ここだけは微塵も動かない。少し可愛いと思ってしまったけど、関係ない。そう、関係ないのだ。




「な、何だ、そう言うことかよ」


「ゆめゆめにも信頼できる人ができたんだ。良かった良かった」


「てっきり夢ちゃんが裏切ったのかと思った…」




 などなど、様々な意見があったものの、皆変な勘違いはしていないようだ。良かったよかった。


 それにしても、いつまでもここに居るわけにもいかなかったので、俺たちは近くでも遠くでもない微妙な位置にあるファミレスに入った。






「で?さっきのはどういうつもりだったんだ?」




 俺は、席に座りデザートとドリンクバーを頼んだ後、さっきのことについて夢叶に事情聴取を行っていた。




「せ、先輩が私のこと置いて逃げ出そうとしたからですよ」


「了解だ。そう言うことだな。お前は逃げの方向で進めるんだな、あぁそうか分かった」


「わ、私は、別に、そんなこと……」


「もうさっきみたいな流れいいから」




 夢叶がまたさっきみたいに拗ねた口調になったので、俺はバッサリ切り捨てた。


 そして、俺は置いて行こうとした理由を話した。




「あのな、俺がお前の約束をすっぽかして帰るつもりだったなら、そもそもあの時間に帰ってねぇよ」


「…」


「部活行ってから帰るんだからな。それに、わざわざ了解のメール返しただろ」


「……」




 無言。無視でもしているのかと思うほどに無言。


 俺の話は聞いているようだが、返事をする気はないのか、はたまた何か考えているのか…。


 そんなことを考えていると、突然夢叶が口を開いた。




「それぐらいは私も分かってましたよ……」


「なら何で……」


「…輩と……に…りたか………ら…」


「は?」




 夢叶がいつになくごにょごにょと話すので、思わず俺は聞き返してしまった。


 少し恥ずかしそうに見つめながらそんなことを言うので、少しドキッとしてしまったのは、少し反省するところだが。


 そんないつもと違う夢叶だったが、しかし、一呼吸置くといつもの表情に戻った。そして、さっきの会話は無かったように本題に入ってきた。




「先輩、今日は来てくださってありがとうございます」


「お、おう…?それより、なんて言ったのか…」


「今日お呼びした理由はですね、2つあるんですけど、1つは以前お願いというか愚痴と言うか、そんな感じでお伝えしたことがあるのですが、もう1つは新規です。どちらがいいですか?」


「あ、もう無視なんですね、さっきのは…」


「どっちがいいですか?」


「はぁ~。じゃぁ、前者で」


「分かりました」




 完全になかったことにした夢叶だが、どう見ても怪しい。逆になんて言ったのか気になる度が増してしまった。しかし、夢叶には話す気が一切なさそうなので、断念することにした。




「えっとですね。私がサッカー部のマネージャーで辞めたいな~って話は覚えてますか?」


「あぁ、それな。手を打つって言ったやつか?」


「覚えてたんですか?」


「言われて思い出した、に近いかな」


「それでもすごいですね。だてに学年上位ではないですね」


「いや、学年1位が何言ってんだよ」


「え、私の学年順位知ってたんですか?」


「ん?ほら、この前張り出されてたから」


「今までこんな話題振っても、私のことなんてなんにも言ってなかったじゃないですか」


「まぁな。この前の実力テストで初めて知ったからな」


「私の期待を返してください」


「何の期待だよ!」


「そ、それは……」




 と、ここで急に言葉を詰まらせて上目づかいでチラチラとこちらを見てくるので、ドキッとしてしまう。まったく、急にそう言うのをやめていただきたい。キャラじゃないし。


 しかしまた、一拍すると元に戻って何もなかったように続けた。




「それで、その件何ですけどそろそろ本当に部活やめようと思ってるんですよ」


「あぁ、なるほどな。いいんじゃね?」


「それで、ですね。できれば私も先輩の部活に入れてもらえないかと思いまして……」


「ほう」




 夢叶は、少しだけ申し訳なさそうにそう言ったので、少しだけ意外だった。そして同時に、これが本気で言っているのだと分かった俺は、少し考えた後返事をした。




「まぁ、知っての通り、うちの部活は審査式だからさ、俺1人ではどうにもできないんだよ」


「そ、そうですか…」


「まぁでも、俺からのじきじき推薦で話を通してみるよ」


「ほ、ほんとですか!」


「あ、あぁ。まぁな」


「ありがとうございます、匠先輩」


「お、おう…」




 いつも以上に喜ぶ夢叶を見て、俺は少しだけ驚きつつも、次の話を促した。




「ま、まぁ。その話は良いとして、もう1個の新規の方は?」


「あぁ、それですね。それなら簡単な話ですよ。今の時期、女の子のイベントといえば?」




 そう言って、ほら、分かるでしょ?と言って目で見てくる夢叶。しかし、すぐにピンとこなかった俺だが、3分程考えてようやく答えが出た。




「あぁ、バレンタインか」


「そうですそうです。まったく、どれだけ時間かかるんですか!てっきり目を開けたまま寝てしまったのかと思いましたよ」


「悪い。夢叶にバレンタインについて相談されるとは思ってなかったから」


「まぁ、相談って言うか、荷物持ちとして一緒に買い物に行って欲しいんです」


「い、嫌だと言ったら?」


「プレゼントの件、覚えてますよね?」


「で、ですよねー…」


「もちろん、来てくれますよね?」


「は、はい…」






こうして、半ば強引に。本当に強引に、一緒に行かされることになったのだった。


 目の前で、鼻歌交じりで歩いている夢叶を見て、俺は思わず溜息を吐いてしまった。




「はぁー」


「先輩、溜息したら幸せが逃げちゃいますよ?」


「誰のせいだか…」




 そして、俺はふと思い出して夢叶に聞いてみた。




「なぁ夢叶」


「はい?なんですか?」


「そう言えば、あの時なって言ってたんだ?」


「なんですか?」




 なんの事を言っているのか分からないと言った感じの彼女だったので、俺は分かりやすいように言い換えて聞き直した。




「ほら、この前俺がお前の事置いて先に行こうとしたときに絡んできた理由だよ。アレ、ごにょごにょ言われて聞こえなかったからさ」


「ぐっ…」


「しかも、なんかうやむやにされたし」


「ぐぐっ……」


「なんて言ってたんだ?」




 俺がそう聞くと、夢叶は小声でつぶやいた。




「先輩と一緒に行きたかったから……」


「え?なんて?」




 またもや聞こえなかったので、聞き返すと、夢叶はこちらを見て舌を出してこう言ってきた。




「私はちゃんと言いましたので。聞こえなかった方が悪いんですーだ」


「なっ……」




 そう言って、夢叶はスタスタと早歩きで進んで言っていしまった。


 耳が少し赤に染まっていることを、誰にも気づかれないように。

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