30話 彼女とデートで問題発生

 実力テストも終わり、沙恵は本当にまた旅立ってしまった。


 あれからかれこれ1週間がたった。俺たちは特に何も変わらない日々を坦々と送っていた。いや、実際には少しだけ変わったことがある。ほんの少しだけだ。




「ごめんね、匠君。どうしても今日はお母さんに頼まれてる用事があって、部活いけないから……」


「う、うん。分かった。じゃぁ、今日も一緒に帰れないんだね」


「そ、そう言うことだから……じゃぁ、また明日………」


「ま、待って!」




 吐き捨てるように別れの言葉を告げて、そそくさと帰ろうとしていた花蓮の手を、俺は咄嗟につかんだ。




「待って、花蓮」


「ど、どうしたの?」


「今日俺も部活行かないつもりだったんだよ。今日は花も塾の講習があってこれないし、陽菜と2人になるから、相談した結果今日は休みにすることにしたんだ。だからさ、今日は一緒に帰れるよ」




 俺は少し食い気味にそう言った。正直に自白すると、必死だった。


 何故なら、実力テストの結果発表の日から、一度も一緒に帰っていないからだ。




「じ、実は今日の頼まれごとは電車じゃなくてバスで行く感じだから、進行方向逆なんだよね……」


「じゃぁ、一緒に行こう。別に俺今日何も予定ないし、家に帰ってもだらだらするだけだからさ」


「でも、ほら。おうちの人の手伝いとか頼まれるかもしれないし…」


「大丈夫。俺、一人暮らしだから」


「で、でもほら、それなら家のこと全部自分でしないといけないんでしょ?だったら、匠君の時間をとっちゃうのはダメかなって……」


「いいよ、いいよ」


「いや、でも何だか気が引けるって言うか、迷惑かけちゃうって言うか…」


「それなら心配無用だよ。デートっぽくていいし」


「で、デート…」


「そう、デート。だから、気にしなくていいよ」


「……」




 俺がそう言うと、花蓮は何も返すことができず、言葉を詰まらせた。


 そして、何か気まずそうに、斜め下を見ながらボソッと呟いた。




「いや、でも、ほんとに今日は1人で行くから……」




 そして俺は悟った。俺が何をしたのかは、いくつか思い当たる点がある。間違いない、花蓮は今、俺に怒っている。そこまでたいしたことではないのかもしれない。でも、確実に怒っているのだ。


 それなら、俺がこれ以上食い下がる必要はない。




「そっか。分かった」


「う、うん…」




 そう言って、花蓮は去ろうとした。


 しかし、俺はもう一度だけ引き留めた。




「か、花蓮!」


「な、何かな、匠君」


「今週の日曜、どこか行かないか?」




 今日がダメなら、せめて謝るチャンスが欲しかった。だから、俺は最近行っていなかったので、それも付け足した。




「わ、分かった。それじゃ、今週の日曜日は開けとくね!」


「お、おう。じゃぁ、またな」


「うん。またね」




 そう言って、花蓮は帰っていった。






「明日、か……」




 本日は1月22日土曜日。花蓮とのデートの前日だ。


 俺は、考えていたことを整理していた。




明日のデートは、俺にとって勝負のデートになる。


理由はもちろん仲直りのようなものをするからだ。


花蓮は、普段の会話および生活では、いつもと何も変わらなかった。現に、デートに誘ったときも、声色が明るかった。


だから、俺が考えるに、何かあったとしたら帰宅の時だ。花蓮は、一緒に帰ることだけを避ける。つまり、そこに問題があると思う。


そして、それが始まったのが実力テストの結果発表の日、だ。その日一緒に帰宅したのは花蓮ではなく沙恵だった。


つまり、そう言うことだ。俺があの日、結果発表の日、屋上に行ったのを見ていたということだろう。しかも、話している途中に、無断でいってしまったのだ。怒っていても無理はない。だからこそ、しっかりと謝るんだ。物で謝るのでなく、心で謝る。それが大切だ。謝罪の時に、わびを持っていく人が多くいると聞く。誠意を示すために、持っていくらしい。しかし、それは誠意ではないと思う。


そもそも謝罪というのは軽いものではない。ぶつかった時にすみませんと言うレベルではないのだ。だから、そんな大ごとを起こしてしまった人間が、許してもらえると思っていることが、そもそも誠意がないのだろう。


謝罪は、自分の非を認め、反省していると言うことを伝えるもの。つまり、許しを請うものではないのだ。だから、たとえ謝罪したとしても、死ぬまで許され無い事だってある。それは、当たり前のことだ。だから、俺は絶対に物を渡さない。渡すなら、謝罪後、関係を戻していく段階に入った時に、関係を深めるために渡す。それが正しいのではないかと、俺は考えている。




「気まずい雰囲気にするのは、花蓮に悪い。だから、最初に謝る。そして、今回のデートを関係を深めるためのものにする」




 これこそが俺の真の目的。


 俺が悪いことをしたんだから、絶対に俺が謝らなくてはならない。そうでないと、俺たちはそう遠くないうちに疎遠になってしまうだろう。そんなのは嫌だ。だから、俺は花蓮に謝る。いつもの些細な喧嘩とは違い、許してもらえるかは分からないし、許されないかもしれない。例え花蓮が許してくれても、花蓮の心には傷が残るだろう。修繕は不可能。


 だって、たぶん今回花蓮は長い間、今までよりも遥かに強く、苦しめられていたのだから。






 1月23日火曜日。デート当日だ。


 俺は約束の時間よりも1時間早く来ていた。今回は特に俺が後に来てはいけないのだ。遅れていなくても、後から来たものが謝罪なんてできないからだ。何か時間をつぶすものでも持ってこようかと思ったが、それは誠意がないと判断し、何も持ってきていない。スマホはあるが、ポケットの中に納まっている。




「誠意を見せろよ、俺」




 俺はそうやって自分に言い聞かせながら、少し冷えるので手をコートのポケットに入れて温めた。




 そして、約束の時間の15分前に花蓮はトコトコと走ってやってきた。




「お待たせ~匠君。ちょっと準備に手間かかっちゃって…。待ったよね?」


「いいよ全然。待ったって言ってもほんの数分だから」


「そっか。それならよかった。じゃぁ、行こっか」


「ちょ、ちょっとだけ待ってくれないか?」




 俺は、街に向かおうとする花蓮を呼び止めた。


 ここですっきり、はっきりさせておこう。大事な場面だ。おれ、頑張れ。


 そして、大きく息を吸って心を落ち着かせて、真剣な顔で頭を深く下げ、謝罪の言葉を発した。




「花蓮、悪かった」


「えっ……え?」


「いやさ、最近いつも一緒に帰れてなかったからさ、もしかしたら俺が何かしたのかもって考えたんだ。だから、もしかしたら俺があの日沙恵の元に行ったことに怒ってるのかな…と思ってさ」


「……」




沈黙。逆に怖いな…。




「匠君…」


「な、何だ。花蓮…」


「半分正解、だよ」


「と、言いますと?」


「私は匠君に怒ってなんかいないよ。私はちょっとだけ不安だったんだ。だから、どうしても少しだけ距離をとっちゃったの」


「そ、そうなのか?」


「うん、そうなの。だから私もごめんなさい」


「いや、いいよそんなの。どちらにしろ俺が悪かったんだし」




 そうだ。そうだった。花蓮はそう言う性格だった。常に心配する、そう言う人間だった。


 あの日、ラブレターもどきが入っていた時も、不安がっていた。そう言うことだったのか。




「じゃ、じゃぁさ。やっぱり俺が沙恵と一緒に居たことが原因だったのか?」


「う、うん。だ、だって、沙恵ちゃん可愛いし、もしかしたら私なんかより沙恵ちゃんの方を選ぶんじゃないかなって思ってて、それで、その、怖くて……」




 あぁ、ほんとに花蓮って子は…。


 いや、違うな。俺が伝えていないからだ。不安にさせた俺が悪い。なら、伝えなくてはならない、か。




「か、花蓮!」


「ど、どうしたの、匠君…」


「お、俺は、花蓮が好きだ。ずっと、な」


「ッ……!」




 俺のストレートな気持ちに、花蓮は顔を真っ赤にした。




「そ、そう言うのずるいよ、匠君……」


「そ、そうかもな。でも、それくらいしなくちゃ、花蓮に伝わらないかもって思って…」


「そ、そ、そんなこと……ある、かも……」


「だ、だろ……」


「う、うん……」


「…」


「…」




 お互いに顔を赤くして俯いてしまった。うん、これは自滅だ。


 そして、ここでふと大切なことに気づいたのは、俺が先か花蓮が先か。2人して同時に顔を上げ、周りを見渡す。


 すると、そこにはこちらを見てにやにやしている人や、微笑ましく見ている人や、リア充爆ぜろと言う目で見てきている人など、三者三葉なギャラリーがいた。


 俺たちは、そのことに気づき、恥ずかしくなった。そして、あまりの恥ずかしさのせいで、また顔を俯かせそうになったが、俺たちはまだここに留まり続けられるほどの強靭なメンタルではないので、早くこの場を去ることを優先した。




「じゃ、じゃぁ行こっか」


「そ、そうだな」




 俺たちはそう言って、手を繋いでその場を後にした。






「ふぅー。あぁ成るとは考えてもなかったな…」


「そうだね。あんなにいっぱいの人に見られてたなんて恥ずかしいよ…」


「ま、まぁでもよかった。正直このままぎこちない状態が続くよりはよっぽどましだったし」


「そ、そうだね。確かに。何だかさっきの一件のおかげで匠君と普通に喋れてるし」


「しかしやっぱりまだ気になるんだけどさ、花蓮」


「どうしたの、匠君?」


「原因が帰宅の時だったにしてもさ、何で普通に会話とかするときは何ともなかったのに、何で帰るときだけそこまで渋ってたんだ?」




 俺は、少しだけというか、かなり気になっていた疑問をぶつけた。


 正直、普通なら日常でも何かしらの変化があると思われるのに、なぜか花蓮にはそれがなかった。なら、それはどういった理由があったのか、知りたいと思うのは普通だと思う。




「そ、それは、ね……」


「うん。それは?」


「それは……匠君とお話ししたりするのが楽しかったからで…だから、その……」




 花蓮はそう言うと、恥ずかしさで顔を赤く染め、また俯いてしまった。


 今度は特に目立たないような場所、というか人目のないところに居たので、周りからの目線に気にする必要はない。すなわち、花蓮の可愛い顔を見放題だと言うことだ。


 っと、そんなこと言ってる場合じゃないな。まだ聞き足りないことがあるんだった。




「そっか。そう言う理由だったんだ…」


「う、うん……」


「じゃぁさ、何で一緒に帰ることだけはだめだったんだ?」


「それは、ね…。私に勇気がなかったから……」


「勇気?」


「うん。勇気。匠君に、あの日はどんなお話をしていたのか聞く勇気」


「なるほど…」




 ようやくすべてが理解できた。というか遅すぎるだろ早野匠!彼女のことだろ、もっと考えろよ!


 ま、まぁ、終わったことは良いか。要するに、花蓮は俺があの日何をしていたのか気になっていた。まぁ花蓮のことだから、キスとか手を繋いだりとかハグだとかそんなことをしたんじゃないかとかって気になっていたのだろう。それと、どんな内容の話をしたのかとか。


 しかし、それを聞くほどの勇気はなかった。というか、花蓮のことだから、そんなところまで聞いてくる彼女なんてうざいよね…。なんてことを考えてしまい、余計に聞けなくなってしまったのだろう。まったく、可愛い彼女だ。


 それで、一緒に帰ると、どうしてもそのことが気になってしまうと考え、そうなると普段通りにはいかなくなる。だから、花蓮は一緒に帰ることを遠ざけたのだろう。一度遠ざけてしまったものは、何かの拍子以外ではなかなか近づけることはできないので、それが1週間以上も続いたのだろう。




「じゃぁ、今言うよ。あの日、何があったのかを…」


「う、うん。分かった。教えて、匠君…」


「じゃぁ、まず朝の話なんだが……」






 俺は、沙恵と話したことや、行った行動なんかを、洗いざらい吐いた。簡略しながらも、赤裸々に話した。告白されたことや、それを断ったことも。ただ、それは今までのふざけたものではなく、真剣そのものだったと言うことも。


 それを聞き終えて、花蓮は内心ホッとしたような顔で、話し始めた。




「そっか。沙恵ちゃんとはそんなことがあったんだ…」


「う、うん。そうなんだよ……」


「でもそっか。友達になったんだね」


「う、うん……」


「連絡とかは取ってるの?」


「ま、まぁ、メールとか電話とかで……」


「ふ~~ん。そっか」


「へ?」




 突然、花蓮が全くキャラに合わない口調で納得をした。というか、さっきの会話で何かまずいことがあったのか…?


 何も分からず沈黙していると、花蓮は頬を膨らませ、少し拗ねたような口調でボソッと呟いた。






「私とはあんまり電話してくれないのに……」






 この瞬間、約10秒の間、俺はこの世界から離脱した。


 あぁ、可愛いとかの次元じゃないぞコレ。もはや神の領域じゃないか?なんなの?俺の彼女ってこんなに可愛いの?いつも可愛いけど、拗ねた花蓮ってその何倍も可愛いんだが…!


 俺が花蓮の可愛さのあまり、悶え死にかけていると、花蓮は俺のことをチラッ、チラッっと見ながら、何かを訴えかけていた。


 俺は一度冷静になって考え、答えはすぐに出た。


 だから、俺はその期待に沿っているかどうかは分からないが、俺の中の答えを花蓮に言った。




「花蓮」


「な、何かな?匠君…」


「毎日電話してもいいですか?」




 俺は至ってまじめにそう言った。


 すると、俺のあまりにも真剣な姿勢にやられたのか、花蓮は顔を真っ赤にしながら、それでもこう答えた。




「い、良い、よ……」




 こうして、俺と花蓮の毎日の恒例行事として、電話が追加されたのだった。

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