29話 マドンナの真実で問題発生

 結果発表日当日。


 俺は、結果を確認した後すぐに、恐らくとある場所に向かうだろう相手を尾行していた。尾行と言うか、後をつけてるに近い。別にストーカーとかそう言った類のものでもないけど。




 そしてその少女は、階段を上り、一番上まで上がった。そして、予想通りその場所の扉を開いて出て行った。


 俺はそのすぐ後に同じ扉を開き、フェンスに片ひじを乗せて黄昏れている少女に話しかけた。




「お前の負けみたいだな、沙恵」


「……」




 俺の問いかけに、彼女は返事こそしなかったものの、ピクリと反応をした。




「だからさ、教えてくれよ。お前の本当の目的を」




 何だかすごくカッコつけて言っているが、別にそう言った話ではない。目的とかなんかかっこいいし、アニメチックだからいってみたかっただけだなんて、口が裂けない限りは言わない。




「目的…ね。相変わらずたくらしいよ……」




 そう言った彼女からは、以前までの雰囲気が感じられなかった。




「お前、ほんとに沙恵なのか?」




 俺は思わずそんなことを聞いてしまった。


 いつもと違う、なんというか、自分の世界を持っていない沙恵。話していると、嫌でも引きずり込まれる感覚になる彼女が、今ではそんな面影すらない。




「嫌だなぁ、たく。私は沙恵に決まってるじゃん…」


「沙恵……」




 いつもと違うことは分っていた。しかし、ここにきて分かったことがあった。多分、今の沙恵が彼女の素、なのだろう。間違いない。今まで俺が見たことのない、彼女の素の状態。現に、彼女の第一人称が沙恵ちゃんではなく私になっている。これは、核心に迫るものだと思う。


今の沙恵は、自分の世界に引きずり込んで、自分の本物を見せないために作っていたものが全くない。




「お前、そこまで答えてるのか?たった1回花にテストで負けたことが」


「……」




 俺は、色々と分かってきたこともあったが、これだけは本当に分からなかった。


 何故、今沙恵が素の状態になったのか。何故、彼女はそもそも偽っていたのか。この2つが分からない。


 そんなことを思っていると、沙恵が重い口を開くかのように、ゆっくりと話し始めた。




「まず、そうだね。何から話そうかな…。私が今こんな感じなのは、悔しいとか、そう言うのじゃないんだ。うんうん、確かに悔しい。負けたことは悔しい。でも、そうじゃないんだ」


「…」


「羨ましかった」


「………え?」




 俺は驚いて、思わず変な声を上げてしまった。当たり前だろう。だって、急に羨ましいとか言われたのだ。何が?とも思ったが、それよりも沙恵の口から羨ましいなんて言葉が出てきたことに芯底驚いた。


 だって、彼女は自分こそが最も恵まれていると考えているような人だったから、まさか人に嫉妬なんてしているとは到底思っていなかった。




「俺のどこが羨ましかったんだ?」


「宅もそうなんだけど…私が羨ましかったのは花蓮ちゃんとか花ちゃんとか、陽菜ちゃんとか、かな」


「え?花蓮たち?」


「そう」




 まさかだった。もしかしたら花蓮を羨ましがっているのかもとは思っていた。しかしそれは、俺が花蓮と付き合っていて、現に沙恵との勝負が始まるきっかけとなった時の話で、俺のことを好きだと言う類の言葉を発していたため、それがあるのかと思っていたが、花や陽菜が入ってくると、また話が変わっていしまう。


 いったいなぜなのかと考えていると、俺の内心を見透かしたのか、彼女は自ら説明を始めた。




「みんな、たくと仲いいじゃん」


「そ、そうだな。我ながら恐縮なことだと思っております」




 実際、あれだけの方々と無償で関わらせてもらっていることに有難みを感じている。




「そう言うことじゃなくてさ、正直いいなぁって思ってたの。そう言う関係」


「はぁ…」


「仲良く休み時間に話したり、休日みんなで遊んだり、そう言うの、したかったんだ」


「普通にしてただろ、友達と」


「うん。確かにしてた。でも、私がしたかったのは有象無象の友達じゃなくて、たくなんだ」


「……」




 いつもの調子で言われても、特に何も感じなかったが、今のお茶らけていない状態で特別扱いされると、さすがに心臓が持たない…。




「ほんとは、たくとそんな感じで、普通に話して普通に遊んで、普通にかかわっていきたかった」


「……なら…」


「でも、私ってさ、実はすごく恥ずかしがり屋なんだよ?自分で言うのもなんだけど。だから、素直に自分の気持ちに従えなかった。だから、変な絡み方しかできなかった。それでもいいからたくと関わりたかった」


「なるほど……」


「でも、後戻りもできなくなった。こんな印象から始まって、どうやってもその印象を覆すことができるプランが立たなかった。賢者とか呼ばれてた私でも」


「……」




 なるほど、な。俺はここにきてようやく笹中沙恵という人物を少しだけ理解することができた。


 言いにくいけど、俺のことを少し特別に思ってくれて、それで関わってくれようとしたけど、羞恥が邪魔をして上手く話しかけられなかった。だから、少しぶっ飛んだキャラクターになることで、上手くいった。まぁ、結果的にはいい方向に向いていないと言える。そのせいで当初求めていたものが手に入らなくなってしまったからだ。




「それならさ、今からでも遅くないんじゃないか?別に、まだ高校生活は残ってるわけだし」


「えっ……?」


「まぁ、そうだな。自分から言うのが嫌なら、俺が周りの奴らには言ってやるし。まぁ、俺の発言で影響力があるのはほんの少しだけだけどな」


「で、でも……」




 俺の提案に、彼女はなかなか首を縦に振らない。




「無理にとは言わないし、すぐにとも言わない。少しづつでもいい」




 だから、俺はそう言った。


 彼女が抱えていることを、その羨ましいと思う意持ちを、少しでも和らげることができるのなら、そうしてあげたい。俺ができることなんてかずるくないけど。




「そう言えばさ、何で今回こんなことしたんだ?」




 俺は、話変わって、少し気になっていたことを尋ねた。


 別に、関わるだけならいつも通りでよかったんじゃないのかと思ったからだ。




「言ったよね?私、楽しみたいって」


「………え?」


「楽しみたかっただけ。ただただ高校最後の思い出が欲しかっただけ」


「…ん?」




 俺は今、聞き流すことのできないことを聞いた。




「高校最後?」




 俺は、その言葉んい、嫌な予感がした。何か病気なのか、そう言った運命なのか、と。


 しかし、その意味は、違った意味で当てはまった。




「うん。私、こっちに来てからずっと嘘ついてたんだけど、私は別に戻ってきたわけじゃないんだ」


「え…」


「お父さんの海外出張は、もう1年以上はかかるんだって」


「それじゃぁ…」


「そうやっていろんな人に言われたよ?でも、私は両親が居なかったら何もできないから」


「だから、最後に楽しむために?」


「そうだね。あとは、バイバイとか言いに来た。それと、みんなの現状を確認しに来た」


「ん?現状?」


「まぁ、正直それ確認しに来て、もし空いてたら狙おうと思ってたのに、花蓮ちゃんと付き合ってるっていう話を聞いて、動いたんだってなったよ。まぁ、今日改めて見て、付け入るスキがないなってなって少しがっかりして、負けたなって思って黄昏れてたんだけど」


「それで黄昏れてたのかよ」


「そうそう!」




 そう言いながら、アハハと笑う沙恵。


 俺は、少し照れながらも、決して顔に出さまいと必死にこらえていた。




「こんな状態なのは、それが少しと、最後だから思いっきり告白するためだったんだ。これが真実。これが全て」


「なるほど…」




 ん?なるほど?


 俺はなるほどじゃない気がして、ふと沙恵を見る。すると、彼女は後ろに手を組んで、少し下の方を見ながら、伺うようにこちらをチラチラと見て、ついに何かを決心したように、顔をパッと上げた。




「たく。いや……早野匠君!あなたのことがずっと好きでした。そして多分、これから先も好きです。付き合ってください!」


「……」




 沈黙。すなわち不可のサイン。


 なんて、都合のいい物なんてない。ただ、何となくでしかないのだ。それでも、今回のは偉く心に響いた。女子から告白されるなんて、これで人生で3回目だ。多いのか、少ないのか、これは人によって異なるだろう。でも、俺は思う。こんな何の変哲もない、面白みの欠片もないような人間が、3度も告白されるなんて、それは多いだろう。いや、多い。


 それでも、俺の答えは言わずもながら決まっていた。それは沙恵も分かっていることだろう。でも、今までのふざけたものとは違う、真剣な告白に、俺は適当に返していいはずがない。


 俺はそっと息を吸い、そっと吐いてから、もう一度息を吸う。そして、言葉を吐く。




「ごめん、沙恵…。俺はお前の気持ちにこたえることはできない。だから、ごめん」


「分かりました。じゃぁ、これで私は本当の意味でフラれたことになるね。ありがと」


「なんで感謝なんだよ」


「だって、私が最後だから、気持ちを汲んでくれたんでしょ?そう言う所が好きだったよ」


「ありがとうとだけ返しとくよ」


「…うん」


「…」


「…」




 しばらくの間、俺たちは顔を合わせることもなく、ただただ気まずい沈黙の中でどこか遠くを眺めていた。現実逃避に近いその行為は、10分程続いた。


 終わりを告げたのは1限目の予鈴の鐘。


 俺たちは互いにぎこちない笑みのまま、それぞれの教室へと向かった。






「匠君、ごめん!今日、用事ができて一緒に帰れなくなっちゃった」


「あぁ、別にいいよ。気にしないで」


「うん、ほんとにごめんね?」


「いいっていいって、人間生きてたら用事の1つや2つくらいあるよ」


「そ、それもそうだね。じゃ、じゃぁ、今日は部活休むからよろしくね。また明日ね」


「おう、また明日」




 俺はそう言って手を振って見送る。


 さてと、俺もそろそろ部室に行きますか。






 部活という名の集まりは、今日も何事もなく終わった。


 花は本日の復習を俺と話しながらして、陽菜は昼寝をする。俺は復習をしながら少しばかり考え事をしていた。もちろん、言わずもながら沙恵のことだ。


 正直、沙恵があんなかんじだとは思わなかった。だってそうだろ?今までどれだけ好きと言われていても何とも感じなかったし、むしろ鬱陶しいとさえ感じていた。しかし、さっきのは何だ?あれが素の沙恵?正直可愛すぎんだろ。花蓮が居なかったら惚れてたかもしれん。何が可愛いのか、と言われるとなかなか答えずらいが、何となく人を、俺を、魅了する何かを持っていた。はかなげな顔が似合う女の子だと思った。でも、たぶんそれは誉め言葉にはならないな。




 そんなことを考えながら、俺はいつものように教室のカギを職員室に返し、今日は誰も待っていないので、いつもより気持ちゆっくりと歩いて下足場に向かった。


 靴を履き替え、外に出る。


 もう1月も半ばになっているので、さすがに寒い。ただ、今日はいつも以上に凍えそうだった。


 理由は明白、沙恵の件だろう。やはり、心残りがある。もっと早くあの態度で接していてくれれば、彼女の気持ちを無碍になんてしなかった。もっと早く俺が彼女の本質を見破れていれば、今のよく一緒に居るグループに、沙恵の姿があったかもしれない。もしかすると、同じ部活で雑談していたかもしれない。


まぁ、そう言うのはやめよう。何を言ったって、結局は後の祭り。どうしようも無い事だ。


 ただ、それでも、もう一度だけ、今すぐに、沙恵と会って、話をしたい。お涙頂戴な展開にできる自信はないから無理だけど、壮絶な物語の主人公みたいなことはできないけど、それでも、もう一度だけ会って話したい。伝えたい。俺は……




「おっす、たく。遅かったね?」


「………沙恵?」




 校門を出たすぐそばに、俺を待つ1人の女の子。


 それは、俺がいつも一緒に帰っている彼女でもなく、いっつも帰ってた友達でもなく、先輩でも後輩でもなく、いつも俺にしつこく絡んできていた、とっても苦手で、ちょっぴり嫌いだったやつ。


 俺が今会って伝えたいことがある人物。沙恵だった。




「ど、どうしたんだよ。こんな時間まで、こんなところで…」


「いやー……なんといいますか…。ゴホンッ。単刀直入に言いますと、たくと会って話したかったから、かな?」


「そ、そうかよ……」




 恥じらう沙恵。そんな表情、今まで一瞬たりとも見たことが無かった。


 そんな不意打ちに、少しドキッとしたが、俺は慌てて精神を統一する。今は何よりあの事を伝えなくてはならない。




「あのさ、たく。朝はほら、なんか変な感じで別れたじゃん?」


「あ、あぁ。そうだな」


「それで、ちゃんと話せてなかったから、その……」


「いや、俺もそれ思ってた」


「そ、そっか…」




 少しの沈黙。当たり前だ。だって今朝告白されてフったばっかりだぞ?今までのどこかおふざけの入った演技とは訳が違う。本物だ。それは、りせや花蓮と同じ。その気持ちを断ったのだ。少しは気まずくなる。


 そう言うとき、男がエスコートしなくてはならないのが世の理だ。だから、俺は重い空気を割るように、ゆっくりと口を開く。




「あのさ、沙恵…」


「は、はい…」


「どうしても、言っておきたいことがある……」


「う、うん」




 深呼吸をして、俺はそっと吐き出すように言葉を放った。




「俺とさ、友達になってくれないか?」


「……!?」




 それは、あまりにも突拍子なお願いだったのかもしれない。いや、そうだろう。でも、これをどうしても伝えたかったのだ。これまでのことは、俺にも沙恵にも他の誰にもどうすることもできない。人見知りなんてそう簡単に治る物じゃない。だから、遠回りをしたけど、せっかくここまで仲良くなったのだ。今はすっかり両社とも打ち解け合っている。少し気まずいけど…。


 だから、俺はこの関係を、なぁなぁなものにしたくなかった。しっかりとした、確かなものにしたかった。だから、俺はもう一度言う。




「俺と、友達になってくれないか?」




 ちらっと沙恵の顔を見ると、彼女は泣いていた。ポロポロと涙をこぼしていた。でも、俺はその涙をぬぐってはやれない。それはきっと彼氏の特権だから。だから、俺は別のやり方で、そう。友達として、間接的に涙をぬぐわせてもらおう。




「ほら、ハンカチ。次会うときに返してくれればいい。あ、もちろん洗濯はしてくれよ?」




 ネタも交えて会話する。うん。何とも友達らしい。


 そして、沙恵はそのハンカチでさっと涙をぬぐうと、パッと顔を持ち上げて、俺の目をまっすぐに見つめてこういったのだった。




「アイロンまでしっかりとかけるよ」




 この返答は、もうすでに友達そのもだった。


 俺たちは、その後駅まで一緒に帰った。道中はお互いにずっと笑顔だったと思う。でも、距離はこぶし5つ分、手は繋がない。これが、友達の距離だから。




 そんな風に俺たちが新たな道に進み始めていた時、同時に他の道には亀裂が入りだしていたなんて、今の俺には知る由もなかった。

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