28話 勉強会で問題発生

 1月11日火曜日。謎の多かった沙恵との再会から1日。


今日の放課後から、俺の家で勉強会を始めようかと思っていたが、よく考えれば俺たちは部活動と言う名の同好会があるので、別に問題なく学校で勉強会を開くことができた。


本日は、スペシャルゲストである学年首席も同席している。




「久しぶりやの~。わいの事、ちょいとばかり忘れとったんとちゃうか?」


「忘れるも何も、テストの時に嫌でも思い出すだろ、健斗」


「それもそうやな」




 そんなことを言って、嬉しそうに部室に入ってきた永遠の首席の高畑健斗は、さっそく勉強の準備に取り掛かっていた。




「わいが呼ばれたっちゅうことは、またなんかの勝負事なんやろ?」


「さすがは学年首席、その推理力も高いな」


「褒めてもなんも出えへんぞ?」


「勉強さえ教えてくれたら問題ねぇよ」




 俺はそう言って、健斗に今回の件の話をした。






「ふーん。なるほどな~。これはちとめんどくさいんとちゃうか?」


「まったくその通りだよ。そもそもあいつが何を考えているのかすら分からん」


「せやな。アレはわいも手を焼くほど頭が切れるからの~。正直、勉強以外の頭脳戦なら、間違いなくわい以上なのは確かや」


「そうなのか?お前がそう言うってことは、よっぽどだな」


「せや。アレの噂はもう校内に回っとったで。『下村のNo.2が帰ってきた』っちゅう噂がな」


「早いな。まだあいつが帰ってきてから2日目だぞ」


「まぁ、それはあの子が男女問わずに人気があるからだと思うよ~」


「そうなのか?」




 俺があれこれ考えていると、横からお菓子を食べながら椅子にもたれかかってスマホをいじっていた陽菜がそう言った。




「まぁ、早野は知らないと思うけどね~。色々あったみたいだしね~」


「ははは……」




 相変わらずだらけた声で続ける陽菜だが、やっぱりと言うかなんというか、よく色々なことを知っている。


 何でも知っているとかそんなことは無いが、情報の収集力が高い。




「普段からぶりっ子っぽいところはあるけど、それでもせいぜい可愛い自慢するくらいで、そのほかは基本的に優しくて誰とでも仲良くできるコミュニケーションお化けで有名だったからね~」


「ぶりっ子なんだ、あいつ」


「それに加えて、うちのNo.2っちゅうポジションにおるんやから、この学校で知らん奴はおらんのとちゃうか?」


「そんなに有名なのかよ」




 あいつが、あのあいつがだ。こんなにも有名で、人気があるなんて知らなかった。


 そもそも、俺は人を知ろうとしなさ過ぎるのだ。


 確かに別に必要の無い事かもしれない。しかし、それでも俺と関わりのある人のことくらいはしっかりと知っておくべきだろう。その点、俺は陽菜に尊敬すら覚える。




「まぁ、そないなことはほっといて、そろそろ大事な本題に入ろうか」


「そうだな。今は1分でも多く花に賢くなってもらう時間を作らないとだからな」


「せやな」


「そ、そうだね。私頑張るよ!」


「おう、頑張れ!!」




 机に参考書を広げて健斗の指導を待っていた花が、俺に向かって宣誓していた。


 まぁ、そもそも花は賢く、日ごろから予習復習をしているタイプの人間なので、テスト前は、苦手科目の応用と、分からない問題の質問しかしていないらしいので、とりあえず苦手強化である理科をしていた。




「花は理科が苦手なんだな」


「う、うん。実は…」


「理系っぽいけど、やっぱり文系に居そうだ」


「そ、そうかな?」


「ま、理科は難しく考えない方がいいぞ?」


「そうなの?」




 俺は、教える側の人間じゃないのだが、どちらかと言うと理系であるので、少しだけアドバイスをした。




「せやな。早野の言う通り、理科は極端に言うたら暗記もんや。無理して理解しようとせんでも、解けるからな~。まぁ、その点今回の範囲は地学やから、余計に適応されるんや」


「な、なるほど…。確かに、私今まで完璧に理解しようとしてて、それでドツボにはまってたのかも」


「そうゆうこっちゃ。せやから、問題になるのは……恐らく数学や」


「数学……」




 数学。この教科は、完全に天性の才能によって決まってしまう教科。圧倒的計算力と、問題を読み解く力。さらにはその読み解き理解した問題に対して自分の知識でどう解くかを模索できる応用力。


そして、数学において、最も必要とされるのが、他者には理解されないほどの想像力。数学はおよそ七割が想像力だと言う人も存在するほど、想像力は数学において必要不可欠なのだ。


 これは、トレーニングでどうこうなるような問題じゃない。天性のものと、努力のものでは、埋まりきらない絶対的な差がある。そう言われるほど、数学は得手不得手がきっぱりと別れてしまう。




 そして、彼女。笹中沙恵は、この力を持っている。中学時代、同じ中学じゃなかった俺でも知っているほどの伝説を残している。




 地区としては近かったため、同じ校舎ではなかったが、同じ系列の塾に通っていた。そこの塾で行われるテストは、学校のテストに比べて、やや難易度が高い問題が多く出される。仲でも最難関と呼ばれる最終設問。毎回その問題には、難関高校の入試問題の応用問題を採用していた。そのため、最難関の高校に入学していた人でさえ、その問題を正解した回数は、合計20回のテストにおいて、片手で数えれるほどだった。正解したことが無い人も、少なくはないと言うほどだ。そして、その設問の正答率は、驚異の1%未満。人は皆、その設問を満点阻止問題キラー・オブ・ゴッドとよんでいた。


 しかし、その中で1人だけ、毎回満点をたたき出す猛者がいた。全20回のテストで、数学だけは毎回満点をとっていた少女が。俺たちや講師たちは、その少女を賢者や魔女と呼んだ。そのあまりにもすごすぎる結果に、誰もが一度は目にしたことがある名前。そんな名前を、入学式の日の学年次席の欄に見つけたときは、身震いをした。この学校に、天才が現れたことと、その彼女をも上回る天才が、この学校に来ていることに…。




「アレはワイと同じか、それ以上の頭を持っとる。数学だけは、誰も勝てへん。まだ難易度が高くない学校のテストなら、ワイは満点をとれるから負けはせん。けど、もし最難関大学の入試なら、間違いなくワイは負けると思っとる」


「高畑君に、そこまで言わせるほどの人なんだ…」


「あぁ。それは間違いないと思うぞ。俺もあいつの数学というか、あの頭の回転速度は、並大抵じゃなくても勝てないと思ってる。それくらいだよ」


「せや。だからこそ、その数学で落とした点数っちゅうんは、要は確実なビハインドになるっちゅうわけや」


「なるほど…」


「まぁ、せやかて別にアレがワイみたいに万能かって話になれば、そうやない」


「自分で言うかよ……」




 俺は小声で思わず突っ込んでしまう。いや、事実なんだけどね?




「確かにそうだよね。私も知ってる。沙恵ちゃんは、その他は私とほぼ互角。特に国語はほとんど私が勝ってる」


「そう、アレは文系科目が少しばかし苦手なんや。ただ、1教科だけは変わったんとちゃうか?」


「英語……」


「せや。アレは今まで海外留学しとったのと何ら変わらへん。そして行っとったんは、英語圏。確実に満点に近い点数を取ってきおるぞ」


「そう…だね…」


「花は、そこで差をつけられるのはダメ。何としてでも満点をとって、差をつけるか、最悪同点。間違ってもつけられたら負けだな」


「う、うん……」




 花の得意教科でとられるのは痛手だろうな。何としてでもとってもらわないと。




「ちゅうわけで、最終確認や」


「おう」


「うん」


「まずは作戦や。理科と社会はほぼ互角、せやから意地でも勝ちに行きたいところやけど、最低でもトントンにしときたいな」


「数学は沙恵の得意教科だから差を縮めること。逆に国語は花の得意教科だから、ここで差をつける」


「英語は私も沙恵ちゃんもとくいだから、差をつけることよりも、差をつけられないことを意識する」


「せや。次に対策や。社会と国語と英語は、ワイが教えんでも問題ないやろ。せやから、問題は数学と理科や」


「そして、理科はほぼ暗記。基本1人で対策をする。それでも難しい問題があれば、健斗に相談する」


「数学は、落とすと負けが確定するし、何よりも私の対策じゃ対応しきれないから、高畑君に教え込んでもらう」


「そういう訳や。こんな感じでこれから1週間勉強をしようか」


「あぁ。悪いな、健斗」


「かまへんよ」




 健斗に頼ることになってしまって申し訳ない。ほんとは俺が教えて上げたかったんだが、俺じゃ力不足だからな。ほんと、こういう時頭いい友達いると助かるな。




「しっかし災難やの~伊藤さんも」


「あはは……」




 花が災難。それは、人のいざこざのために花が勝負をしてくれるからだけではない。


 その理由は、あの後起こった出来事にある。






━━昨日、屋上にて。




「でも、待てよ。確かにありがたいけど、別に花が勝負する必要なくないか?」




 俺は、最もな意見を口にした。


 本当に必要がないわけではない。しかし、沙恵のことだ。絶対に何か裏がある。それを探りたかったから、俺はそれを聞いた。




「必要ね~。たくはな~んにも分かってないね~」


「は?」


「今日沙恵ちゃんが呼んだのは、たくともう一人、花ちゃんで~す」


「………は?」


「安心してね?沙恵ちゃんが好きなのはたくだけだから」


「いやそこじゃねぇよ。てか、別にどっちでもいいよ」


「私が花ちゃんを呼んだのは、ちょーっとした理由があったからです」


「理由…?」


「そう!理由です!沙恵ちゃんは、楽しみたいのです。この勝負を!」




 なるほどな。別に花蓮が来てようと来てまいと、最初からテスト対決をすることを決めてたのか。それも花とすることを。




「で、何でわざわざ花がお前と勝負しないといけないんだよ」


「え~。別に言ってもいいけど、花ちゃんはそれでもいいのかな?」


「…は?」




 俺はいまいち理解できなかったのだが、その問題を解決してくれたのは花だった。




「じ、自分で言う…」


「それならそうして~」


「私が今回提示されたのはある秘密。それも、今ばらされるとまずい秘密。勝てば私の秘密について、今後言いふらすことは無し。負ければ即いいふらす。辞退は不戦勝とみなす」


「秘密か……」




 それは、俺も知らないような秘密で、恐らく俺にも言えないようなものなのだろう。だから、俺はその秘密を聞くことは無かった。




「お前って結構酷いやつだな」


「え~、そんな言い方ないよたく~。沙恵ちゃんは、ただただ遊びたいだけなんだよ~。本気で何かに取り組むのって、案外楽しいんだよ~?」


「……」




 確かに、そうだ。でも、やっぱりこいつが言うと、どうしても何か裏があるようにしか聞こえない。だから、悪いけど信じられない。




「そういうわけだから、沙恵ちゃんが楽しむためには花ちゃんが必要なのです!」


「……」


「まぁ、花ちゃんにも特はあるしね~」


「…そうか」


「そうそう。だから、そう言うわけで、この勝負は了承でいいかな?」


「私は問題ないよ」


「…それなら俺は良い」




 こうして、花対沙恵のテストバトルが始まった。






「まぁ、そう言うわけで、この調子で勉強をしていくっちゅう感じでええか?」


「そうだな。頼んだ、健斗」


「お願いします、高畑君」


「了解や」






 そして、テストの結果が貼りだされる日。


 あれからの1週間はあっという間に過ぎ、俺たちはすぐに実力テストに取り組んだ。


 健斗が花に数学を教え、俺は花蓮と一緒に勉強をする。そこにたまに陽菜が入ってきて教えてくれると言った塩梅だった。




「おはよう匠君」


「おう。おはよう花蓮」


「いよいよ結果発表だね。正直、私何もできなくて戦力外だったからすごく申し訳ないよ…」


「まぁ、気にするなよ。そもそも、この勝負はまけたところで俺たちには何の害もなかった。だから、正直今回の勝負の真の狙いは、花の方だと思ってる」


「え?どうして?」


「まぁ、簡単な話だけど。秘密を言われたくなかったら言うことを聞けって感じで使えるからな」


「そういう、事?でも、沙恵ちゃんがそんなことをするようには思えないけど…」


「たしかに、それはそうだな」




 沙恵は、別に人が嫌がることをする奴ではない。ただただ自分がしたいことをする奴。そんな奴が、狙って嫌がらせをするのだろうか?まぁ、よっぽどな因縁があるなら話は別だが…。




「まぁ、それもこれも結果次第だ」


「そうだね」


「おはよう。早野くん、花蓮ちゃん」


「おう、おはよう花」


「おはよう花ちゃん」




 俺たちが話していると、花がやってきて話しかけてきた。




「いよいよだな」


「そうだね」


「まぁ、たぶんその秘密をばらされることは無いと思うぞ」


「そうだと、いいんだけど…」




 よっぽど言われると辛い秘密らしい。てか、どこでその秘密手に入れたんだよ、あいつ。


そんなことを考えながら俺たちは待っていたのだが、ついに発表が始まった。




実力テスト順位表


第1学年


1位 森橋夢叶 488点


2位 高野昌磨 473点


3位 源良哉 470点



11位 飯田那留 458点



29位 畑紗月 433点



240位 中野義康 98点




第2学年


1位 高畑健斗 500点


2位 伊藤花 481点


3位 笹中沙恵 478点


4位 豊嶋ルン 469点


5位 早野匠 453点


6位 田神陽菜 451点



9位 町田晴也 439点



13位 仲居彩羽 428点



17位 前川鈴 423点



48位 上村康晴 397点


49位 東川りせ 394点



120位 岡田花蓮 327点



189位 海町健 209点


190位 西祐一郎 201点



239位 新宮一希 108点


240位 門田正午 4点






 俺は5位か。まぁまぁだな。てか、夢叶って意外に賢いんだな、知らんかった。確かに1年の順位表とかいつも見てなかったからな。


 それにしても正午は…どうしようもないな、はは…。


 それよりも……




「花の勝ち、か…」


「そうみたいだね」


「良かったね、花ちゃん。それにありがとう」


「いいよいいよ。正直、初めて2位になれて嬉しかったし」




 花は、花蓮の感謝に謙虚に出たが、恐らくそれよりも安心の方が大きかったのだろう。ホッとしているのがうかがえる。




「それにしても、相変わらずだな。花蓮は」


「あはは…。勉強したのにね」


「まぁ、次頑張ろうぜ」




 とは言ったが、恐らく卒業までその順位は変わらんだろう…。




 そんなことを考えていた俺は、1人の少女が向かった場所に気づかれないよう後をつけた。

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