16話 後輩とイブデートで問題発生

「匠せんぱ~~い。お待たせしました~~」




 今日は12月24日。世はクリスマスイブと言うイベントで盛り上がっているようだ。今日は多くのカップルを発見する。要するにカップルのイベントだ。


 しかし、今俺は彼女とは違う女の子とお出かけをしている。浮気とかにはならないのは、しっかりと花蓮に断りをいれているからだ。花蓮も、「金曜日は友達と遊びに行くから大丈夫!」と言っていたが、果たしてそれは本心なのか…。




「おう。まぁ俺も今来たとこだし」


「そうですか。それじゃぁ行きましょうか」


「そうだな」




 俺たちは、挨拶を交わすとそのまま電車に乗った。






「どうせ電車なら、別に現地集合でもよかっただろ」


「いやー。それでもよかったんですけど、どうせここからの特別急行に乗った方が早いじゃはいですか」


「確かにそうだけどな」


「それに、先輩と一緒に行ける方がいいですし……」


「心にも思って無い事言うな」


「半分はほんとなんですけどね」


「半分はジョークだろ」


「そうですけどね……」




 変にすねた顔になる後輩。うん、普通に可愛いな。これは1日がハードになりそうだな。






「着いたな」


「着きましたね」


「電車、混んでたな」


「はい。混んでましたね」




 想像はしていたが、その数倍混んでいた満員電車に疲れた俺たちは、フラフラになりながらもなんとか七宮モールに到着した。


 久々に来るな、七宮モール。いつぶりだろうか。




「しっかしやっぱりでかいな。七宮モールは」


「ですね」




 何度見ても広い。と言うか、何でこんなに近くにあるのかが不思議だ。ここはそんなに都会と言うほどの場所ではないのに、これだけの大きさのショッピングモールがあるのは不思議だ。いや、逆に都会じゃないから地価が安いからこれだけの大きさを実現できるのかもしれない。


 そんなことを考えながら、俺たちはモールの中に流れ込んだ。




「どこに行きますか?」


「そうだな……とりあえずぶらぶらしてみるか」


「そうですね。デートですし」


「……誤解をうむからやめて」




 夢叶がそう言った瞬間、周囲のカップルが一斉にこちらを見た。特に男の視線が強い。「何でお前みたいなのがそんな美人とデートできてるんだ」と言う男性の表情を見た女性の方が、「お前はああ言う女がいいのか?」と目線で語り掛け、「そうじゃないよ。あの女の子が可愛いと思っただけだよ。モデルとかみたいな感じで」と必死に目で弁解している。すごく申し訳ない…。




「でも、デートはデートですよね?」


「……」


「若い男女が2人きりでクリスマスイブにカップルの集まるショッピングモールにお出かけしているこの状況は、誰がどう見てもデートだと思いますけど?」


「悪い、悪かった。俺が全面的に間違ってた。だから、頼むからその口をふさいでくれ」




 俺はあまりにも大きな声で大げさに言うので、周りが騒がしくなってきたので、これがデートであることを認め、いち早くこの場から立ち去りたかった。




「先輩も素直になればいいのに」


「そう言う問題じゃねぇんだよ」


「ほんとにおもしろいですね、匠先輩」


「意味の分からんことは言うな」




 俺は無邪気に笑う夢叶を、一瞬でも異性として見てしまったことに驚いた。可愛いとは言え得体のしれない女。出会って1ヶ月程しか経っていない彼女にドキッとしてしまった。




「これは本当に大変な1日だな」




俺は苦笑いを抑えられなかった。






 朝早い時間からここに来ていたので、そんなに急ぐ必要もなかった。そのため、午前中はショッピングモールの中を見て回ることにした。さすがにほとんどの店の前は通ったことがあると言うくらいまでは歩き回ったことはあるが、ほとんどの店には足を踏み入れたことが無い。




「先輩って、よくここに来るんですか?」


「まぁ、よくって程じゃ無いけど、たまに来るかな」


「そうなんですね……ほんとに意外です」


「失礼だな」




 本当に驚いたと言った表情をしていた夢叶だったが、俺はそんなに引きこもりみたいなイメージでもついているのだろうか……。いや、そんなはずは…あるか。




「あ、先輩!あそこ行きましょ」


「お、おう」




 そうやって夢叶に言われるままに入ったのは、昔ながらと言うのが正しい表現の駄菓子屋だった。




「いらっしゃい」




 店に入ると、アニメに出てくるような作りになっていて、これまたテンプレートなおばあちゃんが優しい声で迎え入れてくれた。




「先輩って、駄菓子は好きですか?」


「そうだな……好きな方だな」


「そうですか。私もです」




 夢叶は、店内に置かれた駄菓子を懐かしそうな目で眺めていた。


 俺も、久々に見る駄菓子を何を買うか考えながら見ることにした。




「先輩!」


「ん?」




 俺が何を買うか選んでいると、夢叶が何かをもって俺を呼んでいた。




「どうしたんだ?」


「先輩、これ見てください」


「ん?」




 夢叶が持っていたのは、ガムのお菓子だった。それは、3つのガムが入っていて、1つだけとても酸っぱいものが入っている、簡易のロシアンルーレットができるお菓子だった。


 昔は康晴とりせと3人でやったものだ。懐かしい。




「先輩これ知ってますか?」


「あぁ。小学校のときによく食べた」


「それじゃぁ良かった。先輩、かけをしませんか?」


「何をかけるんだ?」


「これを交互に食べて、酸っぱいのが当たった方がお昼代を奢るって言うのはどうですか?」


「へー。面白そうじゃん。いいぞやろうか」


「それじゃぁそう言うことで、これは勝った方のおごりでいいですか?」


「まぁ、30円くらいはいいだろ」




 そんな感じで、他にも懐かしいものを買って店を出た。






「先輩は何を買ったんですか?」


「ん?あぁ」




 そう言って、俺は買ったものを教えた。




「まずは、カルパスだ」


「おぉー。すごく懐かしいですね」




 おやつにピッタリなおつまみみたいな物だが、10円でこのクオリティーなので、お金の少ない小学生にはとてもありがたいお菓子だった。




「次は、ヨーグルだ」


「これもまた懐かしいですね」


「だろ?」


「この味がまた癖になるんですよね~」




 小さい容器に入っている、ヨーグルトのような固形のお菓子。木製の小さなアイスのスプーンみたいなもので食べるので、少し贅沢をしているような錯覚をしていた。何だか憧れてしまう駄菓子だった。




「最後はココアシガレットだ」


「タバコですね」


「定番中の定番だろ?」


「ですね。私も買いました」




 ココアシガレット。これは棒状のシガレットで、タバコのように見えるため、子どものころは良くくわえて「フー」とか言いながら遊んだ。しかも、これまたスーッとする味がとても癖になり、やめられなかったことも覚えている。




「俺はざっとこんなもんだ。夢叶は何を買ったんだ?」


「私はですね……大体先輩と一緒なんですが、1つだけ違うの買いました」


「おーー。何買ったんだ?」


「これです」




 そう言って、夢叶は梅のお菓子を見せてきた。




「梅系のお菓子は種類も豊富だったな」


「そうなんですよ~。私は特にこの固いチューイングカムみたいなのが好きだったんですよ」


「あれだな。噛めば噛むほど梅の味がしみだしてくるやつだ」


「そうですそうです。あれは最高でした」


「分かるかも。俺も結構好きだった」




 梅系のお菓子。種類が多くあり、安定感も抜群だった。だから、人気も高く売り切れギリギリになることもしばしばあった。






「なんか数年前なのに随分と古い記憶みたいに懐かしかったな」


「それもそうですよ。なんて言ったって、まだ17歳なんですから」


「なるほど。そう言うことか」


「そう言うことです。あ、先輩。このパンケーキ、ごちそうさまです」


「ハハハ」




 俺たちは今、モール内にある人気の高いカフェに来ていた。そこで、俺は普通にコーヒーとパスタを。夢叶はラテとパンケーキを食べていた。どちらも俺の金で……。


 みなまで言わなくても分かると思うが、俺は勝負に負けた。しかも、有利な後攻でだ。


 俺と夢叶はじゃんけんで順番を決めた。負けた方から選んで食べていく。俺はじゃんけんに勝ったので、後攻だった。お菓子は3つ入りで、後攻は1つしか選ばないため、確率論で言えば明らかに有利だ。しかし、負けた。俺はかけ事に弱いということが分かったのでそれだけで儲けものだと思っておこう。パンケーキの1つや2つは問題ないだろう。




「先輩、じゃんけんには勝ったのに肝心のゲームの方で負けてちゃ意味ないじゃないですか」


「確かにな」


「先輩もしかして本番に弱いタイプですか?」


「強くはないかもな」




 決して弱いわけではない。現に定期テストで2位が取れるほどだ。ケアレスミスもほとんどしたことが無い。




「先輩も可愛いところありますね」


「可愛いとか言うんじゃねぇよ。先輩だぞ」


「そうですね~」




 夢叶は嬉しそうに笑っていた。まぁ、楽しんでくれてるならそれでいいか。別にこの顔を見ていて嫌な気持ちにはならないし、と言うか少し嬉しいくらいだ。得してる気分。


 ………………って、何言ってんだ俺。落ち着け落ち着け。俺には岡田花蓮がいるんだ。あの花蓮と付き合ってるんだぞ。欲望の塊かって話だ。落ち着かないとな。これは物語の中じゃ無い。決してハーレムなんて存在しないのだ。




「どうしたんですか?先輩。顔、赤いですよ」


「へ、へ?まじで?室内なのに変だな」


「熱すぎるんじゃないですか?」


「ふぇっっ!」




 思わずヒロインみたいな声が出た。


 俺のおでこを夢叶が惜しげもなく触ってくる。非常に夢の展開……なのだが、決して心を揺らしてはいけない。俺は弱い男だから、意思を強く持ち続けないと勝てない。




「大事な決戦の日の前日に風邪なんてひいたら大問題ですよ?」


「そ、そうだな」




 もっともなことを言う夢叶。明日俺がクリスマスデートをするから、その心配をしていてくれていたのだ。まったく、そんな優しさを裏ぐるような真似はしてはいけないだろう。心を入れ替えないとな。






「先輩は結局アクセサリーにするんですか?」


「そうだなー…。そのつもりかな」




 俺たちは昼食を終え、ついに本題の明日花蓮に渡すプレゼントを買いに行くことにした。


 何を買うかはこの前に提案してくれていたアクセサリーで問題なかった。だが、問題は値段だ。高校生で1人暮らしをしている身。親もそれなりにお金は持っているので、今回は奮発して10万円もくれた。何でも、体育祭の日に俺の看病をしてくれていた花蓮に母さんがぞっこんだったらしい。だから、何の躊躇もなく10万もの大金を送ってきた。




「金にはそこそこの余裕があるから、1番似合いそうなものにしたいんだよな」


「それでしたら私はアドバイスしかできませんね。最終判断は先輩がしなくてはいけませんしね」


「そうだな。ピンとくるものがあればいいんだけどな…」


「そうですね。あるといいですね」




 俺たちは不安を胸に抱えたままアクセサリーショップに向かって歩いて行った。






「いらっしゃいませー」




「うーん、なかなかにそろってるな」


「そうですね。ここは国内で見ても大きい方なので」


「それもそうか」




 ここには多くの物がある。と簡単にまとめていいのか分からないが、そもそも俺は他の店を見たことがないから分からない。




「先輩、指輪とか贈るんですか?」


「ば、ばば、馬鹿かお前は。ゆ、指輪なんてそんなの早すぎだろ」


「冗談だったんですけど……その動揺っぷりは視野に入れてた感じですね」


「……」




 ごもっともです。私は指輪を視野に入れてしまっていました。申し訳ございません。と心の中でつぶやき、真剣に何を買うかを考え始める。


 その時、目の前にあった1つの商品に目が止まった。




「……ネックレス…か」


「いいんじゃないですか?」




 俺が思わずつぶやくと、夢叶が肯定してくれた。




「重くないですし、いいんじゃないですか?まぁ、いいと思ったからって言うのが1番の理由ですけど」


「夢叶もそう思うのか」


「はい」


「そうか」




 夢叶も良いと思ってくれている。これは、俺も良いと思う。何がとか、そんなことは一切ない。ただ、直感でこれがいいと思った。




「俺、これ買ってくるは」


「分かりました。それじゃ外で待ってます」


「悪いな」




 そうして、俺は値札も見ないまま買いに行ってしまった…。






「いい買い物ができましたね、先輩」


「あ、あぁ…」




 正直に言おう。とても高かった。手痛い出費となってしまった。高校生が贈る物じゃないんじゃないかと今になって思い始めた。




「いよいよデートも終わりですね」


「だな」




 それもそうだ。結構遊んだしな。初めて年下の女の子と2人で出かけた。これは記念日かもしれないな。後輩記念日。悪くない。




「また行きたいですね、先輩」


「そうだな、またすぐにお世話になるかもしれん」


「そうなんですか?まぁ、その時は喜んでお請けしますよ」


「そうか。それは助かる」




 そう言って、俺たちは駅に向かって歩き出した。






「それでは先輩。さようなら」


「おう。またな、夢叶」




 家は俺の方が近いため、先に降りることとなった。だから、俺と夢叶は電車で別れの挨拶をしていた。




「また遊びたくなったら連絡してくださいね」


「お、おう」




 男がとりこになる理由が分かる笑顔で俺にそう言った。




「それじゃ」


「おう」




 そう言って、俺たちは別れた。俺はそのまま家に向かう。




「森橋夢叶。そりゃモテるよな。あの性格は犯罪級だ」




 俺は今日1日必死で耐え抜いた自分をほめたい。




「1年早く、あいつと会ってたら、俺は全力でアプローチをしていただろうな」




 そんなことを苦笑をしながら呟き、俺は家に続く少し長い坂をゆっくりと上り始めた。

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