17話 クリスマスデートで問題発生

 今日は12月25日、クリスマスだ。俺は、今駅の前で、彼女を待っている。


え?羨ましいって?そうだよな。俺もつい1年前までは君たちと同じ感情だったから、気持ちは分かるよ。しかしだ、そんな君たちも、俺のようになるのはきっと簡単なはずだ。俺がなれたんだ、君たちにもなれるに決まっている。




 そんなことはさておき、俺たちは13時に待ち合わせしていた。さすがに12月は寒い。マフラーを巻いて上着を羽織っていても、肌寒い。時々吹く北風が顔に当たると、少し痛い。さすがに2時間前から待っていたのはバカだったかもしれない。唯一の救いは、カイロを持ってきていたことだろう。おかげで何とか持ちこたえることができている。今は12時57分、そろそろ来る頃だろう。




「あ、匠君!相変わらず早いね、まだ待ち合わせ時間の前なのに」


「いや、俺もさっききたとこだよ」


「ほんとに?でも耳が真っ赤だよ?」


「あー、それなら今朝ランニングしたからじゃないか?」


「え、匠君ランニングしてるの?」


「まぁな」




 あまり知られていないのだが、俺は毎日ランニングをしている。昔から運動は好きだったので、ランニングだけは日課にしている。だらしない体になるのは、あまりいいことではないからな。ただ、そこではない。今朝走ったのは嘘ではないが、いま耳が赤い理由にはなっていない。花蓮が少しバカで助かった。ただ、そもそもカイロで温めていたので、別に痛いわけではない。それじゃあ何故赤いのかって?それは……




「どうしたの?匠君。私なにか変?」




 花蓮が可愛すぎるからだ。ミントグリーンのセーターに白いコートを羽織っており、真冬だというのにタイツも履いておらず、綺麗な足が赤いスカートからのびている。バッグは黒色の小さな肩掛けのもので、必要最低限の物だけを持ってきたのだろう。靴はピンクのスニーカーで、白色の靴下と絶妙にマッチしている。


 また、チェックのマフラーが、可愛さをより強調しているのだが……なんといっても、やっぱり白のベレー帽がすごくいい。




「いや、変というより可愛い」


「そ、そう?あ、ありがとう」


「じゃぁさ、そろそろ行こっか」


「そうだね」




 そして、俺たちは手を繋ぎながら駅に向かった。今日は、いつも行く七宮方面とは逆方面の電車に乗った。目的地は遊園地、竹坂たけざかパーク。とても大きかったり、有名なわけではないが、このあたりに住んでる人なら知っているような遊園地だ。遊園地なら朝から行った方がいいんじゃないの?と思った人もいるだろうが、安心してくれ。俺はそこまでバカではない。俺たちは今日、竹坂パークのイルミネーションをメインに見に行くのだ。だから、さすがに朝早くから行ってしまうと、夜までもたないというわけだ。






「それにしても久々に来たな、ここ」


「私も、中学校の時に友達と来て以来かな」


「俺もそんなもんかな」


「そっか、じゃぁ何か乗ろっか」


「そうだな、最初は無難にジェットコースターか?」


「そうだね、やっぱり竹坂パークって言ったらブルージェットだよね」


「やっぱそうだよな、じゃぁ行こうぜ」


「うん」






「ブルージェットはまもなく発車いたします。危ないですので走行中は手や足を外に出さないでください。また、落下の危険性がありますので、携帯電話やスマートフォンなどの貴重品は、かばんの中にしまっておいてください。それでは発車しますので、安全レバーをしっかりと下ろしてください。それでは行ってらっしゃいませ~」






「ジェットコースターってさ、昇ってるときが一番怖いよな」


「そうだよね、今すごく怖いもん」


「それはそれは、大変だ」


「匠君」


「ん?」


「もうすぐ落ちるよ?」


「えっ」




 そして、それからはというと…ご想像にお任せします。






「匠君大丈夫?」


「あ、あぁ。少し酔っただけだから」


「水いる?」


「悪い」




 それにしても、いつも酔わないのになんでだ?ま、いっか。




「気分を回復する時間稼ぎも兼ねて、観覧車でも乗る?」


「あぁ、そうだな。悪いな」


「いいよ、いいよ。二人で観覧車って、乗ってみたかったんだよね」


「そうだな、確かに俺も」


「じゃぁ行こ」


「おう」




 そして、今度は観覧車に乗った。ゆったりとした時間で、二人きりという空間は、なんだか不思議な感覚だった。本当に、一年前では想像もできないよな。たしか去年のクリスマスは正午と映画見たよな。そこでリア充爆発しろ!って言ってたっけな。




 なんて感じで昔の思い出に浸っていると、花蓮が話しかけてきた。




「匠君はさ、去年の今頃何してた?」


「ん?俺は正午と遊んでたぞ」


「そうなんだ。私はね、泣いてたんだ」


「!?」




 どういうことだ?何で?というか、何でそんな話を今してきたんだ?




「私ね、入学してからすぐに匠君のこと好きになったの」




 そうだったんだ。俺が好きになるよりも前から好きだったんだ。




「でね、去年も今年みたいにデートに誘うつもりだったの。でも、風邪ひいちゃってさ、結局誘えなかったんだ」


「あの時だけだったもんな、花蓮が学校休んだの」


「うん。それで、泣いちゃったんだ。もう会えなくなるとかじゃないのに大泣きしちゃったんだ。だから、今年こそはって思ってたんだ」


「そうだったんだ」


「うん、だから今日はありがとう!一緒に来てくれて」


「おう。俺こそありがとな」




 まさかそんな過去があったなんてな、知らなかったな。






 そして、俺たちは観覧車を降りた後、おしゃべりをしたり、アイスを食べたり、乗り物に乗ったりして、イルミネーションの始まる18時まで時間をつぶした。


 そこまで大きい遊園地ではないのだが、まるで無限に広がっているかのように思えた。このまま無限の時の中にいたいと思うほど楽しかった。何度も来たことのある場所なのに、すべてが初めてのように感じた。しかし、無常にも楽しいときほど時間というものは過ぎるのが早い。気が付いたらもう18時だった。




「お?もう18時だな。イルミネーションが始まる時間だ」


「え?もうそんな時間?楽しい時間って過ぎるのが早いね」


「そうだよな。授業とか3倍ぐらいに感じるのにな」


「そうだね、たしかに長く感じるよね」


「じゃぁそろそろ行くか」


「うん、そうだね」




 そして、俺たちは手を繋いでイルミネーションを見に行った。そろそろ慣れてくるかと思ったが、そう上手くはいかないものだ。やっぱりまだ緊張する。女の子の手は、ちっちゃくて、柔らかくて、温かい。絶対に守ってやりたいって、心の底から思える。




 少し歩くとすぐにイルミネーションのトンネルにたどり着いた。現代科学のすさまじさをまじかで感じることができるので、俺はイルミネーションが好きだった。それを今は彼女と二人で見ている、そう思うと、胸が熱くなってきた。




「きれいだね」


「そうだな」


「右も左も上も光ってるね」


「なんか光に飲み込まれてるみたいだな」


「そうだね。私たち光の中にいるんだね」


「赤、青、緑、白ってきれいに混ざってんな」




 しばらく歩くと、イルミネーションのトンネルを抜けて、イルミネーションでピカピカ光っている大きなクリスマスツリーが中央にある広場に出た。そして、俺たちは、そのクリスマスツリーから少し離れたところで見ていた。




「大きいクリスマスツリーだね」


「そうだな。自然力ってすごいよな」


「そうだね。何メートルくらいあるかな?」


「うーん、だいたい20メートルくらいじゃねぇか?」


「そんなに高いかな?私は15メートルくらいだと思うよ」


「あー、確かに。そんなもんだは」


「でしょ?」


「だな」


「ねぇ、匠君」


「なんだ?花蓮」


「キ、キスとか……する?」 


「へ?」




 あまりにも急にそんなことを言ったので、おもわず心の声が漏れてしまった。確かにさっきも言った通り、明るく光っているクリスマスツリーから少し離れた薄暗いところだから、あんまり人目にもつかないし、それに、周りでも数組のカップルが、キスしているから別に変なことだとは思わない。思わないんだけど、心の準備が……




「や、やっぱり困るよね、アハハ……」


「いや、そうじゃないんだ。ちょっと急すぎてびっくりしただけだよ」


「そ、そっか……じ、じゃぁ…する?」


「そ、そうだな」




 そう言うと、俺は花蓮の両肩に手をおいた……ところまでは良かったのだが、この先になかなか進めない。だめだ、何も考えちゃだめだ。落ち着け早野匠。こういうことは、付き合ってるやつらはみんなしてることだ。そうだよ、もう付き合って4か月近くもたってるんだから、別に何にもおかしくないじゃないか。




 落ち着け、落ち着け、ふー、ふーー。




 そんなことを考えながら、ふと花蓮の方を見る。すると、花蓮は今か今かと目をつむって待ち構えていた。花蓮も緊張しているのか、目を強く閉じている。だめじゃないか早野匠。彼女が待っているんだ、男の俺が、うじうじしていてどうする。よし、行くぞ。3・2・1




「んっ!」




 俺は、カウントと同時に花蓮の唇に、自分の唇を重ねた。


それから5秒程経って、俺たちは唇を離した。女の子の唇は、とても柔らかく、溶けてしまうのではないかと思った。5秒しか経っていないとは思えないほど、すごく長く感じた。お互いに、直視できないほどはずかしくなった。寒さのせいなのかそうではないのか、耳まで真っ赤になっていた。




「イ、イルミネーション、綺麗だな」


「そ、そうだね」


「あ、そうだ。これ、クリスマスプレゼント」


「え、なになに?」


「ネックレスなんだけど……」


「え?ほんと?高かったよね?」


「そんなことないよ」


「本当に?」




 はい、ぶっちゃけ今金欠状態ですけどね。ハハハ……15万は、ちょっと張り切りすぎたかな?そういや店員も、年齢聞いて腰抜かしてたから、確かに少し高すぎたのかも。


 まぁでも、少しくらい高くたっていいじゃないか!なんせ初めてのクリスマスプレゼントなんだから。それよりも、喜んでもらえるかが大事なんだよ。




「付けてもいいか」


「うん、お願い」




 俺は、花蓮の細い首に、ネックレスを回した。そして、花蓮が俺に聞いてきた。




「どう?」


「うん、思った通り似合ってる」


「そぉ?ありがとう」


「良かった、喜んでもらって」




 花蓮の喜んでいる顔を見ると、俺も嬉しくなるんだよな。




「あのさ、匠君。実は私もプレゼント用意してきたんだけど……」




 花蓮からもプレゼントがあるんだ。何だろ、スゲーわくわくするな。




「ん?なんだ?」


「手編みの手袋なんだけど…」


「え?まじで!やったー!俺彼女の手編み手袋、夢だったんだよな」


「ほんと?嬉しいな」


「ありがとう」




 俺は、花蓮に手袋をもらうと、すぐさま手にはめた。




「暖かい」


「良かった~」


「ありがとな、花蓮。これ、大事にするな!」


「うん、私も」




 その後、俺たはもう少しだけイルミネーションを見た。もちろん、俺は手袋をはめたままで、花蓮はネックレスをつけたまま。






「今日は楽しかったな」


「うん、すっごく楽しかった」




 俺たちは、今日という日を楽しい思い出でいっぱいにしてくれた竹坂パークを後にして、電車に乗っていた。花蓮は次の駅で降りるので、もうすぐお別れだ。




「また行こうな」


「うん、またこようね」


「じゃぁまたな」


「うん、また」




 そう言って、花蓮は電車を降りた。


 そして、電車は俺を乗せて発車した。




「やっぱり口には出せなかったけど、俺ってなにげに今日初めてキスしたんだよな」




 俺の唇には、かすかだがまだキスの感触が残っていた。思い出すと、思わず頬が緩んでしまう。




「まったく、初めてっていうのはすごく響きがいいな」




 そう呟いて、俺は少しだけ眠りについた。






「ただいまー。おかえりー」




 家までは、どこにも寄り道せずに帰ってきた。というか、少し寝た後、一気に疲れが込み上げてきたから、寄り道する気力がなかったという表現が正しいだろう。だから、手っ取り早く風呂に入り、カップラーメンを食べ、速やかに就寝しようとしたのだが…。瞼を閉じると、今日の出来事が瞼の裏に映るので、なかなか寝付くことができない。




「今日は寝れねぇな」




 だから俺は、諦めてアニメを見ることにした。




「今日は何やってるのかなー。お、クリスマスのOVAやってるじゃん」




 もうとっくに日付は変わっており、今日は12月26日だった。多分このまま一睡もせずに朝を迎えることになるのだろう。それでも、時間を無駄にするよりかは幾分ましだろう。だから、俺はアニメの世界に深く入り込んでいった。昨日もらった手袋を、外すのを忘れているのも気づかないまま。






 そして、この時はまだ、このまま何事もなく今年が終わることは無いということは思ってもいなかった。

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