10話 平穏な日常に問題発生

「貴様に花様は渡さん!」




 後ろからそう言われ、俺は後ろに振り返った。すると、そう言ってきた少女は俺に向かってシャーペンを投げてきた。しかも、丁寧なことに芯の方をこちら側に向け、ピンポイントで俺の顔を狙っていた。


 俺は咄嗟の判断で左下に避けるようにかわた。そして、その少女のほうを見て思わず声が漏れた。




「え。どういう状況?」






□ □ □






 体育祭も終わり、特に何もないただただ平穏な日々を謳歌していた。何もないとは言え、まったく何もなかった訳ではない。彼女と一緒に帰ったり、彼女と一緒に飯食ったり、充実した日々を過ごしていたことに変わりはない。ただ、何か説明するほどのビッグイベントがあった訳ではなかったということだ。いつも通り。その言葉が最もしっくりくる変貌のなさだ。


 強いて言えば、体育際の活躍によって時の人にはなったが、あくまで時の人は時の人だ。1週間もたてば、たちまち周りに寄って来る人が消えた。まぁ、俺に彼女がいるということもあってか、女子はほんとに数日しか寄ってきてくれなかった。ちょっと寂しい。


 そんなこんなでもう10月も終わりに差し掛かろうとしていた今日この頃、珍しく俺に視線が集まっていた。と言うか、俺に話しかけてくれている人に視線が集まっており、俺は嫉妬の眼差しを送られていた。




「だから、ね。今度の日曜日って…暇?」


「あ、あぁ。予定はなかったと思う、けど」


「そっか、よかった」


「な、なんだ?」


「何をするかは秘密だけど、家って使えるかな?」


「あぁ。それは大丈夫だけど、そのためにわざわざ月曜日に週末の約束をしに来たのか?」


「うーん。間違いではないかな。部屋とか片付けてくれてる方が私たちもやりやすいし」


「やしやすいって…だから何をするんだよ。俺の部屋は7階だから、上にも下にも住人がいるから暴れたりはできないぞ?」


「何をするかは教えないけど、暴れたりはしないから安心してね」


「ま、まぁ。花が言うなら問題ないか」


「行く人だけどね。私と陽菜ちゃんと花蓮ちゃんでしょ、それから上村君とりせちゃんは今誘ってる途中。だからそんなに多くはないと思うから」




 それを聞くと、俺は180度振り返って隣の席の少女に尋ねた。




「え。花蓮ってこのこと知ってたの?」


「う、うん。体育祭終わった後くらいに決めたんだけね。ほんとは私が確認しとくはずだったんだけど、うっかり忘れてて……その、ごめんね」




 そうかわいらしく(本人には全くその気はないとは思うが)謝られると、何も言えなくなる。まぁもともと何も言う気はなかったのだが。




「それはいいんだけどさ、その……」


「ん?」


「どうしたの?」




 いや、視線が痛いから放課後まで待ってほしかった。なんて言えるわけがないよ。うん。冷静に考えて、花は学校で1番の美少女だ。そして、花蓮もなかなかにキュートな女の子だ。この学校じゃなければ学校のアイドルにでもなっているほどに。そんな2人に囲まれているというこの状況。冷静に考えなくても分かっていた。理想の展開だ!


 とは言え、あくまでも両手に花状態だ。別にハーレムとかそんなんじゃない。ただちょっと女子の比率が多いだけ。うん、そう考えると急に安心感が湧いてきた。




「ねぇ早野。弁当一緒に食べへん?勿の論で花と花蓮も一緒にだけど」


「あ、あぁ。そうだな。そろそろあの件も本格的に決めていかないといけないしな」


「そうやね~」


「あ。私は大丈夫だよ、匠君」


「私も、無理な日もあるけど大丈夫そう」


「そっか~2人も大丈夫なんや~。あ、言うまでもなく私も大丈夫だよ」


「それならこれからは名前とか決めていかないとな」


「うん。そうだね」


「何か考えとくね」


「うん。また今度集まって考えよう」


「そういやさ」


「なんだ?田神」


「今の早野って、モテモテみたいだね。俗に言うハーレムってやつ?」


「……」




 それ今最も口にしてはいけないやつーーーー。俺もさすがにうすうす気づいてましたよ?でも、極力考えないようにしてたんですよ?こういうのクラスですると、また騒ぐ奴らがいっぱい出てくるんだけど……




「あいつ、体育際の時も思ったけど。最近やたらと女子と話してるよな」


「それな。彼女のいる分際で他の女にも手を出すとか」


「しかも、寄ってくる女がみんな揃って2年美少女ランキングトップクラスの逸材だもんな」


「ありえない。ただでさえ2位の岡田さんが彼女だっていうのに、1位の伊藤さんに5位の田神さん。それにこの前の体育祭では4位の東川さんと手を繋いで仲良く走ってたしな」


「なにぃ?それはもう死刑だな」


「そんなんじゃ安いくらいだ」




 いや、全部聞こえてますよ?ていうか2年美少女ランキングなんて俺初めて聞いたんですけど。そして1つだけ訂正させてほしい。別に仲良く走ってなんてない。こっちは3回目で疲労が露骨に表情に出るほどだったんだぞ!


 こんな時に何だが、この嫉妬の文句を言い合ういつものコンビだが、こいつらは『リア充乙』という懐かしい略名の会の会員で、書記の海町うみまち健けんと、雑務の西にし祐一郎ゆういちろうだ。共に4組なのだが、非常にめんどくさい。2人とも運動も勉強もそこそこできるので、こんなことさえしていなければ、間違いなく彼女ができるはずなのだ。本当に、勿体ない。そう考えれば、俺に彼女ができたことが不思議でが…それはこの際棚に上げよう。




「そ、それはさておきさ。昼休み、後半分くらいしかねぇぞ」


「え、うそ。まだ一口しか食べてない」


「私も。ほとんど残ってる」


「どうしよう、このままじゃ食べきれないよ」


「私も時間足りないかも」


「花と花蓮は手作りなんだ」


「う、うん。あんまり上手じゃないけど…」


「私も苦手だったから克服するために始めたから上手ではないかも…」


「へー。私は基本的に購買のパンだからねぇ~」


「え。田神って料理得意そうなのに以外だな」


「うーん。確かに料理は人に食べさせることが可能なくらいには得意だけど、めんどくさいから」


「なるほど。田神らしい意見だな」


「でもほんとに時間ないね~。2人ともいっつも時間ギリギリまで食べてるし、1人じぁ厳しそうだね」


「「!?」」


「そういや2人も食べるの遅かったな……」


「匠君!」


「早野くん!」


「2人同時にどうした」


「「私のお弁当、ちょっと食べてくれない?」」




 なんともまぁ2人揃って一言一句違わないことを言いますね。この状況。高校入学前の、理想のシチュエーショントップ5には入りますよ。


 しかし、この状況はまたあの2人が騒ぎ出すな。でも、今回は聞こえないふりでもしてごまかそう。だって、女の子の手作り弁当を食べれるのだから。




「じゃ、いただこうかな」




 そう言って俺は2人の弁当を少しずつもらった。




「う、美味い。美味いよ、2人とも」


「あ、ありがとう。匠君」


「ちょっと自信ついたかも」


「すげーな。俺もこれくらい料理できるようにならないとな」


「それじゃぁ、その時は私たちが食べさせてもらおうかな」


「うん。食べたいかも」


「よ、よし。今日から猛特訓するは」


「楽しみにしてるよ、匠君」


「任しとけ」




 彼女に手料理をふるまうとか、ちょっと憧れあったし本格的に頑張らねぇとな。






 時は経ち放課後。今日までの課題があったため、それを提出してから帰ると言い、先に門の前で待ってもらうことにした。


 俺は職員室へ向かうために教室を出た。そして鍵をかけ、歩き出したときだった。後ろから足音がする。そしてその足音は気のせいではなく、その方向から声がする。






□ □ □






 という感じで現在に至るのだが、そこにいたのは少女たちだった。


 俺にシャーペンを投げてきたのはダークブラウンのショートヘアで、少し釣り目のいかにもヤンチャそうな女の子。そして、その隣にいるのが赤の混じった黒髪ロングの無口そうな女性。さらに茶髪のボブカットの小柄な子。そして、ひときわ目立つのが、その3人に守られているかのように隠れているいかにもボスって感じの黒髪ロングの女。女王様という表現が一番近いと思う。




「そうですね…どういう状況と言われましても、こういう状況としかお答えできませんね」


「お前ら誰だよ」




 俺はそもそもこいつらの学年、クラス、名前の全てわかっていない。ただ分かるのは、俺に敵意を向けてるということだけだ。




わたくしたちは、『花様を汚らわしい男連中から守る会』通称『花丸会』です」


「は、はぁ」


「そして、私が会長を務める2年2組の仲居なかい彩羽いろはと申します」


「同じく2年2組の副会長兼秘書の前川まえかわりんです」




 ボディーガードっぽいやつがそう名乗り、そして続けて他の奴の紹介をする。




「こちらの活発な子がはたけ紗月さつき、あちらの小柄な子が飯田いいだ那留なる。どちらも1年2組です」


「あ」




 そして俺はその苗字を聞いて思い出した。飯田那留。どっかで見た顔だと思ったが、まさか生徒会長の妹だったのか。中学の時にいたな、そういえば。確かほのぼのしてる会長とは違い、ずるがしこいというか、小悪魔的な感じだったと思う。頭はそこまでよかった覚えはないが、運動はできたよな。




「さて、本題に入らせていただきますが」




 さっきまでの作り笑いはどこはやら、鋭い目つきで仲居が話す。




「あなたは私たちの花様をどうするおつもりで?」


「へ?」




 思わず変な声を出してしまう。どうするって…何?俺はただ1年の時から仲良くしてもらってるだけなんだが、俺にどうするもこうするもないと思うのだが。




「あのーですね。何か勘違いされてませんか?」


「勘違いも何もないでしょう。あなたは私たちの、花様とお付き合いしようとしているのでしょう?」


「いや、俺彼女いるけど」


「貴様!彼女のいる身分で花様にも手を出しているのか!なんていうやつだ」


「おやめなさい。紗月」


「す、すみません。ついかっとなってしまいました」




 俺にとびかかろうとしていた畑は、仲居の一言で1歩下がった。




「あのな。1個言わせてもらうけどな、俺別に花のこと狙ってないからな」


「うっそだ~。男なんてみ~んな可愛い子には好意を向けるんだよ~」




 嫌そうな顔で手を振っている。まるで脱ぎっぱにされているお父さんの靴下を洗濯機に入れた後みたいに。




「そんなことを言ってはいけませんよ、まだ決めつける段階ではありません。本当に興味がないのかもしれませんよ?彼女もいるようですし」


「ていうか~。そもそも彼女がいるっていうのも嘘っぽいんですけど~」


「それは分かる」


「いや分かんなよ!」


「「……」」


「…あ」




 思わずつっこんじゃった。




「そうですね、私も同学年ですがそのような噂は耳にしていませんしね」


「え~。ますます怪しいんですけど~」


「あーもう分かったよ。教えればいいんだろ」


「物分かりがよくて助かります」


「2年4組の岡田花蓮だよ」


「「「!?」」」




 そう言った瞬間、前川を除く3人の動きがピタッと止まった。




「ま、まさか…じょ、冗談ですよね?」


「そ、そうそう。片思いなのに妄想で付き合っちゃってるだけでしょ?」


「いや、ほんとなんだが……」


「「「まさかー」」」




 まったく信じてもらえない。何でだ?




「何で信じないんだ?」


「だ、だってねぇ。あの下村学園女子人気投票圧倒的2位の岡田先輩だろ?貴様みたいないかにも非モテみたいなのが付き合えるわけが……」




 ないという言葉を続けようとしたのだろうが、その言葉は思わぬ来客によって阻まれる。




「あ、匠君。こんなところに居たんだ。もう、一緒に帰るって言ってたのに来るの遅いから迎えに…ってどういう状況?」


「「「!?」」」




 3人が口をあんぐり空けたまま動かなくなった。




「あー、花蓮。実はちょっと面倒なことになってるんだが、その…花蓮と俺が付き合ってるって言ったんだけどなかなか信じてくれないんだよ」


「だ、だ、だ、だって、あの、あの岡田先輩ですよね」


「えーと、この学校には2年生には私と3年生にはお兄ちゃんしか岡田って苗字はいなかったと思うよ」


「そ、そうですけど……」


「お、岡田さん」


「あ、彩羽ちゃん。久しぶりだね」


「えぇ。その、岡田さんはこのお方とお付き合いされているのでしょうか」


「うん。私から告白して付き合ってるよ」


「え!告ったの岡田先輩なの」


「うん……って思い出したら恥ずかしくなってきちゃった…」




 花蓮がほんとに恥ずかしそうに真っ赤になった顔を隠す。か、可愛い。




「ど、どうやら本当のようですね。疑ってしまい申し訳ございません。えーと、その」


「早野だよ」


「は、早野さん」


「まぁ疑いが晴れたならそれでいいや。じゃ、俺は鍵返しに行かねぇとだめだから。それじゃ」




 そう言って、この機を逃さないでおこうとせっせと歩き出すと、




「でも~、男って1人の女じゃ満足しないとか?」


「そうだよねー。疑いは完全には晴れないよねー」




 はっきり言おう。め、めんどくせー。こいつらめんどくさ。あーめんどくさ。さすがにやってられん。相手にしてると日が暮れる。




「分かった分かった。でも俺は特に何かできるわけでもねぇから」


「そうですね」




 次のターゲットが見つかれば飽きてくれるだろう。




「今回はあなたを信じましょう」


「え、信じちゃうんですか?彩羽さん」


「えぇ。疑ってばかりでは真実というものは見えなくなってしまうこともありますから」


「それなら助かるよ」


「えぇ」




 そういった彼女は、取り巻きたちを先に返し、俺に1対1で話がしたいと言ってきた。だから、俺は花蓮にすぐに行くと言い2人になった。




「まだ疑ってんのか?」


「いえ。彼女たちはああいっておりましたが、正直なところ私はあなたを純粋潔白の白だと思っております」




 彼女の目には始めの鋭さはなく、申し訳ないという感じを出していた。




「んじゃなんだ?話したい事って」


「単刀直入に言います。あなたに花様の監視役兼護衛を依頼します」


「……なるほど」


「はい。あなたは男性の中で最も花様と近い存在ですので、そのあなたが白なら、最も最適な選択だと思うのです。それこそ花様が男の人と仲良くしておられれば、他の男性は惜しみつつも手は出さないと思うので」


「うーん」




 確かに言ってることは分かる。が、俺にメリットがないような……。いや、あるか。このめんどくさい集団から公認で花と仲良くし続けられるのか。ま、内容自体は別に今まで通りにしとくだけでいいしな。




「分かった。やろう」


「本当ですか?」


「あぁ。だけど1つだけ条件」


「なんでしょうか」


「これからは変な監視のために4組まで来るのをやめてくれ」


「……そうですね。分かりました、約束しましょう」


「よし、これで契約成立だ」


「では、定期的にお話をお聞きしたいので連絡先を交換しましょう」




 なんて言いくるめられてつい流れで女の子と連絡先を交換してしまった。




「それでは、また」


「あ、あぁ」




 こうして俺はこのめんどくさい集団とひと悶着つけ、小走りで職員室に向かった。


 案の定、めんどくさいことになるのだが、それはまだ先の話である。

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