9話 後半戦で問題発生
見世物としての応援合戦が終わり、いよいよ午後の部が始まろうとしていた。
午後の部は、主に団体競技となっていて、1人1つ出ることになっている。というか、4つの競技があり、それぞれ男子と女子で協議が分かれている。男子は綱引きと棒倒し、女子は玉入れと二人三脚リレーという分け方だ。1学年10人ずつで、3学年合わせて30人となる。学年の壁を越えた団結となるため、ここは先輩のリードと後輩の態度が完璧に合わさって初めて勝利が見えてくることになる。
これらの競技はそれぞれ1位から順に100、80、60、50、40、30となっていて、逆転のチャンスが大いにある。そのため個人戦の練習を捨てて、団体競技の練習しか行わないクラスも少なくはない。
「いよいよ団体競技、始まるね」
「そうだな」
「勝てるかな」
「勝とうぜ」
「そうだね、心配してたらダメだよね。強気にいかないとね」
「そうだな。総合1位だって狙える圏内だもんな」
「それはどのクラスも一緒だけどね」
「そうだな。一番怖いのはやっぱり3年の個人競技で圧倒的な差をつけていた風紀委員長率いる5組だよな」
「そうだよね」
「現在4位で差は230点だが、はっきり言ってまだ分からん」
「確かお兄ちゃんは綱引きだったはずだよ」
「かろうじてかぶってないのが幸いだよな」
「あ、そろそろ始まるよ」
「風紀委員長。見ものだな」
第七種目 綱引き
「只今より、綱引きを始めます。綱引きは総当たり戦です。一試合につき30秒です。第一試合1組対2組、3組対4組、5組対6組」
「最初は3組か。確か生徒会コンビのいるクラスだったよな」
「うん。会長と副会長だね。確か最下位だったよね」
「あぁ。どんなもんかな」
結果
1組 3勝2敗 3位
2組 1勝4敗 5位
3組 0勝5敗 6位
4組 4勝1敗 2位
5組 5勝0敗 1位
6組 2勝3敗 4位
「やっぱりと言うか、すごいな5組。圧倒的だな。それと4組は5組以外に負けてないみたいだな」
「うん。これで6組と同率の1位だね」
「面白くなってきたな」
「うん。そうだね」
このままで進むとは思っていないが、うまくいけばいいんだけどな。
第八種目 玉入れ
「私は玉入れですので」
「お、ルンは玉入れなのか」
「はい」
「私もだよ」
「花もか」
「うん」
「2人とも頑張ってね」
「頑張れよ」
「できる限りは頑張るね」
「私には、あまり期待しないでください」
「2人とも期待してるぞ」
「いってらっしゃい!」
「只今より玉入れを始めます。玉入れは2試合行います。1試合目は通常通りの点数を、2試合目は50球以上の玉に2倍の点数を与えます。1試合の時間は1分です」
「なんかややこしい点数配分だな」
「確かにそうだね」
「何でこんな変な点数配分なんだ?」
「お兄ちゃんが言うには、伝統なんだって」
「へー。変な伝統もあるんだな」
「だね」
結果
第一試合、第二試合、合計
1 89球 79球 198点 3位
2 77球 43球 120点 6位
3 47球 149球296点 1位
4 63球 91球 196点 4位
5 51球 62球 126点 5位
6 96球 87球 221点 2位
「なんか3組、あと1球でパーフェクトだったみたいだな」
「うん。生徒会長が100球近く入れたらしいよ」
「恐ろしい強運だな」
「そうだね」
「それにしても4位か。3位に戻ったな」
「そうだね。悔しいけど」
「後2種目とリレーか」
「とりあえず次の種目勝ってね」
「任せとけ」
第九種目 棒倒し
「頑張ってね」
「おう」
まぁ、俺はただ棒を棒立ちでボーっと支えるだけなんだけどな。
「只今より棒倒しを始めます。棒倒しはトーナメント形式となっています。先日に行った抽選より決定した組み合わせで行います。第一試合、4組対5組」
「たくみん。頑張るぞ!」
「がんばろや、匠」
「よう正午、それに健斗も」
「ワイは運動はからっきしやからな」
「俺なんか勉強も運動も下の下の下だよ」
「安心しろ。俺もだ」
「ま、ほどほどに頑張ろう!」
「せやな」
「そやな」
「第一試合始め」
合図とともに、双方のクラスがぶつかり合う。安全のため、ぶつかるのは攻めと守りのみで、攻めと攻めはぶつからないようになっている。
なんて言っている間に、5組の棒が倒れた。
「第一試合4組の勝ち」
「やったー。たくみん勝ったぞ!」
「ま、ワイらなんもしとらんけどな」
「そうだな。でも、勝てたのは大きいな。俺らは1回勝てば次決勝だからな」
「そうやな」
「第二試合1組対6組。始め」
こちらも合図とともに全力で攻めだす。
「ここで1位と2位がつぶし合ってくれるのはありがたいな」
「そうだな。これで一気に差ができるかもな」
そして、接戦の中先に倒したのは1組だった。
「第二試合1組の勝ち」
そして、予想通り1組が2組を倒して決勝に上がってきた。
持ち場に着こうとしたとき1人の男が近づいてきた。
「やぁ、匠君。調子はどうだい?」
「良くも悪くもねぇよ」
「お互い頑張ろうね」
「あぁ」
「そういえば聞いたよ。リレー、アンカーなんだって?」
「そうだよ」
「去年の失態を繰り返さないといいね」
「ご忠告ありがとさん。生憎だが知らないうちになってたんだよ」
「検討を祈るよ」
茶化しに来たのか?あいつ。
「決勝戦1組対4組」
「お前ら、ここが勝負どころだ。死ぬ気で頑張れ!」
3年生の先輩が士気を高める。
「決勝戦、始め」
合図と同時に今までで一番の圧力で両者がぶつかる。気力が最初の試合と違う。押しつぶされそうだ。頭がくらくらする。
「うぅ」
俺の意識が飛びそうになり、力が緩んだと同時に、棒が傾きだす。慌てて体制を立て直そうとするが、もう後の祭りだ。みるみる倒れていき、あっという間に後45度程まで倒れた。
その時、試合終了の笛が鳴る。
「決勝戦4組の勝ち」
アナウンスを聞き、慌てて相手陣地を見る。どうやら先に4組の攻め組が倒したようだ。
「やったー。たくみん、勝ったよ!」
「そうだな。耐えたかいがあったな」
結果
1 2位
2 6位
3 3位
4 1位
5 5位
6 4位
「お疲れ様、匠君」
「まぁ、俺ほとんどなんもしてないけどな」
「そんなことないよ。決勝戦なんて、どっちが勝ってもおかしくなかったもん。必死に支えたから勝ったんだよ!」
俺のせいで傾きだしたことは秘密にしとくか。
「次、花蓮の番だな」
「任せといて!」
「任しとく」
第十種目 二人三脚リレー
「じゃ、行ってらっしゃい。花蓮」
「うん」
「田神も、行ってらっしゃい」
「頑張ってきま~す」
2人がペアで、アンカーらしい。
「只今より二人三脚リレーを始めます。各学年ごとに勝負を行います。1位から順に6、5,4、3、2、1の点数を振り分け、3回分の点数を合計して順位を決めます」
「頑張ろうね、陽菜ちゃん」
「うん」
「第1レース第2学年」
「行こ、陽菜ちゃん」
「行こっか、花蓮」
「よーい始め」
ピストルの発砲音で、6クラスの全員がスタートする。1組が1位で2番手にたすきを渡す。次に4組、その次に6組が渡す。そのままアンカーまで順位変動なくたすきが渡される。
「「せーの。1,2,1,2」」
花蓮たちが勢いよくスタートする。さすが中学の時からの親友と言うだけあって、息ぴったりだ。ゴールまで残り10メートルと言ったところで前を走る1組の生徒が転倒する。そのおかげで、花蓮と陽菜のペアは、1位になり、そのままゴールした。次にゴールしたのは6組で、りせだった。
「何とか勝てたね」
「そうやね、後は先輩と後輩にかけるしかない!」
「そうだね。でも、大丈夫かな…1組の子」
「うん、すぐ立ち上がって続行してたし大事には至ってないみたいやね」
「そっか。それなら一安心だね」
結果
1 13点 2位
2 7点 5位
3 6点 6位
4 17点 1位
5 9点 4位
6 11点 3位
結果で言うと、4組は1年が2位で、3年が1位と好成績を残した。
「お疲れさん。花蓮と田神」
「ただいま」
「お疲れです」
「何とか勝ったみたいだな」
「うん。これで後はリレーを残すのみとなったね」
「あぁ。そうだな」
リレー。この勝負に勝てば、謎めいた町田の正体がわかるんだな。
第十一種目 第1学年クラス対抗リレー
「ここが重要だね。3年生は5組以外は似たり寄ったりだから本番次第って言ってたけど、1年生は4組強いらしいよ」
「まじか。それは楽しみだな」
リレーは団体戦と点数配分が変わる。1位から順に150、120、100、80、70、60となる。
「よーい」
パーンという銃声で始まったリレーは、序盤から4組がリードを奪う。そして、そのままリードを保ったままアンカーまで回り、無事に1着でゴールした。
結果
1 2位
2 5位
3 6位
4 1位
5 3位
6 4位
「勝ったね、4組。しかも結構圧倒的に」
「そ、そうだな。これは2年の俺らはプレッシャーだな」
「次に私たちが1位だったら優勝だね」
「そうだな。計算上そうなるな」
「頑張ろうね」
「お、おう」
正直に言う。多分無理だ。俺がアンカーなら。
第十二種目 第2学年クラス対抗リレー
「位置について、よーい」
パンッ。始まりを知らせる発砲音が、グラウンドに鳴り響く。俺たち4組は、3位という好ポジションをマークした。スタートに成功した1,4,6組が、首位争いをする展開で、序盤は進んでいった。その展開が、突如として崩れたのは4組のある男に回った時だった。
その男は門田正午。運動は基本的にできないが、この男、こと走ることにおいては町田や康晴と同等レベルの能力を持っている。一気に先頭へと躍り出た正午は、ぐんぐん後続を引き離してバトンを繋いだ。この差が大きく、2位と3位は競り合っていたが、1位は揺るがなかった。このままいけば、本当に1位もあるかもしれないと、クラスの全員が思い始めたときだった。
「ッッ!」
花蓮が転倒してしまったのだ。すぐに起き上がり走り始めたが、その間に1組と6組に抜かされてしまい、3位に転落してしまった。そのまま試合は続いていき、いよいよアンカーの前のランナーがスタートした。
「よう匠」
「よう、康晴」
「やぁ匠君」
「町田もか」
「今回は俺が勝つぞ?晴也」
「それはこちらのセリフだよ、康晴君」
今の順位は1組と6組が競り合いの状態を続け、4組が一歩手前でそれを追いかける展開。アンカー次第では逆転もあり得たが、そのアンカーが俺ということもあって、4組はほとんどの人間が諦めかけていた。
前のランナーが近づいてき、康晴と町田が助走の準備に入る。俺も続いて準備に入る。そのとき、観客席から声援が聞こえてくる。
「匠ちゃん。頑張りなさいよ!」
母さんだ。そんなに大きな声出しても無理なもんは無理だよ、母さん。
俺は右足に力を籠める。すると、去年の出来事がフラッシュバックする。
去年の体育祭も、俺はアンカーだった。理由は、康晴が俺を推薦したからだ。康晴は、ふざけて選んだわけではなかった。根拠は分かっていた。
自慢話になるが、俺は中学の時は運動が得意だった。特に短距離走が得意で、3年のときの50メートル走のタイムは6.18秒で、学年1位だった。前にも1度話したが、俺はテニス部でエースだった。全国区の大会で準決勝まで進むくらいではあった。しかし、あの事件が起きた。
それ以来、俺は本気で運動をしようとすると、フラッシュバックして、うまく動けなくなった。康晴はそれを知っていた。決して嫌がらせでないことも分かっていた。多分、復活のきっかけになればと思ってくれたのだろう。それに、もし全開の力を発揮することができれば、戦力になることも確かだった。
しかし、思うようにいかないのが人生というものなのだろう。俺は混戦の中、僅差の1位を守るため、全力で走り出した。が、俺はすぐに転倒してしまった。そして、再び走り出すことはできなかった。ゴールできなかったため、クラスは最下位。先輩たちにも迷惑をかけた。もちろん攻めてくる人は誰もいなかった。でも、俺の過去は学年に知れ渡った。
あれから1年か。あれ以来怖くて全力を出したことがなかったな。
康晴と町田が、ゆっくりと動き出した。それに合わせて俺も動き出そうとしたときだった。
「頑張って、匠君!!」
「!?」
花蓮だった。花蓮が大声で俺を応援している。でも、悪いな。それに応えることはできなさそうだ。
そして、ふと昼間の会話を思い出す。
『リレーだけは負けたくないっていっつも思うんだ』
そして俺は我に返る。違うだろ早野匠。彼女が応援してくれているんだ。それに応えれなくて何が彼氏だ。この勝負に負ければきっと花蓮は自分のせいだと自分を責めるだろう。本当にそれは望ましい結果か?違う。それなら、俺がすることは分かるはずだ。
俺は右足にさらに力を加える。もう康晴と町田は走り出した。俺もゆっくり動き出す。
俺がすることはただ1つ。全力で走りきる。これだけだ。
後ろから花が走ってくる。女子の中では運動神経のいい花は、男相手に物怖じせずに走り切った。俺は右手を後ろに出す。
「はい!早野くん」
俺はしっかりとバトンを受け取る。
「1位。とってきて」
「任せろ」
俺は自然とそう口にし、開幕フルスロットルで走り出した。
「頼むぜ、俺の足。200メートルくらい耐えてくれ」
俺は声に出して足に語りかける。康晴と町田は競り合いを続けている。差は20メートルと言ったところか。俺がどこまで走れるか分からねぇが、追い付くことは可能だろう。
久々に感じる風を切る感覚。忘れかけていた走るという行為を嫌でも思い出させる。足のことはもう気にしない。意識は前を走る2人のみ。観客席や、待機組、グラウンド全体が響く。最初の2人が走り出したときよりもさらに大きい響きが。
俺はただただ楽しかった。久々の快感。景色を置き去りにして走る。残り100メートルと言ったところで、俺は数メートルのところまで追いついた。さすがに俺の存在に気づいたのか、2人が一瞬振り返る。すると、2人は笑顔になった。それは、馬鹿にした感じでもなく、面白いわけでもない。ただただこの瞬間を心から楽しんでいる。そんな顔だった。多分、俺もそんな顔になっていると思う。現に、心から楽しいからだ。
残り80メートル。俺はついに2人に並んだ。すると、2人はペースを上げた。俺も、それに合わせてさらにペースを上げる。横一列に、リードを許さない3人。
残り20メートル。目の前には白のゴールテープが見える。それを見ると、さらにペースが上がった。自分でも信じられない。楽しい、それしか感じられない。ここにきてついに俺が一歩リードする。追いつこうと2人がペースを上げるがもう遅い。
残り数メートル。俺は今までで1番早い速度で走っていた。
そして、ついに俺はゴールテープを切った。1位だ。そう確信した瞬間。意識が党のいていくのが分かった。シンデレラの魔法が溶ける。アドレナリンが切れたのだ。そりゃそうだ。限界なんて、とっくに超えていたのだから。俺はその場に倒れた。
目が覚めると白色のビニールのような天井が見える。なるほど、ここは救急テントのシートの上か。おそらく、あの後すぐに連れてこられたのだろう。ふと隣に目をやると、そこにはパイプ椅子にもたれかかって寝ている花蓮の姿があった。どうやら傍にいてくれていたのだが、途中で疲れてしまったのだろう。無理もない、今日は体育祭だったのだから。あたりを見渡すとまだオレンジ色の空だった。どうやら今は後片づけをしているようだ。俺は起き上がった。
「ん、んん…。ん?」
そんな可愛い声を出しながら、花蓮が目を覚ました。
「おはよう花蓮」
「!?」
「色々聞きたいことがあるんだが、まずはありがとう。俺を心配してくれて」
「良かった…無事だったんだ。しばらく目を覚まさないから心配した」
「それでさ。順位、どうだった?」
「……勿論、優勝したよ。リレーも1位」
花蓮が笑顔でピースをしていた。どうやら俺が無事と分かって安心したようだ。
「そっか。なら無理したかいがあったな」
「ほんとに、無理しすぎだよ匠君。勝利の引き換えに匠君を失うかと本気で思ったんだから」
花蓮の目じりにうっすらと水滴が見える。どうやら本気で思っていた証拠だ。
「悪いな。花蓮に応援されたら、なんか走り出してたんだよな。あんまり詳しいことは覚えてないけど、楽しかったってことは覚えてるんだよな」
「そうだと思うよ」
「何でだ?」
俺は不思議に思い、そう尋ねた。すると、
「だって、とっても楽しそうだったもん」
花蓮はとびっきりの笑顔でそう答えた。
倒れてしまうほどに全力で走った見返りが、この笑顔。案外人生ってのは均等にできてるのかもしれないな。そう思える1日だった。
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