第11話 大神殿、継世の巫女


 大神殿の最高位の女性神官と思われる美少女に、大神殿で話を聞きたいと一緒に馬車に乗るよう言われてしまった。俺はその言葉に従わないわけにもいかず、素直にその女性神官さんの乗る馬車に乗り込んだ。


 どこに座っていいのか分からないので、まごついていたら、


「私の隣に座りなさい」


 女性神官さんからそう言われてしまった。馬車は二人ずつ向かい合って座る四人用のものだったが、車中はそんなに広くはないので、俺と女性神官さんとの距離はかなり近い。


 大神殿と俺を繋ぐ接点はもちろん聖剣ジルを引っこ抜いたことしか思い浮かばない。悪意があったわけでもないし、実際聖剣ジルはその場に置いてきている。とがめられる理由はない。ハズ。と、自分にいい聞かせながら黙って女性神官さんの隣りに座っていたら、


「あなたの名まえは?」と、女性神官さんが俺の方に向いていきなり話しかけてきた。


 その拍子に女性神官さんの膝が俺の太ももに当たった。そこで俺が太ももを急に引くのも変な気がして、女性神官さんの膝が当たったままで、名まえを答えた。


「エドモンド・オーサーといいます」


「オーサー殿、さすがに、わたしのことは知ってるわよね?」


 目の前の女性神官さんに限らず神官の名まえなど誰一人知らないし、かといって知りませんとも言いづらい状況の中、俺が黙っていると、


「オーサー殿、まさかわたしのことを知らないの?」


 目の前の女性神官さんは、よほど有名な神官のようだ。


「申し訳ありません」と、謝るしかない。


「わたしのことを知らない人がこの王都にいたとは。

 とはいえ、知らないものは仕方ありません。わたしは神殿の『継世けいせい巫女みこ』リディア・ブラウです」


「継世の巫女さまとは?」


「それも知らないのですか。

 継世の巫女とは、王の交代時に聖剣の名を持って次代の王を祝福する女性神官です。神殿では最上位の位階です」


「分かりました。

 それで、継世の巫女さまは私にどのようなご用なのでしょうか?」


「わたしのことはブラウと呼んでください。『さま』は不要です。

 神殿に戻って話すつもりでしたが、ここで話しましょう」


 馬車の車輪が石畳の上をゴロゴロと音を立てている中、ブラウさんが俺に話し始めた。


「継世の巫女の最も大きな仕事は、王が後継者と定める者を次代の王であると形式上認めることです。これは、代々の継世の巫女が私を含め次代の王を見極める目を持っているためでもあります。いままで、王の後継者が次代の王としてよほどふさわしくなければ継世の巫女はその者を次代の王と認めてきていますし、いままで王の後継者を次代の王としてふさわしくないとしたことはありません。


 現王の決めた今の王太子ですが、立太子時、次代の王にふさわしいと一度わたしは認めています。しかし、聖剣が何者かによって抜き去られたいま、王太子は次代の王の器ではないとわたしの目に映っています。


 そして、今日。通りを歩くあなたの姿を見つけ、この人物こそ次代の王であると確信しました。


 オーサー殿。あなたですね、聖剣ジルベルネ・スローンを引き抜いたのは?」


 俺は黙ってうなずいた。


「やはりそうでしたか。

 あなたは聖剣をお持ちでないようですが、聖剣は今どこに?」


「ジル、いえ、聖剣の鞘がなかったものですから、この王都で鞘職人に渡し新たに鞘を作ってもらっているところです」


「なるほど、聖剣が認めた人物だけのことはあるということですね。

 代金はいかほどですか、神殿が代わってお支払いします」


「いえ、それは結構です。聖剣のおかげで稼いだ金で工面できましたので」


「失礼ですが、聖剣のおかげとは?」


「聖剣のおかげで、賞金首を二名ほど捕まえることができました」


「まさかオーサー殿が強盗団の首領と幹部を生け捕りにしたとちまたで話題になっている人物だったのですか?」


「そういうことになります」


「なるほど。それは非常に良いことを聞きました。

 馬車が到着したようです。続きのお話は神殿の中で致しましょう」




 俺はブラウさんに従って大神殿の中に入っていき、奥の間に通された。彼女と向かい合って座ったところで、黒い巫女服を着た女性がお茶などを運んできてくれた。


「話の続きですが、

 あなたを王とするには、現王にあなたを次代の王であると承認させなければなりません。

 これは現王太子を廃嫡し、オーサー殿を王太子として認めさせるということになります」


「そんなことができるのですか?」


「継世の巫女には本来その権限があるのですが、これまで一度もその権限が使われたことはありませんし、王も今さら認めないでしょう。


 しかし、王国の貴族、民衆は『聖剣を抜いた者こそ次代の王である』という継世の巫女わたしの言葉に耳を貸すはずですし、そうなれば、王はわたしの言葉を無視できないでしょう。


 そこでわたしは王に提案します。

 王の指名する者と、聖剣を抜きし者が真剣勝負をし、もし聖剣を抜きし者が、王の指名する者に勝てば、現王太子を廃嫡し聖剣を抜きし者を新たな王太子と認めよと。


 王から見れば、国内最強の戦士を使い、聖剣を抜きし者をほふれる機会が与えられるわけですから必ずこの話に乗ります。


 そして、あなたは聖剣を持って王の指名する戦士に正々堂々打ち勝ち、王太子に指名されるのです」



 確かにブラウさんの話は筋が通っているし、相手が誰であろうと聖剣ジルを手にして勝負に負けるとは思えない。ただ一つ問題があるとすれば、


「べつに、私は王になりたくはないのですが」


「諦めてもらうよりありません。あなたはあなた自身の手で聖剣を引き抜いたことで聖剣に選ばれたのですから」


 これには返す言葉はなかった。



「ブラウさんはどうして私を王に推すのですか?」


「この国の初代国王は聖剣の力によってこの国を開き王になったと言われています。初代が没した折、聖剣は当時の神殿最高位の女性神官に、将来自分の認めた新たな王となるべき人物が現れたときその力となるよう言い遺し、石の中に我が身を挿し込んだと伝えられています。


 石碑は聖剣が遺した言葉として神殿によって刻まれました。その後、女性神官の中で王を見極める目を持つ者が現れ、その者に神殿最高位が与えられ初代の継世の巫女となりました。その者が亡くなると、また新たに王を見極める目を持つ者が女性神官の中に現れ次の継世の巫女となりました。それが代々続き今に至って、私が当代の継世の巫女を名乗っています。


 なぜ継世の巫女わたしがオーサー殿を推すかと言えば、聖剣の認めた者を王と成す。これこそが継世の巫女が代々受け継いだ義務であり喜びだからです。

 わたしの代で義務が果たせるとは何たる幸せ」


 すでにブラウさんの頭の中では俺が王さまに成ることは決まっているらしい。


[あとがき]

次話で完結です。少し長めですが、最後までよろしくお願いします。

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