第10話 バッド・ボーイズ


 ジルを鞘職人バートンのもとに置いてきた俺は、鞘ができるまでの十日間王都に滞在することになったのであと九日ほど宿を延泊することにした。


 今まで一緒だったジルがいなくなったので少し寂しくもあり、少し不安でもある。時間が余ってしまったので、冒険者ギルドに顔を出して以前のような軽い仕事でも探そうかと思ったが、冒険者ギルドに田舎に帰ると一度挨拶している手前、顔を出しづらい。それに今は懐に大金を入れているので、おとなしくすることにした。


 ジルの鞘が出来上がるまで丸九日間、何もすることがない。田舎に帰るとこれから先芝居見物などできないだろうと思って、翌日少し遅めに宿を出て、芝居小屋の並んだ通りにやってきた。しばらくそのあたりをウロウロして芝居小屋の前に張り出された看板などを見て回った。


 看板には俺でも知っている『私と王さま』、『美魔女と野獣』、『オペラ座の変人』、『ミス・ジュゴン』、『ああ、無能!』、『蒼き狼テムジンと魔法のランプ』と言ったビッグタイトルが並んでいたが、いまいち見たいと思うような芝居はなかった。


 仕方ないので、少し早いが昼食を取ろうと、芝居小屋の並んだ通りに近い食堂に入った。


 店は昼前にもかかわらずかかなり混んでいたが、なんとか三人先客のいる四人席に相席で座ることができた。三人の先客たちはいずれも顔見知りのようで、世間話をしながら食事をしている。俺は定食を注文して黙って料理を待ってたのだが、当然三人組がうちわで話している声が耳に入ってくる。


「何でも、姿をくらませていたあの強盗団の首領と幹部が捕まったらしいぞ」


「わたしもその話は聞いています。二人とも、同じ男が生け捕りにしたとか。昨日その男が懸賞金をもらったそうですよ」


 話の中の『その男』が、同じテーブルに座っていると知ったら三人とも驚くだろうなと、俺は口元を緩めながら彼らの話を聞いていた。


「あの盗賊団の首領って言えば相当な剣の使い手だったんだろ? それを生け捕りにしたってことはその男はとんでもない剣の使い手ってことだよな。

 それにひきかえ、なんて言ったっけ? あの三人組の冒険者グループ」


「たしか、バッド・ボーイズとか言わなかったか?」


「そうです。そうです。名まえの通りバッド・ボーイズでしたね」


 バッド・ボーイズってあいつらのことだよな。


「警邏隊のお偉いさんの指示に従わず、勝手に盗賊団のアジトに乗り込んでいって返り討ちにあった挙句あげく、首領と幹部を取り逃がすもとになっちまったんだものな」


 俺も警備隊で聞いた話だが結構世間に知れ渡っている話のようだ。


「あの連中って、冒険者ギルドの若手の中じゃナンバーワンとか言われていい気になってたんだろ?」


「そうみたいです」


「そう言えば、連中、昔世話になった先輩が体を傷めて冒険者としてまともな仕事ができなくなったあと、バカにしてたって言うぜ」


「それだけじゃなくって、その先輩が体を傷めたのは、元はといえば連中を助けたからだって聞きました」


「何だいそりゃ。とんでもない連中じゃないか」


「連中のうち生き残った二人は冒険者資格をはく奪されたらしいぜ。二人ともケガしてるからまともな仕事もできないらしい。一人は片腕を失って、一人は背中に卑怯傷を受けたそうだ」


「ザマーないな」


「卑怯傷を受けた男は、傷口が悪化して今も寝込んでるらしい。宿所の金も滞っているらしいから、そのうち追い出されて野垂れ死ぬんじゃないか?」


「いい気味だ」


「まったくです」



 俺からすれば、ざまぁ見ろ! と言えなくもない話なのだが、何だかやるせない気持ちになってきた。そうこうしていたら、俺の頼んだ定食がやってきた。相席の三人は食べ終わったようで店を出て行った。


 運ばれてきた定食を口に入れながら、さきほどの話を思い出す。そういえば、昨日片腕で溝の泥浚いをしていた男がいたが、もしや? いや、まさかな。


 あいつらはあいつら。俺は俺。これから連中と関わることはないだろう。忘れるのが一番だ。


 あまり味のしない定食を掻き込んだ俺は早々に席を立った。



 何だか、わだかまりとは言わないかもしれないが、重いものを飲み込んだような気持で通りを歩いていたら、黒塗りの立派な馬車が通りの向うからやってきた。


 俺はその馬車が通り過ぎるよう道の脇に寄って歩いていたのだが、なぜかその馬車が俺の横に停まった。


 うん?


 通りに面した建物に用事があるのかと思い、建物を見たが、窓が並んでいるだけで出入口は離れたところにあった。


 馬車を見ると、御者が通りに降りて馬車の扉を開けたところだ。御者がそんなことをするのは馬車に乗っている人物が貴族かなにか高位の人物ということだ。


 ぼーっと見ていると難癖をつけられるかもしれないので、俺はその場から足早に遠ざかろうとした。そうしたら、背中越しに馬車の方から若い女の声がした。


「お待ちなさい!」


 呼び止められたのが俺のことなのかどうかわからないが、一応振り向くと、青い巫女服を着た少女が俺の方を向いていた。


「えーと、私のことでしょうか?」


「そう。あなた。あなたに用があるのです」


「どういった御用でしょう?」


「詳しいことは神殿でお話しします」


 神殿!? 王都で神殿といえば大神殿のことだ。青い色は大神殿の神官のうち最高位の者がまとうことを許された色だったことを思い出した。


 マズいかもしれない。背中に冷たい汗が流れる。


「ですから、あなた。私と一緒に神殿に参りましょう。いいですね!」


 嫌だとはとても言えないので、俺は素直にうなずいて、大神殿の最上位女性神官らしき少女に続いて馬車に乗り込んだ。



[あとがき]

本作もあと2話。最後までよろしくお願いします。

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2022年7月26日よりファンタジー『魔術帝国、廃棄令嬢物語』

https://kakuyomu.jp/works/16817139556324470653

全7話(1万7千字)よろしくお願いします。




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