第9話 鞘職人


 小舟に揺られて二十分ほど。目指す武器屋に近い船着き場に小舟が到着した。


 運河から道に戻った俺とジルは、すぐ先に見えていた武器屋に入っていった。店の中に客はおらず主人だけが暇そうに椅子に座って鼻毛を抜いていた。


「いらっしゃい。

 おや、オーサーじゃないか。この前、剣と防具をうちで引き取った時、田舎に帰ると言ってたけど、まだ帰ってなかったのかい?」


「いや、一度帰ったんだが、用事ができて戻ってきた」


「そうかい。

 後ろの美人さんは? まさか、オーサーの隠し子?」


「オーサーの妻のジルです」と、俺が何も言わないうちにジルが返事をしてしまった。


「オーサー。こんなかわいいどこで見つけたの? あっ! そうか、こののために田舎に帰ったのか」


「いや、まあ。

 それはいいとして、鞘職人を紹介してもらいたいんだよ。できれば一流の」


「どういうこと?」


「いろいろあってね」


「事情を聞いても仕方なかったな。一流どころはどこも結構値が張るがそこはいいんだな?」


「なるべく立派な鞘が欲しいんだ」


「事情が気になるな」


「そこは勘弁してくれ」


「冗談だよ。

 ほかならぬオーサーの頼みだ。今紹介状を書くからちょっと待ってくれ。

 そういえば、オーサー、王都を出る前腰を痛めたって言ってたが良くなったのかい?」


「腰は良くなった」


「奥さんができて腰が良くなったとは、執念で直したんだな。美人の奥さんだしな。さすがはオーサーだ。

 肩の方はどうだい?」


「肩も良くなった」


「田舎ってそんなにいいところなのか。

 話は変わるが、大神殿の成王せいおうつるぎの話を知っているか?」


「いや」


「大神殿の裏庭に、何百年も前から石に突き刺さった剣があったんだが、その剣がなくなったそうなんだ。しかもその剣は、引き抜いた者が王さまに成れるといういわくつきの剣だ。なんでも、この国の初代の王さまがその剣でこの国をひらいたとか。そのあたりは後付だろうが、これまで誰が引き抜こうとしても抜けなかったので、ここ百年忘れられていたらしい。俺は王都で生まれ育ったんだが、初めて聞いた話だしな」


「そ、そうなんだ。奇妙な話もあるもんだな」


「まさかその剣を引き抜いたやつが王さまに成るようなことはないだろうが、そいつが本当に王さまに成ってしまったらそれはそれで夢があるよな」


「そうかもな」


「俺たち庶民からすれば夢で済む話だが、王族の方々からすると笑い話じゃ済まない。

 で、王宮の方じゃ、そいつに勝手に王さまに成られても困るので、剣を引き抜いて持ち去った犯人・・を内々に捜しているらしい。

 よし。できた。

 この紹介状を持って、通りにでたら右に曲がって、最初の横道を曲がって右手の五軒目が鞘職人のバートン親父の工房だ。気難しい親父だが王都一の腕であることは俺が保証する」


「ありがとう」


「あと何かないのか?」


「すまない。用事はこれだけだ」


「気にするな。じゃあな。若い奥さんを大事にし過ぎてまた腰を痛めるなよ」


「ああ。じゃあな」


 帰り際の武器屋の主人の言葉に、ジルが小声で、


『主どの、試してみるかや?』と、聞いてきたが俺は聞こえないふりをした。



 武器屋を出た俺とジルは、武器屋の主人の言ったとおり歩いていき、バートン工房をみつけた。


 扉を開けて工房の中に入ったものの、店先らしきところには人気ひとけはない。


 仕方ないので、奥に向かって、


「バートンさん、いらっしゃいますか?」


 と、声をかけた。そうしたら、奥の方から『今いくから待っとれ』としわがれ声がした。


 ジルと二人、店先で待っていたのだが、なかなか先ほどの声の主が現れない。気難しい男という話だったので、再度奥に向かって声をかけるのは遠慮して二人してバートンが現れるのを待った。


 結局、十五分程していかつい顔をした壮年の男が奥の方から現れた。


「待たせたな。じっと待っていたところを見ると、ただの冷やかしではないようだ。

 用件を言ってみな」


「私は、オーサーと言う者です。後ろの者はジルベルネ・スローン。これが、紹介状です。なるべく立派な鞘を作ってください。お願いします」


「ジルベルネ・スローン? はて? どこかで聞いたことがあるがどこだったかな?」


 首をかしげた男は、俺の渡した紹介状を一読して「なるほど。鞘を作ってやらんこともないが、剣が無くては作れんぞ」


『主どの。わらわは剣の姿に戻る』


 ジルが人の姿から本来の剣の姿に戻った。


「剣はこれです」


「な、な、な、何じゃー? 娘が剣に?」


「そういうことです。この剣がジルベルネ・スローン。大神殿の裏庭に刺さっていた聖剣です」


「なんと! 聖剣を引き抜いて持ち去ったのはお前さんだったのか!?」


「引っこ抜いたのは私ですが、聖剣はその場に置いてきました。その時私は腰を痛めてしまい王都を去って田舎に帰ったのですが、人の姿になった聖剣が追ってきたというわけです」


「信じられないような話だが目の前で人が剣になってしまったのを見れば信じない訳にはいかない。

 よし、儂に任せろ。立派な鞘を作ってやる。

 しかし、少々値が張るがいいのか?」


「金貨三百枚までならお支払いできます」


「そこまではかからない。せいぜい金貨二百枚だ。

 五日、いや最高の鞘を作ってやるから十日くれ。聖剣はその間預かるが大丈夫だよな」


「はい大丈夫です。よろしくお願いします。代金は前金の方がいいですか?」


「そうしてもらったほうがありがたいが、どっちでもいいぞ」


「それなら、先に払っておきます」


 俺は代金の金貨二百枚を置いて工房を後にした。




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